奇跡が良いことだと、誰が決めただろうか?

誰かに舞い降りる奇跡は誰かに降りかかる不幸でしかない。

それは逆も然りであり、歓喜と悲哀は常に表裏一体なのである。


作詩*M・フィロソフィア








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「おじょーさん、今帰り?」

「…!?」

それは、ミーアがルーラーとの食べ歩きを終えて帰路についていた時だった。
幾つかの角を曲がり、住宅街を抜けて人気の無い路地を歩き、そして漸く家が見えてくるであろう頃合い。空から降ってきた声にミーアは体を強張らせた。

「…ジブリール…だったっけ……?」

見上げた空から降り注ぐ夕日は逆光となり、ミーアの瞳を眩ます。思わず手で眼前を覆ったミーアに苦笑しながら、夕焼け色に照らされる金糸を靡かせたジブリールは軽い音を立てて地面へと降り立った。

「おれの名前覚えててくれたんだ、わぁ嬉しい」

「なんの用…?こんなところに居ていいの?」

「いーの。おれさ、ミーアさんらのこと探してたんだよね」

何度か瞬きを繰り返して正常に見えるようになった視界には、数日前に会ったジブリールが悠然と微笑みを浮かべて佇んでいた。
攻撃しようと思えばミーアの目が眩んでいる隙にいくらでもできた筈なので、目の前の彼は少なくとも害意を持って訪れた訳ではないと悟る。
当然、警戒を怠ることはないが話ぐらいなら聞いてみようと、ミーアはジブリールに言葉を投げ返した。

「私たちを?どういうこと?…貴方、目の下の型式番号はどうしたの?」

「あぁ、型式番号は隠した。ほら、食べ物の買い物とかしないといけないからさ」

そう言ってジブリールが体を僅かに捻って見せたのは、学生が持つようなスクールバッグ。その中に収まりきらない大きさのバゲットが、鞄の口から姿を覗かせていた。
買い物の為に型式番号を隠したのか。以前会った時にエリザベートは隠すと不自然になると言っていたが、おそらく隠すことのできる術を見つけたのだろう。

(型式番号さえ見えなければ、本当に人間と遜色ない…)

よくよく見れば僅かに違和感を覚えることからファンデーションかなにかを使っているのだろうが、街中を歩く程度ではそうそう気付かれないだろう。
尤も、型式番号を隠したところで顔が知られていれば捕まりそうだが。その面は大丈夫なのだろう。

「…それで、なんの用なの?」

「それなんだけど、あんまり外で話せるようなことじゃないからミーアさんの家に行っていい?」

「え"。いやいや、家に来られるのはちょっと」

「まぁまぁ、顔見知りの仲だしさ。というかゼロさんにも会話に加わってほしいんだよねぇ、居るんでしょ?」

「………」

「そんな疑わしげに見ないでよ。お話だけだからさ」

じとり、疑念をそのままに見つめれば、ジブリールは肩を竦めた。

「本当だって、約束するってば。それに、そちらさんにとっても悪い話じゃないと思うんだ」

「………わかった。話だけだからね」

「物分りがそれなりに良くて助かるよ。それじゃあレッツゴー。ここまで付けてきたはいいけど家が何処かまではわからないから案内頼んだよ」

「うわ!?ちょっとやめて!気色悪い!!」

「え、辛辣すぎない?傷付くよ?」

渋々と了承すればパッと顔色を明るくさせたジブリールはするりと寄ってくると肩を組んできた。友好的なのかなんなのかは不明だが、いきなりの行動に咄嗟の本音が出てしまえばジブリールは悲しげな表情を見せた。
なんにせよ良い気分では無いのでジブリールの腕を払い除けて再び歩みを進める。ジブリールは一歩後ろをきっちりと付いてきたが背を向けていてもやはり危害を加えてくるような様子は微塵も無かった。
――――それにしても、

(傷付く――、どころか私に対してなにも思っていないくせになぁ)

――――あれ、どうして何も思っていないくせになんて断言できたんだろう。

(…まぁ、いっか)





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「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

「…………」

ミーアの声におかえりなさい、と返そうとしたゼロは固まらざるを得なかった。理由はミーアの後ろからひょこりと軽薄な笑みを浮かべて顔を出した青年の存在を見留めたからで、ゼロにしては非常に珍しいことだが口を薄く開けてぽかんとする。
が、すぐさま正気に戻れば砂鉄を展開し始めるゼロを慌ててミーアが制止する。

「すとっぷ、ゼロ!」

「ミーア…何故そいつを?」

「来ちゃった」

「来ちゃったじゃないですよ。お帰りください」

「ゼロ、とにかく落ち着いて。私が招いたんだよ、なんか話がしたいらしくて」

尚も噛みつこうとしたゼロだが、彼にも思うところがあったのか寸でで口を噤む。
砂鉄は多少漏れているものの一先ずは納得してくれたと見て、ミーアはジブリールをリビングへ通した。

「へぇ、これが普通の民家か。知識では知っていたけど実際に見るのは初めてだなぁ」

きょろきょろと室内を見回しては感嘆の声を上げるジブリールに座るよう促して、ミーアはお茶の準備をする。
席についてからもジブリールはとても興味深げに視線を動かしているが、ミーアがお茶を人数分置いて座ると、じっとお茶を観察し始めた。

「…毒なんて入れるわけがないでしょう」

「――――うん、それも見てたのは確かだけど、誰かに歓迎されるなんて初めてでさ。あと紅茶を飲んだことがないから成分を細かく見させてもらってた」

「歓迎…?」

「あれ、客人にお茶を出すのって歓迎の証じゃなかった?まぁいいや、うん、ありがとう」

(そんなに喜ぶことかなぁ)

へらへらしたものとは違う無邪気な微笑みを見せてカップを手に取るジブリールは、ミーアから見ても本当に喜んでいる様子だった。ただのお茶にこうも反応してもらえるとどう対応してよいか分からず、ミーアも紅茶を啜る。

「そこの砂糖とか、使っていいよ」

「ありがとう、2つほど入れれば丁度よくなるから貰うよ」

「それで、話とはなんですか。型式番号が見当たりませんが、どうしたのですか」

「型式番号はおばあちゃんに隠してもらったんだよ、ファンデーションでさ。中々上手いものでしょ?」

――やはりファンデーションだったか。まぁ、肌に塗って隠すようなものってそれぐらいしかないよね。
自身の予想が当たって心の中でうんうんと頷いたミーアは、一つ息を吐いて口を開いたジブリールの言葉に耳を傾けた。

「単刀直入に言うとさ、レジスタンスに入らない?」

「レジスタンス?」

「そう。リュミエール王の悪事を知っていて、それに反発しようとする組織だよ。おれ、ゼノラックス、おばあちゃんの他に多数の有力者が密かに所属している。リュミエール王の悪事っていうのは当然だけど人体実験も含まれる。まぁ他にもあるけど、それは正式に加入してくれたら教えるよ」

「…何故そんな組織が存在できているのです?」

「ここだけの話さ、実は一部の上流階級の貴族連中にはあまりリュミエール王の評判が良くないんだよね。リュミエール王は"国のため"と称して悪どい事を平気でやるから、リュミエール王の所業を知っている奴らのごく一部は反感を抱いてる。そんな有力者によって秘密裏に設立されたのがこのレジスタンス。表立った行動は起こさないけど、いずれ起こす革命についての策を練り続けているんだよ。おれらは偶然レジスタンスに保護してもらえてさ、そこからは衣食住の恩を返すためにレジスタンスで活動しているってわけ」

リュミエール王の政治に不服な有力貴族が設立したレジスタンス。それは革命を目論み、人知れず活動する革命軍。
ジブリールらは、ミーアとの邂逅前からレジスタンスで保護されており、そこの一員として活動している。
ミーア達に持ち掛けてきた話とは簡潔に言ってレジスタンスへの加入、誘った理由としてはリュミエール王の裏を知りながら、それを良くは思っていないから――――

「考えるまでもなくリスクが高すぎますね。断るに決まっているでしょう」

「革命だなんて、現実的じゃないよ。そもそも革命した後はどうするの?ハイリスクローリターンにも程がある」

「革命後だってきちんと考えてあるさ。今べらべらと喋るわけにはいかないだけで。確かにリスクはあるけど、もう十分に背負っているでしょ?騎士殺しの現場に立ち会って、おれらとまで接触したのにリュミエール王の配下に加わるでもなく捕まるでもなく普通に過ごしているっていうのはそういうことでしょ?」

「そ、れは――――」

見抜かれている。ミーア達が無事でいるにはそれなりと死線を潜り抜ける必要があって、そこを越えれたからこそこうして家に帰れていると。

「レジスタンスに入れば多少なりとも庇護下に置かれる、人手が重要だからね。情報だってある程度は貰えるし、絶対とは言いきれないけど生き延びることのできる確率だって上がるよ。ここまで聞いても断る理由はある?」




「――――ミーア、僕は入るべきだと思うけど」

この場に居る筈のない声、ばっと俯かせていた顔を上げる。リビングのドアの先から聞こえた、よく知る声。ゼロとジブリールもそちらへと目を向ける。
ギィィ、ゆっくりと開かれる扉の先には白衣――――


「ハイド…!!?どうして!?」

そう、居る筈がないのに。どうしてハイドランジアがここに居るのか。驚きで声も出ないミーア、声を発しないゼロ、そして笑みを湛えるジブリールを順に見遣って、ハイドランジアは髪を掻き上げながら室内へと踏み込む。

「…忘れ物を取りに来たら鍵が掛かっていなくてね。…………窓からこっそりと覗いたら3人で話をしていたから、マナーがなっていないのは承知で聞かせてもらってた。そっちのアンバランスな金髪の人が前言ってたアンドロイド集団の一人、…かな?」

「はじめまして、こんばんは。ジブリールだよ」

「……はじめまして。君と…ゼロは僕が扉の外に居ることに気付いていたでしょう」

感情の篭っていない瞳が二人に向けられる。どちらも肯定こそしないが否定もしない、それはつまり正しいということだろう。

「……ゼロは……僕も話を聞いたほうがいいと思ったからかな。ジブリール、だっけ…もわざと見逃した…」

「ご名答。この空気で踏み込んでくるなんて事情を知っている関係者ぐらいだと思ったからね」

「……………」

手を広げて述べるジブリールを一瞥すると、ふいっと目を逸らしてハイドランジアはミーアとゼロの後ろに立つ。

「ねぇ、ミーア。……僕には、レジスタンスとやらに入る以外に選択肢が無いと思う。権力も財力も無い僕らじゃ、消そうと思えば簡単に消せるからね、リュミエール王が悪人かどうかはさて置いてさ」

「確かに、そうだけど……でも、レジスタンスなんて普通に考えれば怪しいよ。立派に反逆罪だしさ」

「僕らは秘匿罪に抵触しているし、…罪に関しては今更じゃないかな。……ねぇ、僕もレジスタンスに入れてくれないかな」

「もちろん、歓迎するよ。研究者さん」

にこにこと人の良さそうな顔付きで了承の意を示したジブリールは、ミーアとゼロに向き直る。

「さて、ミーアさんの担当研究者はこっちに加わってくれたけれど?」

「…どうして、ハイドランジアが私の補佐する研究者だと?」

「単純だよ。前、身分証明カードに名前が書かれてるのを見たからね」

――――ミーアが治療されていた、あの時か。
人混みでミーアを識別するところといい、どうも記憶力がいいな。
――いや、そんなことよりもレジスタンスのことについて考えよう。

「レジスタンスなんて、仮に入ったとしても私とゼロとハイドランジアはなにをすればいいの」

「ミーアさんとハイドランジアさんは王宮勤めでしょう?それならリュミエール王に関する情報を無理のない範囲で探ってくれたりする程度じゃないかな?上に詳しく聞かない限りは断定できないけどさ。でも、危ないことはさせられないと思うよ、レジスタンスの一員でもあるけれど大事な証人でもあるからね」

「……断定できない不確定要素は信用に値しませんが」

「うん、それは素直にごめんなさい。…参ったな、安全と保護のためにも、絶対に引き入れろって言われてるんだよなぁ」

注意深く探るミーア達にやれやれ、とでも言うように頭を掻いて、ジブリールは顎に手を当てると考え込んだ。

「あー……こういう手は多分どうかと思うけど、うん、仕方ないか」

「?」

「レジスタンスに加わってくれるのなら、一つ有益な情報を教えよう」

人差し指を立ててされる提案に、ミーアは疑問符を浮かべる。
――――有益な情報?なんのだ?

「ミーアさんとゼロさんにはあまり得はないと思うけど、三人纏めて加入してくれるなら、ハイドランジアさんにとっては間違いなく利益となる事を、一つ独断で教えてあげる」

「………僕にとって、利益となる情報…?」

――――埒が明かないと判断したか、本人ではなく仲間のことで揺さぶりを掛けてくるとは。あまり性格が褒められたものではないな。
露骨に眉を潜めるゼロを無視して、ジブリールは最大限気を引くように勿体ぶった口調で付け加える。

「ハイドランジアさんさ、姉か妹か居なかった?」

「え、」

「…………どう?知りたいでしょう?」

「――――」

投げ掛けられた質問。それに情けない声を出して絶句したハイドランジアは、呆然と目を見開いていた。
言葉を失ったのはハイドランジアだけではなくミーアも同様で、思考を停止させてしまった二人に代わり、ゼロが質問を返す。

「何故、貴方がそのようなことを?」

「おれさ、ブレインだから記憶力がいいんだよ。それこそ意識しなくとも人の顔を鮮明に覚えていられるぐらいにはさ。ここまで言えば流石に察せるよね?」

「…ええ、よくわかりました。そして、そうまでしてボク達をレジスタンスに入れたいということも」

「うーん、おれが入れたいっていうか、お上に絶対加わらせろって指示されたからそれに従っているだけなんだけどさ。ほら、命令っていうのはさ、大なり小なり従うべきものでしょ?」

"絶対"、ジブリールの言うお上がそこまで強く勧誘してくるのは何故だろうか?安全を懸念している?証拠がどうしても欲しいから?
――――だが確かに、ハイドランジアも言っているが他に取れる手は無い。入ったところで期待もできないが、ミーアを説得してレジスタンスに加わり、少しでもマスター二人の生存率を上げた方がいいだろう。不確定要素は見過ごせない程だが、内部の様子を見つつやっていくのが今取れる最善策だ。

(選択権が無いことを知って、あくまで自由意志の体で選ばせる。レジスタンスなどと謳っておきながら食えませんね。しかし、国に捕まる訳にもいかないとなれば、入らぬことなどできない。…ミーアを、どう説き伏せるか)



「わかった。私も、レジスタンスに入るよ」

「…なるほどね。うん、なるほど。歓迎するよ、ミーアさん」

ゼロが進言するまでもなく、ミーアは加入の意を見せた。思ったよりも即決したミーアに一瞬、目が点となるがゼロは即座に彼女の心情を読み取ろうと試みる。

(…軽く考えて決断した様子は無い。レジスタンスが良いことばかりではないというのも理解しているだろう。……マスター・ハイドランジアの求めている情報を取引に出されたからだろうか、その可能性が一番高い。ミーアが加わらなければ情報は教えてもらえないだろうし、…なるほど、これはボクもなるほどと言わざるを得ませんね。ミーアは、他者のことを引き合いに出されると弱くなる、火を見るよりも明らかに致命的な弱みだ)

「さて、キミのマスター二人は承諾してくれたけど、ゼロさんはどうする?」

「…マスターが行くと言っているのに付き従わぬ従者が一体、どこの世に存在するのです」

「そんな遠回しに言わないでよ、入るの?入らないの?」

「無駄に徹底しますね。どうせ書類とかが用意されているのでしょうに。…入りますよ」

「よし、じゃあ話は成立した。じゃあ今からで悪いけど来てくれない?」

茶をぐいっと飲み干して椅子から立ち上がるジブリールは、外をちょいちょいと指差した。
何処に、と聞くまでもなく、おそらくはレジスタンスのアジトだろう。この状態で行くべき場所などその一つしかない。

「あ、ゼロさんもね。大丈夫、レジスタンスは国中に隠し通路が幾つも点在していてね、ここから少し行ったところにもあるんだ。今は暗いし、騎士の見回りルートもある程度は把握してるからそう見つからないと思うよ」

「…うん、わかった。ハイド、ゼロ、行こう」

「っ…!その、前に……さっき言ってた情報は……!?」

「それは、着いてから。あまり急ぎすぎるなよ」





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「こんなところに、通路が?」

家から出て数分、ミーア達が立っていたのは入り組んだ路地を超えた小さな雑木林の中。じめりとした湿気が蔓延するこの空間には確かに誰も寄り付かないだろうが、本当にこんな中に隠し通路とやらは通されているのか。

「まぁ、見ててよ」

ジブリールが、なにやらカードキーのようたものを取り出す。それを、辺りに散らばる何気ない岩の亀裂の一つにすっと通す。
すると、音もなく岩が周囲の地盤ごと持ち上がると、ぱらぱらと落ちる砂の奥に人一人分の幅の空間が現れた。

「はい、さっと入ってね。あ、足元薄暗いけど階段になってるから落ちないように」

ジブリールに急かされ、ゼロ、ミーア、ハイドランジアの順で中に入っていく。最後にジブリールが内側のキーリーダーに同じようにカードキーを通せば、小さな音を内部に響かせて入口のドアが閉まり始めた。
がこん、一つ音を立てて完全に閉まり切ると、パッと通路内に薄明かりが灯される。それは天井近くに備え付けられた電球のようで、どうにか足元が見える程度の視界を確保できた一行は黙々と階段を降りていく。
やがて岐路に差し掛かったが、ジブリールの指示通りに真っ直ぐ、さらにその先を左、右、真っ直ぐ、迷路のような地形を硬い靴音のみ響かせて黙々と歩いた。
何度目になるか、曲がった先に鉄扉が姿を現す。鉄扉の前は通路よりも空間が広げてられており、するっと隙間を滑ってジブリールが鉄扉の横にあるカードリーダーにカードキーを切った。



「おかえりなさい、ジブリール様」

「ただいま戻りました。彼女達が例のです」

「ええ、後はこちらで手続きいたしますので貴方は報告書を」

「という訳で、後はこのメイドさんに聞いてね。…おれとは、心配せずとも手続きが終わったらいくらでも時間取れるよ」

鉄扉の先には広く綺麗な部屋、窓口らしき場所には王城給仕の制服を着た女性が立っており、彼女と言葉を交わしたジブリールはミーア達をメイド服の女性に預けてその場を去った。
情報をまだ聞いていないハイドランジアが引き止めかけたが、彼の心配を察したようにジブリールが言葉を残していく。これはつまり、諸々が終わればまた落ち合おうということか。
報告書を作成するらしきジブリールはメイド服の女性とミーア達に手を降って、去っていく。彼を見送ったミーアは窓口に行こうと振り返って、ぎょっと目を剥いた。

「左から順にハイドランジア様、ミーア様、ゼロ様でお間違いないですね」

「は、はい…」

つい先程まで窓口の台奥にいた女性が、いつの間にかミーア達のすぐ側に立っていた。気配も無ければ音も無かった、本当にいつの間にか、だった。

「私はジェミニと申します。本レジスタンスにおいて総合窓口を主に勤めさせていただいております。では手続きを行いますので、こちらに」

一切変わらぬ冷めた表情で名を告げたジェミニは、淡々と言葉を紡ぐと背を向けて歩き出した。
一瞬戸惑ってゼロを見たミーアだったが、ゼロは一度視線を合わせて彼女の後を追う。ハイドランジアが軽くミーアの肩を叩いて急かし、ミーアは慌てて足を動かした。




***






「手続きはこちらの部屋で一人ずつ行います。ではまずミーア様、どうぞ」

「はい…」

「ですがその前に、隠れて見ていないで堂々となさい」

突然虚空に棘の見え隠れする声音で言葉を投げ掛けて、パンパンとジェミニが手を叩く。
一体なんだ、と三人は疑問符を浮かべるがすぐにそれは解消された。

「チッ、なンだよ。バレてンなら最初から言えよ」

「あ…!えーと…ぜ、ゼノだっけ?」

「ゼノラックス。お前らが勝手に略して呼ぶな」

空気が揺れたかと思えば見慣れた紅桔梗が現れ、ハイドランジアがぽつりと「瞬間移動…か」と呟く。
ミーアがうろ覚えの名前で呼びかければ、露骨に顔を顰めて不機嫌そうに怒られた。

「ゼノラックス様、彼らが気になるのでしょうけれど、覗きは感心しませんね。しかし丁度良かったです。何方かお呼びしようかと思いましたが手間が省けましたね」

「あ?」

「今から私は一人一人加入審査をしていくので、貴方はここでお待ちになる方の簡易審査をしていてください。大まかで結構、報告書も不要ですので。簡単でしょう?」

「めんどくせェ」


(…見張り、ね)

ハイドランジアは"簡易審査"の意味をすぐに察した。これは審査が目的ではなく、残る者の監視が目的だ。当然といえば当然で、むしろその程度には警戒心があって安心した。

(……一応考えて革命軍なんてやっているわけだ)

おそらく、加入後も暫くは監視の目が付き纏うのだろう。裏切らない確証など無いのだから、それは諦めざるを得ない。

「では改めて、ミーア様こちらに」

ジェミニが扉を開け、ミーアを通す。
怠さを隠そうともしないゼノラックスとすれ違う際、ちらりと盗み見てみれば目があった。しかしすぐにぷいと逸らされてしまう。
――――なんだかなぁ。

(嫌われてるわけではなさそうなんだよね。……まぁ私の方は…どうしても斬られた時のことを思い出して少し苦手意識があるけど…)












「ではミーア様、レジスタンス活動の概要、その他注意事項をご覧になりましたら、こちらの必要事項記入と入団承諾印をお願いします」

「はい」

机に滑らされた書類に目を通す。びっしりと細かく注意事項が書かれているがどれも目立って特殊なものはなかった。一応全てを読んで、ペンで記入していく。
緊張の面持ちで空白を埋めていくミーアを、ジェミニは目を離さず見つめていた。

「…ところでミーア様、兄君が外交官を勤めていらっしゃるとのことですが、兄君について詳しくお聞かせ願えませんか」

「……そこまで話す必要ありますか?」

「はい。城勤め、それも国外に赴くことのできる数少ない存在である外交官ともなればお聞きする必要がありますので」

「兄は普通ですよ。ただ外交官を勤めているだけです。家に帰ってくることも少なく、ほとんど会いません。魔素も持っていません」

「兄君が現王にどのような意見を抱いているか、ご存知ではないと?」

「はい。そもそも、会っても政治の話なんかそうそうしませんから」

「わかりました、では結構です。ミーア様の審査は通りました。次にハイドランジア様をお呼びいただけますか」

部屋から出てハイドランジアにその旨を伝えれば、一つ頷いて扉の奥へと消えていった。
廊下にはハイドランジアに代わりミーア、ゼロ、ゼノラックスが立っている。様子を見るに、ミーアが審査されている間この空間には一切の会話が無かったようだ。
気まずいムードが漂っているがそれをヒシヒシと感じているのはミーアのみのようで、ゼロもゼノラックスもそんなことは微塵も気に留めていないようだ。

「ゼロ、あー…私が審査されてる間、なにかあったりとかなかった?」

「いえ、特になにも」

「そっかぁー…あはは……」

だんまり、というのも精神が削がれそうなのでゼロに話題を振ってみる。が、一言で会話が終わってしまった。これ自体は別段いつもと変わりないことなのだが、この雰囲気の中では少々堪える。いや、まともな話題が思いつかない自身にも悪い所はあるのだが。
ゼロはぼーっと無表情で壁を見ているものの何処か遠い目をしていて、考え事をしているようだがなにを考えているのかわからない。思考を邪魔するのも忍びなく、もう一人にも目を向けてみるのだが――――――

「…………」

(うわぁ…機嫌悪そう……)

イライラしていますよ、というアピールを隠す気もなく曝け出しているゼノラックスに、ミーアは萎縮した。
苦手意識を覚えている上に不機嫌な状況にとてもじゃないが話し掛けるのは戸惑われる。が、一応これからはレジスタンスの仲間ということになるのでいつまでも距離があるままなのはどうだろうか。

(少しは…仲良くなるに越したことはないよね…?)

――ああでも、

(怖いなぁ!!)




:







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(チッ……)


ゼノラックスは苛立ちを感じていた。
監視を押し付けられたのはあまり頭がよくないゼノラックスでもわかる、そんな面倒な役割を与えてきたジェミニ。一つの場所にただ突っ立っているこの暇な時間。彼を苛立たせる要素は無数にあるが、それはどれも小さきことで。
一番、苛立つのは――――――

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「…………**ッ!!お前!!さッきから!!チラチラチラチラと!!!なンなンだよ!!!!!」

「ひぃっ!?」

こちらの様子をしきりに伺ってくるミーア・シャーロットという女の存在だった。
何度目かになるチラ見につい、堪らずに声を上げるとミーアは情けない声を出して一歩後退りした。ゼノラックスの怒号とミーアの悲鳴に反応して、ゼロが横目でじろりと睨んでくる。
――――ああクソ!やッてしまッた!
彼女の怯えた姿を見て、さらにイライラは募る。
――――別に怯えさせてェわけじゃねェのに。
確かに態度は少々冷たかったかもしれないが、ゼロとかいう生意気が溢れる輩はともかく、ミーアについては別段嫌ってなどいない。
ミーアが仲良くせねばと考えているように、少しは歩み寄らねばと思うのはゼノラックスも同じで。ただ、ただ――――

(どう絡めばいいンだよ!俺、あいつらのこと斬ッたしやりづれェ!!)

ゼノラックスもゼノラックスで、一度敵意を持って刃を向けた相手への接し方で悩んでいた。
――――人間関係ッて、わかンねェよ。誰かと関わッたことだってあンまねェのに、こんなパターンなンてわかるわけねェだろ。
味方なんてほぼ存在しない、敵ばかりで、その敵も斬り捨ててそのままだった。敵だと思ってた奴が敵というわけではなくて、しかもこれからは同じ集団内に所属するようになるだなんて、意味がわからない。そんなパターンも存在しているのか。
――――はァ、やンなるな。

「………で、さッきからなんなんだよ。言いたいことがあンなら言えよ」

「えっ!?あ、あー…その…………元気!?」

「はァ!?ァ、あー、あー………おう」

――――なンだその質問!!!
元気かと問われても一言でしか答えようがない。これにはどう返答するのが正解なのだろうか、質問も質問だが返事も返事なこの状況、会話だけは上手いジブリールに頼りたくなった。

「え、えーと…もう斬らないでね!?」

「なンもしてこなかったら斬らねーよ」

「えーと、えーと…相変わらず髪の毛赤いね!?」

「褒めてンのか悪口なのかわかンねーよ!!髪の毛のこととかどう返しャあいいンだ!」

「え、えー…………っと………」

「…………おめー、俺のこと嫌いなら別に放ッときャいいだろ」

脈絡もなにもない会話にギブアップをしたのはゼノラックスだった。
ミーアはどう見ても必死に話題を捻り出そうとしており、その健気だが馬鹿らしい姿は痛々しくも映ってきた。
なんとなく察してはいたが、ミーアはゼノラックスを嫌っているのだろうな、とゼノラックスは思った。
――――それもそうか。

(怪我させられたらそりャそうなるわな)

ゼノラックスだって訳もわからず危害を加えていた相手に良い感情など抱かない。ミーアが己のことを嫌うのは道理だ。

「嫌いではないけど…率直に言うと苦手意識があるかな…?」

「…?そっちょく…??」

「あっ、正直に言うと、ね」

――嫌いと苦手意識ッてどう違うんだ?
ミーアは嫌いではないと否定したが、苦手といことは嫌いと同義ではないのか。ゼノラックスにはこの微妙な違いがわからなかった。
――――なンか、面倒になッてきた。
珍しく頭を使ったからか、疲れた気がする。色々わからないし、早くこの時間が終わってはくれないだろうか。
とうとう思考を放棄しだしたゼノラックスと、尚もゼノラックスの顔色を伺うミーア。そんな二人を密かに観察するゼロ。
――――大体、あの癖毛野郎はなンなンだよ。黙りこくるだけで。
ミーアもそうだが、ゼロもわからない。ミーアと言い合いをしている中でも割り込んだりすることはなく終始ひっそりと見ているだけだった。以前のミーアとゼロを見る限り、なにかしら突っかかってくるだろうと踏んでいたのだが。
――――なンか…ねみィ。腹減ッた。さッさと終わ



「おや、なにやら怒号が響いたので来てみれば……新入りさんでしょうか?」

「ッ!?」

不意に背後から聞こえた声に、咄嗟に瞬間移動して距離を取る。
なんだ、と見てみれば先程ゼノラックスが立っていたすぐ後ろに、白く丈の長いローブに身を包んで深くフードを被って顔を隠した者と、その色違いのような黒い者が立っていた。

「ええと、レジスタンスの…?」

「えぇ、我らもレジスタンスの一員です。私はイミーディア。こちらは私の部下であるリーグルです。お嬢さん方の名もよろしければ教えていただいても?」

「ミーア・シャーロットです」

「ゼロ、です」

「ミーアさん、ゼロさんですね。どうぞよろしくお願いいたします」

互いの紹介が終わったところで、リーグルという黒ローブがイミーディアに耳打ちをする。

「っと、失礼。少々急いでいます故。ではまた。……あぁ、ゼノラックスさん。あまり大きい声ではしゃいでいてはダメですよ」

「…………」

ローブをばさりと翻して踵を返すイミーディアが、声量の注意をする。それにゼノラックスは心の中で舌を出して見送った。

「…あの人、男性?女性?背丈は私より高かったけど、声が中性的に加工されててわかんなかった」

「………おい、あれ"会合"メンバーだぞ。なンでこんなところにいンだよ」

「会合?」

呟きにも似た言葉を拾ったミーアが、ゼノラックスに問い掛ける。

「よく知らねーけど、……レジスタンス幹部は定期的に幹部とリーダーで集会を開く。幹部は確か……五人?いや、六人?それぐらい居て、どいつもこいつも正体不明の奴ららしい。そいつらのことをレジスタンスの奴らは"会合"メンバーッて呼ンでる。リーグル…だッたか、そいつは会合メンバーじャねーけど、あのイミーディアッて奴は幹部で会合メンバーだ。……あと……あー…他にジブリールがなンか言ッてたけど忘れた。あとはアイツに聞け」

「会合…うん、わかった。ありがとうゼノラックス」

「……お前、普通に話せるじャん」

「うん…?あ、あーほんとだ。たはは、嫌いなわけじゃなかったからさ。ちょっと気を張っちゃうだけで」

「…ふーん」

――よくわかンねェやつ。
でも一番わからないのはイミーディアだ。普通、会合メンバーは揃って多忙らしくレジスタンスのアジト内に居ることすらほとんどない。居たとしてもリーダーの居る本部だ。本部といってもここも同じ建物内だが、やけにアジトはだだっ広いので建物内でも本部だったり窓口だったり支部だったりと分けられている。ここは窓口から繋がる支部だが、まだレジスタンスに来て日はそんなに経ってないまでも会合メンバーが支部に居るところなど見たことがなかった。
何故、新入りが入ってくる今日にベストタイミングでこんなところに居るのか。
――――まァ、深い意味なンてねーだろ。