01:ゼロ
アンドロイドは床に、オイル漏斗用などに備えて何重にも重ねられた布の上に仰向けで横たわっている。見れば見るほど端正な顔立ちの人間だ、中身が機械だというのが信じられないほど。
「さて…始めよう…」
白衣の袖を捲って気合を入れたハイドランジアは、アンドロイドの上半身を露出させるべく服を脱がせる。チラリと見えた肌はミーア達とそう変わらぬ肌色で、なんだかいけないことをしているような気分になったミーアはそろりと視線を逸らしたが、ハイドランジアに手伝って、と言われたのでなんとも不思議な気持ちを抱えながら拙い手つきで脱がしていく。
「あれ?傷が…治ってる?」
服を脱がせて気づいた、ぱっくりと裂けていた傷がほとんど治ってるのだ。その箇所は痕のようになっているが塞がっている、いや、それが本当にその傷なのかはわからないのだが。
それもそのはず、そのアンドロイドの身体は無数の傷跡がついていた。見るに耐えない量の、見るに耐えないエグさの傷跡が無数に。
こんなの、明らかに異常だ。アンドロイドに疎いミーアだって流石に訝しむ。歴戦をくぐり抜けてきたか、又は散々解剖されたかのような具合だからだ。普通のアンドロイドがこんなに傷つくはずがない。
黙りこくったミーアの様子を窺いながらも、ハイドランジアは工具片手に螺子を探すが、これまた異変二つ目である。
「どこにも螺子が…ない。これ、本当にアンドロイド…?」
これでは開くことができない。紛らわしい人間じゃないのかと思ったが、型番自体は定められた位置に付いている。
本当にアンドロイドだとしたら、どう考えても表に出回るような品じゃない。
ぐったりとした様子のアンドロイドを暫し眺めて、ハイドランジアはおもむろに白衣から手術用具を取り出す。それにはミーアも声を上げた。
「ちょ、ちょっとハイド!?」
「念の為…」
「念の為って、いやいや、そんなマッドな…」
「開腹」
ミーアが腕を掴むのに1寸間に合わず、その鋭い切っ先はアンドロイドの腹を滑る。
開いた隙間から溢れ出るは、黒い粒。それは砂鉄で、慌てるミーアを置いてハイドランジアは一人で納得していた。
開いてしまったからには手を出すことのできないミーアはハラハラと見守るしかない。ハイドランジアは溢れる砂鉄を除け、更に奥を見ようとする。
「ハ、ハイド…!」
不安げな声を聞き流し、ハイドランジアは中身を見て全てが腑に落ちた。
砂鉄の奥、人でいう臓器の部分にはまさに、人と同じ臓器、しかし至る所に謎の機械が後付けされており、内部は生命と非生命が奇妙に混在している。機械と機械の隙間のおそらく生身にはびっしりと魔術陣が描かれていた。
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「というわけで…、あれは人だったよ…。いや…元人間の魔術アンドロイドって言った方が正しいかな…」
「いやいや、というわけでって」
アンドロイドの腹を縫合して閉じてから10分後、お通夜状態の中ハイドランジアが切り出した。
「僕も…モルモットではよく実験するけど…あれは人間バージョンだ…。魔術により人を改造する…あの無数の傷は機械を取り付けるための実験痕かな…。モルモットよろしく弄り倒された人間…。おそらくはその魔術を掛けた者に従う様に造られている…魔術アンドロイドと呼んで差し支えのないようなモノだ…」
「なんだってそんな…」
「それはわかんないけど…うん…、間違いなく言えるのは早々にあれを破棄すること…。こんなどす黒いことに関わってたらミーアも僕もわりと危険…かも…」
「破棄って…そんな」
「どう考えても危うい…少なくともミーアは…手放した方がいいよ…」
「ん…?私はって?」
ミーア"は"。ならハイドランジア"は"…?
そう目で訴えかければ、ハイドランジアは顎に手を当ててやる気のない目を細める。
ああ、わかった、なるほどーーーーー
「ハイドは、この子を手元に置いときたいんだね」
「…………」
沈黙は肯定。その程度、ハイドランジアと付き合っていればすぐにわかる。
危ないと言ったのは自分なのに手元に置いておきたいだなんて、どういうことだ。研究者魂なのか。はぁ、と一つ溜め息をついてみればどことなく罰が悪そうにふいっとハイドランジアは目を逸らした。
その先には例のアンドロイド、つられてミーアも同じく視線を向ける。
ほんと、人間みたいだ。いや、ハイドランジアの推測が正しければ人間だったのか。なんか、いきなり裏がどうとか危ないとか言われてもそれなりに平凡な自覚のあるミーアにはわからなくて、そりゃあ賢明な判断はアレを捨てることだろう、ミーアだけでも。
しかし、しかし、だ。あんな懇願の目線を向けられて割り切れるほどミーアは非凡ではなかった。なんとなく、腕を掴まれていた感触が思い出される。弱々しいけれど、確かに掴んでいた。
「あーあ、うん、仕方ない!」
ぐっと伸びをした反動で椅子から立ち上がると、前の椅子に座っていたハイドランジアの前に膝をつく。床に片膝立ちをしているから背が低くなり、ハイドランジアの膝上あたりの位置に顔が来る。まさに疑問符を浮かべて見下ろしているハイドランジアの手をバッと取れば僅かに驚いた表情へと変わる。今日はよくハイドの表情筋が動くなぁ、なんて場違いなことを考えながらにんまりと笑った。
「共犯者になろっか、ハイド」
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ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ
等間隔で繰り返されるベルの音。開きたくないと抵抗する瞼を気合でこじ開ければ、滲んだ視界に映る自分の部屋。
う"ぅ*ん、と唸ってぐっと伸びをする。凝り固まった筋肉が解されてとっても気持ちがいい。ふぁ、と欠伸をして水分が行き渡った眼に入った景色を理解して、ガタタッと飛び起きた。
「うわ?!なんでキミ動いてんの?!?!」
「………」
栗色の髪、トパーズのような黄色い瞳、右目の下にビビッドイエローで彫られた01の型番号。端正な顔立ちの、例のアンドロイドがベッド箸に顎を乗せてこちらを見ていた。
バクバクと高鳴る心臓を押さえて返答を待つが、彼はじーーーーーーっとミーアを見つめるばかりでなにも話さない。
「あのー…?」
「…………」
再び声をかけるが変化はない。そんなに真顔で見つめられてはミーアも困ってしまう。居心地が悪くなって、とりあえずベッドから降りるとアンドロイドはミーアの動きに合わせて視線を動かす。ミーアが立ち上がればアンドロイドも目で追った後に立ち上がった。
男性型だからか背が高めで、尚且つ1ミリも変わらない真顔なので圧迫感が半端ない。
「えーと……リビング行こ…?」
ミーアがドアを指差すがただ見ているだけなので、返事を諦めてミーアが先に進む。
ドアを開けて出たところで、アンドロイドがちゃんと着いて来ているかと振り返れば真後ろにいてまたびっくりした。うん、率直に言って怖いです。
そういえばハイドはどこに居るのだろうか?昨日は遅くまでこのアンドロイドを見ていて、眠気に負けて先に寝たのだけれど、思ってハイドランジアの姿を探せば、何故か廊下で倒れていた。
「ハイド…!?……寝てる」
仰向けにしてみれば、死んだような顔をしているものの穏やかに寝息を立てていた。そりゃあそうだ、ただでさえ徹夜続きだったのにアンドロイドに気を張っていた、意識も途切れるはずだ。とはいえ廊下で寝かせておくことはできない。白衣を持ってズルズルと引きずっていると、アンドロイドがハイドランジアの腕を掴んで引っ張っていってくれた。うん、有難いけどよくわからない子だ。
「ついでで悪いんだけど…そこのソファにハイド乗せてあげてもらっていいかな…?」
ダメ元でお願いしてみれは、なんと頷いてくれた!
軽々とハイドランジアを持ち上げて、ぼすりとソファに落とす。わりと乱暴な扱いだが一向に目を覚ます気配がない。ハイドランジア、今日も予定がみっちりと詰まっていたはずだが大丈夫なのだろうか、いや、大丈夫じゃないよな。頃合を見て叩き起さねば。
でも先に朝ご飯を作っちゃおう。なんせ、ミーアだって出勤日なのだから。
軽いものをミーアとハイドランジアの2人分…と言いたいところだが、このアンドロイドはご飯とか必要なのか?
「キミ…あー……なんて呼ぼう、キミの名前ってなに?」
「……?」
「あー、言葉を話す機能って付けられてる?付けられてるよね、喋ってたもんね」
忘れてたが、普通に話してた。この子を拾った時にすらすらと話してた。なら、話せないことはないはずだが…。
「う、」
「う?」
「ん、わかん、ない、な、まえ」
なんか拙くなってる!?目覚めてから初めて喋ってくれたが、すごく拙い。小さい子供みたいだ。言語機能に障害でも生じたのだろうか。
それはまた、ハイドランジアに聞こうか。さて、彼は名前をわからないと言ったが、流石に名前が無いのは不便だよなぁ。
「うーん……じゃあ、キミの名前はゼロで」
「ぜ、ろ」
「うん、ゼロ」
「ぜろ、」
反復してみせれば認識はしたようだった。感覚的には幼子なのに図体は青年だなぁ。ギャップが激しいなぁ。
名前の由来?01をそのままゼロワンで、でも安直すぎるからゼロに縮めた、それだけです。
「ゼロは食事できる?」
「食べる、できる」
「あ。食べれるんだ。じゃあ3人分だねー」
食事ができるらしい。普通のアンドロイドは電気が動力源で充電さえしていれば活動できるのだが、ゼロは人間の要素が残っているのでもしかすると、と思ったがビンゴか。
冷蔵庫の中身を確認して料理に取り掛かるが、ゼロはずっとくっついてきていた。座っててもいいと促したが、横に首を振るので好きにさせているが、なんだろう。一週回って可愛く思えてきた。親族の子供の面倒を見ている気分で悪くない。
20分ほどで完成したので、ゼロにハイドランジアを起こしてもらうよう頼む。最初に無言だったのはなんだったんだと疑問になったが、彼なりの警戒だと解釈すれば納得できた。
「う、」
「ん?」
テーブルに料理を並べているとエプロンを引っ張られた。顔だけ向けると、ゼロがちょんと裾を摘んでいて、どうしたのかとミーアは首を傾げる。
「う、な、まえ。おじょーさん、の」
「あ、そか、私まだ名乗ってなかったや。私はミーアだよ」
「みーあ、う、おぼえた」
こくりと頷いたゼロの、もう片方の手元にふと目を落とすと、その手はハイドランジアの白衣の襟を掴んでいた。どうやらソファから引き摺ってきたらしい、やはり乱暴だ。
そこまでされても目を覚ます様子のないハイドランジアはやはり疲れをだいぶ溜め込んでいたのだろう。休息を摂らせてやりたいところだが起こさねば。
「ハーイド。おーきーてー」
襟を掴まれたままのハイドランジアの肩をぽんぽんと叩くが反応なし。頬をぺちぺちと叩いてさらに声をかければ睫毛がぴくりと動く。
「…………ミーア」
「はい、ミーアちゃんです。おはようハイド、朝ご飯作ったから食べちゃって」
「…ありがとー、ございます」
寝ぼけた声で目を擦ったハイドランジアはのそのそと立ち上がろうとするが上手く立てない。それもそのはず、依然としてゼロが襟を掴んだままで、それを視認して数秒かけて理解したあとに、「うわっ」と小さく声をあげた。
「ミーア…動いてる…」
「動いてるねぇ」
「う、」
***********
「なるほど、起きたら動いてた…」
あれこれ聞こうとするハイドランジアを押しとどめてご飯を食べさせ、その後。仕事に出ていくまでの残り僅かな時間で会議をしていた。
議題は勿論ゼロのことで、この仕事に言っている間どうしておくか、ゼロの機能障害状況はどうなっているか、である。短時間で解決することとも思えないが短時間しか話せない以上今こうして話すしかなかった。
「それで…言語機能に異常があるかもしれない……。………自己分析ではどうなの?型式番号01……じゃなくて、…ゼロ」
「…う、げんご、きのう、しょうがい、あり。めもりーでーた、しょうがい、あり。しんたいいじょう、さてつが、ふそく。めもりーでーた、おおきなはそん、かくにん」
「言語機能、メモリーデータ、砂鉄…。言語機能はメモリーデータに引っ張られてかな……。メモリーデータは記憶を構成しているから、記憶中枢に大きな破損があるのなら…連動している言語機能も影響を受ける可能性が充分ある………。それで砂鉄は……散らばってたもので間違いない…かなぁ……?」
「多分…砂鉄っていったらそれしか浮かばないし」
「一応…回収はしてきたんだけど……」
ハイドランジアが白衣のポケットからカプセルを取り出す。それを開けば、明らかに質量保存の法則を無視した量の砂鉄がバラバラと机に散らばった。魔素で回収して魔素で出したのだろう、あまり深く突っ込むべきところではない。
さて、この砂鉄だが、不足とはどういうことなのだろうか。やはり、体内に入れるのだろうか。
両者はゼロの行動を観察する。するとゼロが散らばっている砂鉄に手を翳した。その途端、ずぞぞ、と意思を持つかのように砂鉄が独りでに浮遊して上昇する。全ての砂鉄がゼロの手のひらに向けて動き、接触するかと思った瞬間、ゼロの手のひらがパカリと四角く黒い口を開けた。
文字通り黒くて四角いその中に砂鉄はずるずると入っていく。目が点のミーアと興味深げなハイドランジアを他所に全ての砂鉄を一粒残らず取り込んだゼロはふぅ、と一つ息を吐いた。お、人間らしい。
「あ、砂鉄ってそうするんだ」
「面白いけど…とても調べたいけど……そんな時間ないよね……。とりあえず…言語機能だけ直しておこう……こちらの言葉は理解できているみたいだから…ゼロ自身の言語だけだね…」
「えっ、時間ないよハイド」
「大丈夫…それだけならやってみせる……」
謎の使命感に燃えているらしい。カチャカチャと道具を並べ始めるハイドランジアを制止しようとしたが時計を見て慌てた。用意の時間がない!
ミーアとて女の子である。準備には多少なりとも掛かるもので、ハイドランジアはまたエグいことをしようとしているみたいだが引き止めていたら全く用意ができない。なので、後ろ髪を引かれつつもバタバタと自室に走った。