「まぁ必要なことは今説明した通りね。カードキーはジェミニさんから貰ってるよね」

無事加入審査を突破したミーア達は再びジブリールと落ち合っていた。ジェミニからレジスタンスアジトに入るためのカードキーを貰い、報告書の提出に来たジブリールがアジトの案内役を任されたのだ。
一通り施設内を案内してもらった今現在、ジブリールがレジスタンスから貰った個室でミーア達は詳しい説明を受けた。
レジスタンスアジトはリーダーの側近の魔素によって構成されている空間で、施設内の家具や構造はその魔素主によって自在に操られている。このレジスタンスアジトは現世とも違う異空間であり、具体的にどこに存在するというわけではない。アジトへの侵入経路は扉から入るか魔素を具体的にどうにかするかの二つしか存在せず、ミーア達が入ってきたような扉は週替わりで場所が変わる。扉自体は各地に点在しているので複数に存在するが、どれも固定の位置は持っていないので週末に次の扉出現位置を知らされる。
さて、ここで気になるであろうリーダーのことだが、さる高貴なお方らしく信用をある程度得ることができれば後日面会させてもらえるとのこと。ジブリールは知っている様子だったが、流石にそれも教えるほど抜けてはいないようで、内緒だと人差し指を唇に当てて笑った。
他にも様々なことを教えてもらったが、上記以外に特筆すべきことと言えば一ヶ月に一度、階級立場問わず皆集合する報告会があるとのこと。今月は丁度一週間後に予定されているらしく、特別な事情が無い限りは参加を推奨されている。

「さて、質問は受け付けるけどまだなにか気になることとかある?」

「そういえば、会合メンバーって?」

「あー…もう会合メンバーとか知ってるんだぁ」

そういえば、と思い質問してみればジブリールは曖昧な表情で言葉を噤んだ。
何故知っているのかと問いたげだったので素直に、先程会ったと答えればさらに微妙な表情へとみるみる変わっていく。

「会合メンバーとか、おれでも会ったことないよ。なんでまた」

「わからない。ゼノラックスが言うには、あそこの部署にはまず普段来ないって言ってたけど」

「うん、まぁ確かに来ないんだよね。そもそも会合メンバーはどれもこれも身分が高いからおいそれとレジスタンスアジトにも姿を現さない。誰に会ったの?」

「えっと、イミーディアさんという人に」

イミーディア、と告げれば何処か思案げな面持ちで顎に手を当てる。なにかを考えているのだろうか、と急かしはしないが、会合メンバーについて聞くのは間違いだっただろうかと少しだけ不安になった。

「イミーディアさんね、あの人は本当に謎だね。わかってるのは貴族の誰かということぐらいで。まぁ会合メンバーは一人を除いて顔も声も変えて隠してるから不明なままなんだけど、ある程度はおれらみたいな下っ端の間でも正体についての噂は立つものなのよ、でもイミーディアさんにはその噂すらほとんど無い、ミステリアスなんだ」

「…その、会合メンバーで正体がわかっている者は誰なのですか?」

「それはすぐに知ることになるよ。一週間後の報告会でね。まだミーアさん達は入ったばかりだがら、こちらから勧誘したとはいえぽんぽんとバラす訳にはいかないんだよね、それはわかってね」

「……わかった。……それで、僕にとって利益のある情報の……話は………」

話の区切りを見計らってハイドランジアが割って入る。余程気になるのだろう、少々食い気味に質問した彼は、いつになく真剣な眼差しでジブリールを見つめていた。

「あぁ、それね。約束だしちゃんと話すよ」

「早く…!!」

「焦るなって。あー…先に言っておくけど、絶対確実ではないからね。なんせそれは数日前やそこらの話ではないから、五年前のことだからね、そこは留意しておいてね」

「五年、前……わかったから、聞かせて」

五年前、それに大きな反応を示したハイドランジアをジブリールは数秒見つめる。やがてなにか合点が行ったのか、壁に凭れ掛かると話し始めた。

「五年前、おれらがまだ人体改造施設に居た頃の話だよ。実験体が複数収容される檻があってね、そこは出ていく者も多ければ入ってくる者も多いんだ。おれもそこに収容されたばかりでさ、とはいえある程度はブレインとして改造されてたんだけど」

「……」

「ブレインって記憶力がすごくいいんだ、数年前に一度顔を合わせただけの相手でも鮮明に覚えているぐらいに。…ある時、おれよりも年上の女性が収容された。髪は黒で少し、そうハイドランジアさんぐらいに癖があって、目は青い。身長は…ハンドランジアさんの目元ぐらいかな、そんな女性が来てね。まぁ会話なんてする筈もなくその女性もすぐに何処かに連れいてかれたんだけど、うん、…なんて言うんだろうね、ブレインだからわかるけど、体や顔の細かいところがだいぶハイドランジアさんに似ているんだ。最初にハイドランジアさんを目にした時にすぐその女性のことを思い出したからね」

じっ、とハイドランジアを見つめるジブリールは、そこで一度黙る。対するハイドランジアは自身の目元あたりに手を持っていき、やがては悲しげな顔付きに染まってしまった。念の為ハイドランジアに、ブレインのことを知っているだけは説明したが曖昧に頷いただけで心ここに在らずの状態となってしまっている。それも、無理のないことだが。

「…ハイド」

「……………………」

「…おれの話はここまで。女性のことはもうわからない。……その様子だと、本人かはわからないけれど特徴が当たってたみたいだね」

返答はしなかったが、特徴が一致しているというのは俯いて黙りこくってしまったハイドランジアを見れば誰でもわかることで。ゼロもミーアも、適切な言葉が思いつかずにただハイドランジアがアクションを起こすのを待つしかなかった。

「…………」

「マスター・ハイドランジア…」

ゼロが遠慮がちに名前を呼び掛けるが重苦しい沈黙は変わらず、ジブリールがどうにかしてほしいというような視線をミーアに向けてきたが、ハイドランジアをそっとしておいてあげたいミーアは視線を外した。
ジブリールは気まずいのか面倒なのか、眉を下げて口もとを引き結び、天井を見つめる。ミーアとゼロはお互い顔を見ては首を横に振った。誰も言葉を発することはなく、ただただ重苦しい空気が流れる。そんな中、個室の扉がガチャリと音を立てて開いた。


「あらぁ……取り込み中だったかしら。貴方の部屋にみんなが揃っているとゼノラックスから聞いて、お茶を持ってきたのだけれど」

「おばぁちゃん」

ツインテールを揺らしながら小さな姿をひょこりと現したのはエリザベートだった。ほかほかと湯気の立つカップを五人分お盆に乗せてこちらを覗いている。
ジブリールが手招きをすればちょこちょこと入ってきたが彼女もハイドランジアの様子は一目で察したのだろう、どう行動するか迷うような素振りを見せた。

「はい、こちらは我らがおばぁちゃん。エリザベート・バートリーだよ。ハイドランジアさん以外は知ってるけど、もう一度念の為にね」

「…えぇと、よろしくお願いするわ。ハイドランジアさん」

「…よろしく…………でも、おばぁちゃん?」

ハイドランジアが訝しげに首を傾げた。おばぁちゃんという名に似合わぬ幼子だったからだろう、ミーアとゼロも不思議に思ったものだ。

「こんな、小さい子も………人体実験に………?」

「あらぁ、わたし、これでも還暦を過ぎたおばぁちゃんなのよ?見た目は少女だけれどねぇ」

「…………?」

突っ込みあぐねて疑問符を浮かべるしかできないハイドランジアを見て、エリザベートはくすくすと笑う。
ジブリールに目をやれば、彼は楽しそうなエリザベートの姿を見て呆れながらも優しげに微笑んでいた。

「わたしはね、一度ほんとうにおばぁちゃんまで成長したのよ。こう、しわくちゃで声が嗄れてて、白髪まみれのおばぁちゃんにね?」

「でも、今はどうして小さな女の子の姿に?」

「それはねぇ、わたしの魔素の影響よ」

「…魔素?」

単語を復唱すれば、エリザベートはこくりと頷いた。

「わたしは、先天的に魔素を二つ持っていてね。とはいっても長年一つだけだと思っていたわ、だって”生命の危機に瀕すれば体を超再生して若返らせ、治癒力を一時的に増幅させる”魔素なんて持っていることに気づかなかったんだものぉ」

「生命の危機に瀕すれば体を超再生して若返らせ、治癒力を一時的に増幅させる…」

「そう、とある実験でわたしは瀕死の重症に陥ってしまってね。とは言っても毒の試験体になっていればすぐにそうなるのは予想できたのだけれど。とにかくそれでわたしは毒に体を侵されてしまったの、冥土が見えそうだった時に意識を失って、気がつけば体が幼い頃に戻っていたのよ」

「…………」

ミーアもハイドランジアも絶句した。魔素の効果に驚いたのも勿論だが、毒の試験体だなんて。
言葉が出てこないミーア達にエリザベートは「まぁまぁ、そんなにびっくりしなくて大丈夫なのよぉ。今、生きていられるから平気よぉ」と声をかける。

「…まぁ、おばぁちゃんはある意味特例だからね。ブレインだのバーサーカーだのにならなくて、おれはよかったと思っているよ」

「わたしは治癒専門のなんの役にも立たない老いぼれだったからねぇ。あの工場に最初に連れてこられたから、慣れていない職員に持て余されていたのもあるし」

「なんせ00、一番最初の実験体だ。おばぁちゃんが変に魔改造されてなかったのは、おれらにとっても救いだ」


「…………姉さんも?」

ぽつり、ハイドランジアが零す。
小さな小さな呟きだというのに嫌に圧があるその一言は、周囲の視線を集めるには十分だった。

「姉さんも、…………そんなに改造されているのか?」

「絶対とは言えないけど多かれ少なかれそうだろうね。でもおばぁちゃんのようなものじゃなくて、君の姉らしき人は多分おれと同じような魔改造だ」

「…………、君は、どんな?」

「ブレイン、バーサーカー、ソルジャー、エージェント。四種類あるがブレインのおれは脳をいじくられる。脳の一部分を切り離して、誰かの魔素核でありブレインの主力である”分析”の魔素を宿した脳を植え付けられる」

「魔素核を植え付けて、赤の他人がその魔素を扱えるのですか?」

「当然、全員が全員扱えるわけじゃない。拒否反応が出て死ぬ奴の方が圧倒的に多いさ。おれやゼロさんは偶然適応することができたけど、それでも本来の魔素の何百分の一程度の力しか扱えない」

以前ジブリールは、ゼロもブレインを持っていると言っていた。ということは、ゼロも脳を移植されたのか?
そして、死者を出して適性があった者が現れたとしても、本来の出力では扱えない。なんて非効率なのだろうとミーアは思う。

「脳の一部分を除去してそこに埋め込むと言いましたが、除去されるのはどの部分なのですか」

「……感情野だよ。案外と移植される脳の欠片は小さいから全部丸々と摘出される訳ではないけど、ブレインに感情なんてそもそも不要だからね。その感情野が切り取られる。まぁ感情野部分が一部無くなるから察せるとは思うけど、大なり小なり影響は出るね。個体差があるけれど」

「…影響?」

「そう、自覚無自覚は問わないけれどなんらかの性格や人格には当たり前だけどなにかしらの影響が及ぼされる。例えばおれは───いや、やっぱやめた」

すっと目を細めて、ジブリールは言葉を無理矢理切る。ゼロが続きを促したが、エリザベートが二人の間に割って入ってきた。

「とにかく、ブレインなら脳になんらかの手が加えられる場合が限りなく多いわぁ。バーサーカーはそうね、ゼノラックスがバーサーカーの分類に入るわ」

「バーサーカーは一体?」

「バーサーカーは主に身体能力を底上げされ、知性を削がれるの。言い方は悪いけれど、バーサーカーは…使い捨てなのよ。ただ敵を屠り、知能も持たず暴れ果てる殺戮機。敵に捕まっても知能を持たないから大きな情報漏洩の心配もない、一戦限りの殺戮機」

「使い捨て…でもゼノラックスは」

「ゼノラックスは少し特殊でねぇ。ジブリールもゼノラックスも、完成体ではないの。わたしたちは実験途中にアンドロイド製造工場から脱走してね、だから自分が人間だと覚えているし、凄惨な実験過程も忘れてなどいないわ」

「待って、アンドロイド製造をからの脱走って。まさか、その工場は…」



「察しがいいのね。そう、わたし達は爆破されたアンドロイド製造工場からの脱走者よ」







:






.








「……………」

梟が鳴いている。烏が鳴いている。それ以外はとても静かだ。月明かりが目に優しく、落ち着く。ミーアは仰向けになりながら自室の天井を見上げていた。
眠れない。明日は休みなのでいいものの、話についていけなくて整理しきれないのだ。






『爆破された工場は二つ。そのどちらも、わたしたちのような改造アンドロイドを製造する工場なの。わたしたちは一番最初に爆破された工場、ゼロさんはおそらく二つ目ね』


『つまり爆破事件は貴方達が起こしたことだと?』


『それは違う。おれたちはなにもしていない。ただ、突然工場が襲撃された、その混乱に乗じておれらは脱走したに過ぎないんだよ』


『誰が、爆破したの?』


『うーん、それはわからない。ゼロさんは本当に覚えてないの?なにも?』


『…はい、なにも。一つ思ったのですがどうして貴方達はボクが二つ目の工場で作られたと言うのですか?』


『…それは明確だよ。キミはさ、魔素を後天的に植え付けられてるからね』


『魔素を、後天的に…?』


『これだってブレインと同じさ。魔素核を取り出し、他者に埋め込む。改造アンドロイドの中でも云わば旧式だからだ。おれらは新し目の改造法で作られていてね、元から魔素を持つ者をそのまま改造しているのだけど、二つ目の工場は違う。誰かの魔素核を摘出し、他者にそれを移植する手法で作られている』


『なんで、わざわざ他者に』


『色々ある。旧式だからといって技術的な劣りがあるってわけじゃない。主要因は──元の魔素の持ち主の体がなんらかの原因で改造できない、又はしても使えないとかかな。後は他者の方がその魔素を上手く扱えるだとか、元の持ち主を裏舞台にすら晒すことができないとか。まぁきな臭かったりする理由だと思う』


『………ではボクは、魔素すら持たないただの凡人だった……?』


『きっと、ね』






あの後、深夜もいいところの時間帯にいつの間にかなっていたので一度家に帰ってきた。爆破事件だの、改造だの、ゼロのことだの、どれもこれもミーアの処理できる容量を越えている。ハイドランジアは考え込んでいるようだが星屑ボードで帰っていった、ゼロは────考えている様子ではあったが思い悩む、という程ではなかったように見える。とはいえミーアがだいぶと衝撃を受けたのだから張本人のゼロがすんなりと飲み込めるはずはないだろう。
────なんだか、私のが思い悩んでいる気がする。

「ゼロの魔素は別の誰かのもので、ゼロはそれを植え付けられた。…誰のものなの?」

元の魔素の持ち主は誰なのだろう。ゼロはただの一般人で、偶然の不幸からこんなことになってしまったのか?
────ゼロ自身の素性も、ゼロの魔素の持ち主も、なにもわからない。

「…………ゼロ」

彼も、きっと普通に生きられたはずだろうに。ジブリールもゼノラックスも、エリザベートだってこんなことにならなかったら平々凡々にのびのびと生きられたかもしれないのに。
────どうして、そこまでしてリュミエール王は?彼の意図はなに?なにをしたいの?

「…………」










:














「そう、貴女のお兄さんはとても貴女のことを慈しんでいて、貴女も素直に告げられないだけでお兄さんのことが大好きなんだね」



暖かくて、優しい声だった。ふわりと微笑みながらも的確に本心を見抜いてくるその言葉に、私は「うん!」と照れ臭くも嬉しげに返す。
私が元気よく返事をすれば、目元は逆光で見えないもののその子はますます優しげな顔付きになって、私の頭をそっと撫でてくれた。


「僕は一人っ子でね。きょうだいなんて呼べるものはいないから少し興味があるよ」


それに私は、「あなたの家族はどんな人たちなの?」と問う。するとその子は僅かに表情を陰らせて、「つまらない人たちだよ」と吐き捨てるように零した。


「どこまでも教祖を気取っているんだ。自身の好みに振る舞わない教徒には罰を与え、教育する。知っているとは思うけど、ロクに外にも出してもらえなくてさ、こうしてこっそりと抜け出さない限りはね。とても、とても……つまらない」


「家族は嫌いなの?」と、察することを知らない幼い私は愚直に問うてしまう。
そんな無神経な私にも彼は苦笑して、答えてくれるのだった。


「好きでも嫌いでもない。ただ、救済しようとは思わないね。端的に言えばどうでもいいんだ」


「救済?」聞き慣れない単語に、私は疑問をぶつける。
するとその子は流れるような動作で指を口元に持っていくと、子どもとは思えない絵になるような艶めかしい笑みを作ってこう言ったのだった。


「今は内緒。また次会う時に教えてあげる、だからきっとここに来てね」




















:








──リリリリリリリリリン。ジリリリリリリリリリリリン。



─ガシャ。



「…………朝、かぁ」

枕元の目覚ましを叩き消すと薄く瞼を開ける。カーテン越しの陽の光がちりっと差し込んできて眩しかった。数秒うだうだとしていたが、やがてのそのそと起き上がると身嗜みを整え始める。今日は休日だから軽装で、髪はいつも通りに。

「そういえば、なんか変な夢を見たなぁ。リアリティが無駄にある」

もう内容は朧げだが、少しだけ不思議な感覚の残る夢だった。変に現実味があったからか懐かしいとさえ錯覚してしまうような不思議な夢だ。
確か夢には自分ともう一人、幼い少年が出てきた気がする。そこで何やら会話をしてそして目覚めた。
夢の中でも今朝と同じような晴天で、少年の銀の髪が陽光に照らされて虹のような淡い彩色で輝いていてとても幻想的だったのが印象に残っている。

「ミーア、ご飯ができていますよ」

「はーい。ありがとうゼロ、今行くね」

コンコン、と控えめにノックされ扉越しに呼びかけられる。ミーアは慌てて返事をすると、止まっていた手を動かすのだった。

「ミーア、右の髪が跳ねていますよ」

「おっと、ありがとう」

指摘された寝癖をパパッと直して席に着く。今日はフレンチサラダとエッグベーコントーストだ。さくり、鼻腔にまで広がるパンの匂いとベーコンが起きたての胃に染み渡る。安定した美味しさを噛み締めながら、ミーアはゼロの様子を観察してみた。

(…………普通、かなぁ)

さくさくとトーストを齧るゼロは至って変わりない。昨夜の話を聞いてすぐなのに特に思案している様子はなく、ミーアは内心首を傾げた。
───別に、落ち込んでいてほしいとかそういうわけではないけど。

(本当に、気にしてないのかなぁ。隠しているわけじゃないのかなぁ…)

本当は悩みに悩んでいるのに打ち明けてくれないだけだとしたらミーアが悲しいから。そう決めつけるわけではないものの、ミーア自身がゼロのことを考えすぎてしまっているから少々腑に落ちていないだけなのだ。杞憂で終われば良いとは思っている。
────私は、ゼロの助けに少しでもなれればいいんだけど。それは調子に乗りすぎかな。


「────物騒ですね」

不意に、ゼロが呟いた。彼の視線の先を追ってみるとテレビがあって、報道特別番組が映っていた。


『────このように!北町一帯が炎の海に包まれてしまっています!今現在、消火活動が行われておりますが火の勢いは衰えていません!!』


「え、」

北町とはあまり発展はしていないものの、緑が多く広大な町だったはずだ。その北町が、真っ赤に染まっていた。
あまりの衝撃に、トーストをぽろりと皿に落としてしまうが瞳はテレビに釘付けだった。


『──これはエルドジアムの歴史の中でも大規模で凶悪な事件ではないでしょうか!!!』

『今、情報が入ってきました!!リュミエール国王陛下が緊急会見をお開きになったとのことです!映像を映します!!』

パッ、と画面が切り変われば、悲痛でいて怒りを燃やしているような鋭い面持ちのリュミエールが映る。パシャパシャ、シャッターの音が響き、フラッシュが絶え間なく点滅する中、リュミエールが重い口を開いた。

『──今回、北町一帯が炎に呑まれた。被害総数は未だ不明だが、我々は残忍でいて卑劣な大規模テロ行為の線で見ている。炎の勢いが強く消化活動には些か時間を要するが、私は国に誓い、兇徒を暴き法にて裁こう』

リュミエールの宣言に、報道陣から僅かに歓声が漏れる。締めの挨拶を最後にリュミエールが去り、映像がスタジオへと切り替わったが、アナウンサーからもリュミエールへの期待が述べられた。

「北町が…北町全体って、相当広いよ?それが全部火事になったの?」

「でしょうね」

「…………被害は絶対に軽くないと思う。多分、城はてんてこまいだから私も手伝いに──」

ミーアが立ち上がりかけると、ゼロの砂鉄が伸びてきて腕を掴まれる。

「いいえミーア、お気持ちは察しますがこのまま休んでください。貴女も、ひどく疲れているでしょう。北町のことも城のことも心配かとは思いますが、休息も必要です」

「でも、ゼロ…」

「とにかく、ボク達には色々とありました。考えることも多いでしょうし、心労が祟ってミーアも体調を崩しかねません。従者としてのお願いです」

ゼロは真摯にミーアを案じてくれていた。それがわかっていたからこそ、ミーアもそれ以上は反抗できずに頷くしかなかったのだ。
北町の住民も城の同僚も心配だが、確実に徹夜三昧の過労となるだろう。ゼロの言う通り、確かにミーアも疲れていないとは言えない。無責任かもしれないが、ミーアは自身の生活を選んだ。
渋々椅子に座り直して朝食の続きを再開するが、やはりニュースに目を奪われてしまう。未だに赤々と燃える街並みは、一向に収まる気配がない。煙で空は灰色に染まり、水の魔素の持ち主の消化はひどく難航している。

「リュミエール王も仰っていましたが、これは人為的なものですね」

「うん…あまりにも範囲が広すぎる。小さな種火なら燃え移るまでに時間もかかるし、もっと早く対処することができるからね」

「ええ、それもありますが…。あれは魔素による炎です」

「魔素の…?」

ゼロが頷く。彼のブレインによる分析能力はどうやら映像媒体でも通用するらしい。

「炎自体は普通のものですが、炎全体に魔素の反応が含まれています。誰かの魔素によって意図的に引き起こされたと言って間違いはありません」

「本当に、テロだ…」

「ここまで広範囲を焼き払うとなると、なにか特定の目的があるというよりは愉快犯のような印象を受けますが…」

それは、ミーアも同感だった。強盗にしても殺人にしても、関係ないものまで巻き込みすぎている。テロはテロでも愉快犯の類を思わせる有様だ。
ミーアとゼロがテレビを注視していると、呼び鈴が鳴らされる。ミーアが声を張って返事をし立ち上がったが、来客は玄関を開けるまでもなくミーア達の前へと姿を現した。

「よォ」

「ちょっ……と!不法侵入不法侵入!!」

片手を軽く挙げて挨拶をしたのはゼノラックス。彼はミーアが怒るのを無視してキョロキョロと部屋を見回していた。最初にジブリールを招いた時も同じような反応をしていたから、ゼノラックスも珍しがっているのかもしれない。
ゼロが眉根を寄せているのも構わずについには歩き回り始めたゼノラックスの後を続きながら、ミーアは用件を尋ねる。

「なんの用?」

「ジブリールがお前らを呼ンでこいと。大通りに」

「大通りに…?なんで?」

「知らねェ。…家に植物ある、ッてこれニセモンかよ。なンでこンなモン置いてンだ」

「それは観葉植物だよ、インテリアなの。…私はいいけど、ゼロは出歩けないよ、私、あんまりお化粧上手くないから型式番号をうまく隠せない」

「別にいいンじャね?とりあえずお前ぐらいは連れてかねーとジブリールうッせェから行くぞ」

「待って!用意があるから!!」

「面倒くせェ」と宣うゼノラックスを放置して、ミーアは用意をするため自室に向かう。パパっと必要最低限の荷物を纏めてリビングに出れば、ゼノラックスはどかりとソファに座り、ゼロは食器を片付けていた。

「ごめんね、ゼロ。そういうわけだから行ってくるね」

「……その者達と出歩かせるのは不安ですが、一応は同じ組織に所属しているので了承します。ミーア、お気をつけて。……ミーアになにかしてみなさい、殺しますからね」

「しねーッて……」

ゼロにいってきますを告げて家を出る。さくさくと一人で歩いていくゼノラックスを早歩きでで追って、問いかけた。

「ねぇ、本当になんの用なの?」

「わかンね。ジブリールに聞け」




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「やっほ、ミーアさん。ゼロさんはやっぱ来られないか、まぁそこは予想通りなのでいいや」

にこにこといやに人当たりの良い笑顔で迎えてくるのはジブリール。
ミーア、ジブリール、ゼノラックスの御一行は今、屋台のクレープ屋の前にいる。ジブリールは既にクレープを三つ抱えており、ミーアとゼノラックスに二つ差し出してきた。

「さンきュ」

「あ、ありがとう…」

まさかクレープを食べるためだけに呼び出したわけじゃないよな、とチョコバナナイチゴクリームのクレープを頬張りながら視線で訴えかけると、ジブリールは一つ頷いて説明し始めた。

「まぁ、特に大きな用はないんだよね。単純に親睦を深めようかなって」

「…ほんとにそれだけ?」

「…あと、おばあちゃんにあげるプレゼントを一緒に選んでほしい」

「プレゼント?」

思ったよりも可愛らしい返答に聞き返せば、ジブリールは少し照れたように僅かに頬を染め、語った。
曰く、レジスタンスからの申し訳程度の給料で、いつもお世話になっているエリザベートにプレゼントをあげたいとのこと。彼女も女性なので女の子らしいものをあげたいが、物の知識だけは持ってても実践に移しがたいジブリールと、そもそもなにも知らないゼノラックスだけでは些か厳しいものがあるので、交流も兼ねてミーアを呼んだとのことだった。

「まぁ、付き合ってよ」

「いいよ、プレゼント選び手伝う」

「流石。心が広いね、ミーアさん」

見え見えのお世辞を並べ立てるジブリールをじとりと見れば、誤魔化すように笑った。
なんだかなぁ、とは思うけれどもさて、そうと決まれば早速選びに行こう。クレープをぺろりと平らげて、ミーアの推奨でショッピングモールへと向かった。



「どんなのあげればいいんだろ。髪飾りとか衣服とかは女性らしいって知ってるけど、うーん」

「衣服はないなぁ…。アクセサリー系じゃないかな。エリザベートが好きな色とかモチーフとかは知ってる?」

「…白が好きじャなかッたか」

「うん、白好きだね。モチーフは…花とかが好きかな。花といっても細かい種はわからないんだけど」

「そっか、白と花ね。じゃああそこに入ってみようか」

アクセサリーショップに入ってはいくつか候補を決めて、を繰り返す。時間はかかるが、最良のものを選ぶにはもってこいの方法だろう。
白と花の組み合わせはよく見るので、候補に困ることはなかった。一先ずアクセサリーの種類は二の次で各々が良いと思ったものを選んでいく。
発案者のジブリールはともかくゼノラックスは絶対こういうのは面倒臭がるかと思っていたが、彼のイメージにそぐわぬ真剣な顔付きで吟味していたので、よほどエリザベートが好きなのだな、とミーアは印象を改めた。

「これはどう思う?スズランの花が───あっ」

「あら」

「あっ…」

声を出したのは同時だった。ミーアがスズランモチーフのブローチをジブリールに提案していた瞬間、ばちりと目が合った。
ミーアが間抜けな顔をするのと同時に、向こうも驚いた表情や嬉しそうな表情を見せる。
そう、───偶然にもハイドランジアとエレインに出くわしたのだ。

「あらあら♪ミーアちゃんじゃない!♪」

「ミーア…」

「ハイド、エレインさん」

「そちらは…………ミーアちゃんのお友達かしら?♪」

「……どうも、ミーアさんの親友です」

「いや、親友じゃないからね」

ミーアを見つけるなりエレインは、ハイドランジアの腕を引っ張って駆けてきた。ハイドランジアは引っ張られて走らされているせいか首をがくがくさせて、止まれば息切れをしている。
エレインは機嫌が良いのか、ミーアの手を繋いでぶんぶんと上下に振ったあとジブリールとゼノラックスにも話しかけたが、ジブリールはいつもの人当たりの良い笑顔で一言だけ返すと、簡単なジェスチャーでゼノラックスと共にその場を離れていった。

「ミーアちゃんは、今日どうしたの?♪」

「えっと、知り合いの人に贈る物を見に来て」

「あらそうなの♪アタシたちはショッピングに来ててね♪ハイドちゃんも研究室に篭りきりだったから息抜きに連れてきたのよ♪」

「ノーランさんが…無理矢理……」

ハイドランジアの返答だけ見れば気乗りしていなさそうだが、表情はとても優しいもので。ショッピング自体は苦手だがエレインと出歩くのは嫌いじゃないのだな、とミーアはほっこりとした。

「ハイドちゃんもお洋服が伸びたものばかりだから、この機会に買ってあげなくちゃね♪」

「いいですよ…自分で買いますから……」

「あら?♪そう言って任せていればいつまでも買っていなかったじゃない?」

「う、それは……」

頬を指でぐりぐりとつつかれてタジタジになっているハイドランジアを見るのはとても微笑ましかった。以前はハイドランジアの方がエレインよりも上手なのかと思ったが、案外と力関係に差はないらしい。

「まぁ、そういうことだから失礼させてもらうわね♪ハイドちゃん、話を逸らして逃げそうだもの♪」

「…バレて……ましたか」

「当たり前じゃない♪何年一緒にいると思ってるのよ♪それじゃあねミーアちゃん♪」

僅かに抵抗を見せるハイドランジアをエレインはずるずると引っ張っていった。ハイドランジアが振り返って助けを求めるような眼差しを送ってきたが、気づいていないフリをして手を振れば落胆した。
彼女らが去って数秒経つと、ジブリールとゼノラックスが戻ってくる。こちらもこちらで、無気力なゼノラックスの腕をジブリールが引っ張ってくるものだから、先程の二人と重なってくすっと笑ってしまった。

「なに笑ってるの?」

「いや、別に?ふふっ…」

「変なヤツ」

「まぁまぁ、再開しようよ。ほら、ゼノラックスもやる気出して」

ミーアが品物を物色しに行く背中を、ゼノラックスとジブリールは少々訝しげに見ていた。

「…なンであいつが一番楽しそうなンだよ?」

「さぁ?よくわからないね、変な子。でもまぁいいんじゃない?」








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「包装もしてもらったし、これでいいかな?」

「そうだね。付き合ってくれてありがとう、ミーアさん」

プレゼントの入った小さな紙袋を上着のポケットにしまったジブリールは珍しく裏を感じさせない笑みで礼を言った。
数時間かけて探し、吟味した甲斐もあってかゼノラックスもジブリールも満足したらしい。

「ポケットに入れてシワできないように気をつけてね」

「ああ、うん。気をつけておく」

「……お前、なンか他にも見るンなら付き合わねーこともねーけど」

「へぇ、ゼノが自分からそんなこと言うなんて珍しい!明日は雹が降りそうだね!」

「お前な、ジブリール」

ゼノラックスなりの恩義なのだろう。だが、彼が申し出てくれたのはありがたいが特に見たいものもないので遠慮をしようと思う。
二人の掛け合いの隙があまり見えないが、どうにか口を開いて言葉を紡ごうとしたその瞬間だった。




────ドオオオォォォォォォォォォオオオン!!!!!!!!!!!!!

激しい爆発音と悲鳴が溢れたのは。