「今回は長生きした方じゃないかな」

肘置きに腕を置いて頬杖をつきながら、金の短髪の青年魔術師は相も変わらずその端正な紅顔に口元だけの笑みを貼り付けてそう言いました。
劇場内のスクリーンに映し出されている光景は、王城騎士に抱えられた茶の髪の少女が独房のような場所に無造作に放り投げられているもの。気を失ってはいれどまだ少女に息はありますが、まるで死が定められているかのように彼らは語ります。

「ねぇ、私達は此度の回が初めてだから知らないの。彼女は死ぬのかしら?」

姉妹の片割れが問いかけます。その鈴を転がすような愛らしい声は、よく響く劇場内において赤毛の若い男の耳を痛めているようです。彼女の声に、心底不快そうに若い男は舌打ちをすると、若い男が語る気はないと察した青年魔術師は爽やかにして愛想よく答えてあげました。

「死ぬよ。彼女はいつだって死ぬ。それが、彼女の運命なんだよ」

「運命だなんて、そんな強固なものに縛られてしまって可哀想ね。凡人が必然を覆すなんていう所業は容易には成しえないわ、あぁ可哀想に!」

なんと、あの少女には死の運命が定められているようです。運命とは必然、並大抵の揺らぎではその必然を崩すことはできません。運命とは即ち、城のようなもの。城を崩壊させるにはそれなりの手段を用いなければならないのですから。

「可哀想ね。未だに運命なんてものに縛られているのね。あれほど理不尽に束縛してくる戒めもそうは無いわ」

「だって下位世界だもの!下位世界の住民は、己を縛るロープすら認識できないのよ?もしも真に己を見つめることができたのならば、それはもうただの凡庸な駒ではいられないわ」

きゃいきゃいと楽しげに言葉を交わす姉妹達は、自分達の存在が若い男の琴線に触れていることなど気づいていない様子。いいえ、気づいていても無視しているのかもしれません、彼女達姉妹はいつだって2人だけの世界で完結してしまっているのですから。

「うふふ、この世界では誰か1人でも気づくことはできるのかしら?駒ではなくプレイヤーにのし上がることはできるのかしら?世界の真理を知って、果たして耐えられるのかしら?」

「どうでしょう!でも、それを予測してみるのもとっても楽しそうねお姉様!……ああでも、反魂卿を喰らった者ならばあるいは──」



「────いい加減、その無駄によく回る舌を噛み切ったらどうだ」

「きゃあ!」

「もう!とっても野蛮ね!噂通り、破壊にして憤怒の御仁だわ!!」

はしゃぐ姉妹達のすぐ側に煌々と燃える業火の紅槍が突如として降ってきます。姉妹達に直撃することはありませんでしたが、劇場の床が大きく抉れて溶けた地面が溶岩のようにドロドロと溢れました。槍から放出される熱風も、なんの防御もしなければそれだけで肌が爛れてしまいそうなものです。勿論、姉妹達も青年魔術師も各々が瞬時に防護をしていたのでそんなことにはなりませんが。
とはいえ、いつまでもその紅槍を放置しておくことは望ましくありません。誰も処理をしようとしないので、仕方がないと言いたげに青年魔術師が紅槍に手を翳すと、槍はブルブルと振動した直後にパキンと弾け、熱色の細かな欠片となってやがて消えてしまいました。

「彼はご機嫌斜めなんだ。そろそろやめた方がいいんじゃあないかな?今殺されなかっただけでも僥倖というものだよ」

「あら、奇跡の魔術師さんが僥倖だったなんて言ってくださるのね?ふふ、頓智かしら。面白いわ……」

「ええ、でも、少しだけ声のトーンを落としましょうか。私達、血湧き肉躍る死闘を嗜みに来たわけではないもの。私達はあくまで優美なる鑑賞者、ここではその地位に留まらなければね」

姉妹達は互いの唇に人差し指を当て合うと、くすくすと小さな笑い声を漏らしてその口を閉ざしました。
そこからは静寂が支配者となる空間が展開されていましたが、不意に若い男がそれを破ります。

「────それで?お前はどうするんだ、奇跡の魔術師サマ?」

先刻までの不機嫌はどこへやら。皮肉った、あるいは期待を込めた笑みを浮かべると、青年魔術師へと問いを送りました。
しかし、問いと言っても若い男にはもうとっくに答えがわかっているかのよう。わかっていながら、その楽しい事実を青年魔術師から直接得たいと望むのです。
青年魔術師は、当然若い男の思惑なんて理解している様子。口元の崩れぬ笑みがそう物語っています。けれども、青年魔術師は言葉での問いに言葉での返答を礼儀としました。

「このままここで物語の進行を傍観しているさ。僕の傍観が阻止されるとするならば、この劇場から追い出されるか──」

「──────あるいは、奇跡《 ぼく》を願われるか」

青年魔術師の答えはやはり、若い男には想像通り。しかし、それで良いのです。
もはやゲームという形すら崩れ、賭けるものもなにもないとはいえ”対戦相手”が現れるということはそれ以上になく愉快なものなのですから。

「ああ、そういうと思ったさ。せいぜい、願われろよ。このままではまた猟犬を招待してしまいそうだ」

「さぁ、願われるかな?……ああでも、少しだけ楽しくなってきた。思えば、幾度となく顔を合わせてはいるけれども君とサシで対峙なんてしたことがなかったからね。……少し、彼女の様子を見てこよう。…………それと、これだけは言っておきたいのだけど、ティンダロスの猟犬を下位世界に招き入れるなんていうマナー違反は二度とやめてほしいな。以前のあれは、まだ根に持っているからね」

「おお、こわいこわい。……──しかし、随分とあの女をお気に召したようだな?」

「それはそうさ、──だって、僕は主人公らしい凡人が大好きだからね。……この良さは君にはわからないだろうさ。──それでは皆様、また後程お会いしましょう」

席を立ち上がった青年魔術師は優雅に一礼をします。そして、羽織っているローブを勢いよく翻すとトランプを舞い散らせてふわりと溶けるように消えていきました。
若い男はそれを眺めていましたが、やがては上機嫌にくつくつと喉の奥から笑い声を零します。それを姉妹達は珍しいものでも見たように口元に手を当てて目を丸くしていました。

「ねぇ、聞いてもいいかしら?」

姉妹の片割れが若い男にそっと伺います。若い男は無言でしたが、それを肯定と受け取り姉妹の片割れは疑問を口にしました。

「ねぇ、貴方は誰と”契約”をしたのかしら?」

「私も、それが気になっていたわ。ここまで物語を見たけれども、ずっとわからないの。まだ序盤だからかしら?」

どうやら姉妹達は若い男の”契約”相手を気にしていたらしく、片割れが聞いたことに便乗してもう片方も乗っかります。

「あの少女でないことは確かよね、だって、貴方と契約をしてそんな簡単にあっさりと死ぬはずがないもの」

「そもそもあの少女には奇跡の魔術師さんが目をつけていたわ」

「となると限られてくるけれど……冒涜の海色
《 ほのおつかい》は違うわよね?貴方の好むような面白みのある子ではないもの。お馬鹿な桔梗色のバーサーカーも省いていいと思うわ、貴方はあのような知性の感じられない輩は好かないらしいものね」

「では、4つの能力を持て余しているあの少女の騎士《 アンドロイド》?それとも、人の心がわからない金糸の青年《 アンドロイド》?あの幼子はないわよね、流石に除いてもいいわよね?お姉様」

「ええ、良いと思うわ。でも、誰でしょう?国を愛する冷酷な王様《 かませいぬ》?それとも、根暗な研究者《 あじさい》?いえ、革命家気取りの道化《 おうていでんか》かしら。あぁ、大穴であの少女の兄も有り得るわね!」

再び姉妹達はヒートアップしてはしゃぎます。先ほどよりも数段耳障りな声に深いため息をついた若い男は堪らずに背もたれの影に隠れながら耳を塞ぎました。

「ねぇ、だぁれ?”運命の神様”。貴方は誰と契約したの?ねぇ、ねぇ、今度は誰を地獄に堕とすのかしら?」

先ほど振るわれた槍の猛威をもう忘れたのか、姉妹達は執拗に若い男に絡みます。
対する若い男は、呆れ果てたのかどうなのか。今度は槍を落とすことはせずに簡潔に、しかして煩わしげに一言零したのでした。



「───さぁな」