「うぅ…傷が……」

「大丈夫ですかミーア。暫くは安静にしておいてくださいね」

無事に家に帰れました。
あっさりしてるなと思ったそこのあなた、ミーアも思っています。なので、どういう経緯でこうなったのかを説明しましょう。

















「ミーアさん、このまま帰っていただいても大丈夫よ。傷の具合も、あまり運動しなければ問題ないでしょうし」

「帰っていいの!?」

「あら、いいわよぅ。人質に取るだの、脅すだの、拷問だの、そんなマネはしないわ」

普通に、帰っていいなんて拍子抜けもいい所である。王城勤めのミーアに情報を吐かせようとするなりなんなりされるかと思ったのだ。いや、何も無いならばそれが一番なのだが、こういう展開では非道な目に会うのがお約束とも言えるのに。

「いいの?おばあちゃん」

「いいわよ。わたし知ってるもの、王城勤めは王城勤めでも、研究補佐なんてなんの情報も持っていないも同然よ。研究者ならまだしも」

「まぁ…そうだね。おれらがなにかしなくても、向こうがまず黙っていないだろうしね。どうせ、おれらの名前ぐらいはあっちだって掴んでるから、バラされてもそんなに痛手じゃないか。ここだってすぐに引き払うし」

「あっち、向こうとは誰のことですか」

神妙に呟くジブリールの発言を拾ったのはゼロ。
向こうがまず黙っていない?それは誰のことだ?

「そりゃあ王城さ。脱走アンドロイド秘匿にまた別の脱走アンドロイドと交流、さらには騎士様殺害にも関係がありそうときた。十中八九探られるだろうし、下手打てば尋問拷問後に良くて処刑、悪くてモルモットだ」

「な、なんでそこまで…!?」

拷問?処刑?モルモット?おぞましい単語が並べ立てられる。
冷や汗どころじゃない、息が乱れる。ゼロがまた背を摩ってくれたが。動悸が止まらない。
ミーアの様子に、ジブリールは罰が悪そうに頬を*く。

「相手が王城だから、としか言いようがないよ。騎士様を殺しちゃったから、その付近にいたミーアさんは自ずと特定されるだろうし、そこから芋ずる式にゼロさんやおれらにも手が伸びる。追い討ちに、丸一日行方不明ときた。それじゃあまず追及は免れない」

「そんな…!!私、別に悪い事とかしてないのに」

「してないよ。でもね、個人の理屈なんざ国には通じない。あちらが邪魔だと判断すれば淘汰されるのさ。上手く誤魔化すことができるなら別だけど、嘘は得意?」

「嘘…」

「まぁ嘘なんか吐いても少しボロ出せば王様が多分出てくるし、彼に魔素を使わせた時点でどっちみち死ぬ。無実なら苦痛なく死ねる程度の違いしかないよ。…もっと他に、例えば有力者に今日のことを偽装してもらえるのなら助かる可能性も高いけどさ」

「王様…」

なんとなく、エリザベート達の話の延長線上にリュミエール王が繋がっていることはわかっていた。彼の魔素ならば、ミーア如きが逆らうなんて当然できるはずもない。
しかし、しかしだ。そもそもの前提で、あのリュミエール王がそんなことをするのだろうか…?リュミエール王といえば、あらゆる事業に尽力し、国民からの人気も高い。ルックスも整っているからファンも多いし、身分が高いのに大通りなどで頻繁に民とも交流している。王城内ですれ違えば、天も見惚れるような微笑みで労いの言葉だって掛けてくれる。その経験はミーアにも何度かあった。そんな王様が…?にわかに信じ難いのも当然というべきだ。

「まぁそうだよね、信じてもらえないよね。なんせ表の顔は才徳兼備、秀外恵中。まさに理想の王だ。それに加え、リュミエールの父であり前王が特に目立つ政績を築くこともなく王座を降りたから、民の期待も好意もとりわけ大きい」

「私はリュミエール様を信奉しているわけじゃないけど…でも、あの方はとても良い人だよ。そんな、非道なことをしているなんてとてもじゃないけど…」

「良い人、なんてよく知りもしない相手に言える平凡さはある意味羨ましいなぁ。あぁ、信じようが信じまいがどっちでもいいよ。どうせ助からないんだろうし。おれはあくまで忠告しただけなんだから」

「ミーアさん、帰るのなら誰にも見つからないようにね。特に、騎士には。王城騎士の大半はリュミエールの息が掛かっている。あなたも、ゼロさんというわたし達の同胞を庇ってくれてはいたみたいだから、ささやかながら無事であることを祈らせてもらうわ」

そう微笑まれて、ミーアは煮え切らない思いを抱えながらも帰宅した。
大雑把な道はエリザベートに教えてもらい、ゼロに背負われて人の居ない獣道を辿ってようやく我が家に着いたのだ。
自室で傷の具合を確認したが、塞がってはいるので入浴は大丈夫そうだった。だから、沁みるのを我慢し、一足先にシャワーを浴びてきたのだが、ジブリール達との会話が頭から離れない。
あの王様が、本当にそんなことを?ゼロに関して、真偽は置いておくとしても納得できることもあったから、エリザベートとジブリールの話を完全に疑っているわけではないが、やはり信じ切ることは難しく、現実味がなかった。リュミエール様に殺されるなんて、なにかの冗談だろう。そう突っぱねようとするが、死を体験しかけた自分にはそこまでの気力も豪快さもなく、悩みが増えるばかりで。

「ミーア…」

眉間に皺を刻んでいるミーアを心配して、ゼロが声を掛けてくる。しかし、言葉を返す余裕はなく、手をひらひらと振って大丈夫だと合図をした。
そういえば、ゼロはゼロ自身のことをどう思っているのだろうか。話を鵜呑みにするのならば、元人間ということがほぼ確証付けられ、それにはゼロも動揺を示していた。今の様子は通常通りに見えるが、思うところが無いわけではあるまい。ただ、それを愚直に問うて良いものか。ミーアには判断がつかなくて、テレビも付いていない室内には重苦しい沈黙が流れる。
ああ、駄目だ。考えすぎて頭が痛くなってきた。ミーアが額を押さえたその時、窓が音を立てた。

「…?」

窓を振り向く。石かなにかが当たったような音だったが、なんだろうか。
ミーアが立ち上がると、ゼロが先行しようとしたが彼の姿を他者に見られてはいけないので留めた。
カーテンを僅かに開け、窓越しに様子を伺う。外側の窓枠の僅かな隙間になにかが見えたが、光が反射して正体がわからないので錠を外して窓を開けた。

「…手紙?」

風で飛ばないように石を上に置かれた白い封筒が小さく揺らいでいた。
それを手に取って、少し身を乗り出して周囲の様子を伺ってみたが、誰もいない。窓を閉めて手紙を見てみれば、"Echo"という単語が彫られた封蝋で閉じられており、その他は至って普通の真っ白な封筒だった。

「ミーア、それは?」

「窓枠にあった。エコー…?なんだろ」

「トラップが仕掛けてあるかもしれません。ボクが開けましょう」

ピッと手紙を奪ったゼロは、ペリリと封蝋を剥がす。そっと指を差し入れて中身を取り出せば、折り畳まれた数枚の紙が出てきた。
それを開いてみると、一枚目に"調査書"と書かれた書類にミーアの顔写真が貼られている。


『ミーア・シャーロットについての事件及び関連性。
某日、ミーア・シャーロットはアング率いる強盗団に攫われ、同時刻、巡回警備騎士が殺害される。
ミーア・シャーロットは一日間行方不明であったが、アング率いる強盗団の本拠地にて保護、取り調べ後解放。
ミーア・シャーロットは帰宅途中、騎士殺害現場に出くわし、逃走を図った際に数箇所切りつけられ失神、その後攫われるが、誘拐の際に受けた外傷以外に傷は無し。王城騎士部隊ラムダが強盗団本拠地に突入、抵抗を見せた強盗団を殲滅後ミーア・シャーロットを保護』


「調査…書……?なに、これ」

「捏造です。強盗団とはなんのことでしょうか」

「私、強盗団なんかに会っていないし、騎士を殺したのは…」

デタラメが書かれた用紙。2枚目は強盗団の処遇、情報。3枚目は事後処理と、全く身に覚えのない出来事がつらつらと記されていた。悪戯かとも思ったが、ミーアの身に起きた出来事を知る人物などそうは居ない。怪我をしたことすら知られていて、その原因をねじ曲げて書かれている。ゼノラックスから受けた傷は強盗団から受けた傷へと、そもそも、エリザベート達はおろかアンドロイドにも一切触れていない。しかし、ミーアの状況を不自然でないように偽装されている。
誰にも会っていないのだから取り調べなどされるはずもない。それなのに、ミーアは王城騎士に助けられ、取り調べまでされ、解放されたことになっているのだ。

「…コンピュータで打ったものでしょう。筆跡の鑑定も不能。指紋もついていません」

ゼロが分析したようだが、手掛かりはなく、差出人がわからない。唯一のヒントは、封蝋のEchoのみ。
Echo、こだま…?ミーアにはさっぱり検討が付かないが、ここまで痕跡を消して、これを届けに来たものだ。それも、訳を知っていて。普通の人物ではないだろう、ぐらいはわかる。
それも、どういう訳かミーア達を庇おうとしてくれてもいる。調査書の内容はさておき、敵でないことは想像がつく。

「私達を助けようとしてくれてるんだよね?…でも、ここに書いてあることなんて嘘ってわかるし、すぐバレると思うんだけど…」

「そうですね。王城騎士デルタにでも聞き込みを行えばすぐに露呈する虚偽報告です。しかし、魔素ならばあるいは」

「それを可能にするなんて、どんな魔素よ」

「洗脳、幻術、または事実を文字通り書き換える。候補は多々ありますが、どれも強力では収まらない、と言いざるを得ませんね。本来ならば跳ね除けるところですが、ここまで大胆だ。これを事実とできる程度の自信はあるのでしょう」

魔素、その一言で片付けられてしまうのだから末恐ろしい。しかし、その通りだ。魔素があるのならば不可能ではない。洗脳、幻術ならまだしも事実を書き換えるなどまさしく神の業。そんな能力ですら、どこかの個人が所有している可能性を否定することはできない。
ゼロも述べているが、嘘が大胆すぎる。これを本当に王城に報告していたとして、確実に再調査もある程度は入るだろうに、貫き通すにはやはり魔素しか有り得ない。
ミーア達を助けたところで差出人にはハイリスクノーリターンだろう。わざわざアンドロイドのことを誤魔化すということは多少なりとも事情を知っているということで、エリザベート達の言うことが本当ならば、ミーア達を庇った差出人もただでは済まないだろう。そこまでの危険を犯して尚、助けようとしてくれる人物に心当たりなんて無く。僅かながらに不信感が生まれるのも致し方ない。
ただ、現状で頼れるものがこの文書のみだというのも事実。怪しさは拭えないがどうせ死ぬというのならこれに賭けてみてもいい。

「この調書の通りに話を合わせるとして…本当に、誰がこんなことを?」

「ボクはミーアの交友関係を記録していないので特定は不可ですが、一先ずはこの調書に沿って嘘をつくしかないでしょう。差出人がミーアを助けることが目的ならば、このタイミングで
これを送ってきたのもそう振る舞ってほしいという意図があってでしょうし。…ところでミーア、ご家族は?」

「両親はだいぶ前に亡くなったし、今は兄が一人だけど…」

「その兄はどんな方ですか?」

「私と同じで王城に勤めてるけど、頭だけは良いから王城外交省に所属してる。ずーっと国外を駆け回ってるから数年に一度、顔見るかどうか。ちなみにシスコン入ってるから帰ってくると鬱陶しい」

「魔素は持っていますか?」

「持ってないよ。端的に言って勉強できるバカだし」

うぁ、兄の自称爽やかスマイルを思い出した。顔はまぁ良いし気遣いやエスコートだってできるから第一印象はモテるのに、わりと重度のシスコンだからそこにドン引かれて避けられる。なので、成人しているというのに結婚のけの字も無ければ彼女のかの字もない残念なイケメン。
嫌いではないが苦手である。そこまで悪い人ではないんだけれどね。
兄のことを聞いてきたのは、ミーアの身近な人物で魔素を持っていそうな人物に該当したからだろう。しかし、兄は魔素を持っていない。まぁ、魔素を持たなくても元がハイスペックだから外交官なんかを務めていられるのだけれど。そういえば最後に帰ってきたのは3年前だったかな。あ、次帰ってきた時にゼロのこととかどうしよう。

「んー…まぁ追々考えようよ。今は気を張って嘘をつかなきゃ。あ、そうだ。明日から私、仕事復帰するわ」

「えっ、その怪我でですか?」

「うん、この怪我で。一応歩いてはいけるし、誤魔化すにしてもなるべく早いうちがいいでしょ」

「それは…せめて一日休息を取ったほうが」

ゼロが身を案じてくれているのは痛いほどわかる。しかし、一日も休んでしまえば心が弱気になってしまいそうなのだ。緊張と恐怖で適度に張り詰めている状態でないと、まともに嘘をつけないような気がして。正直体はキツいが、鞭を打って動かす。

「だーいじょうぶ。ミーアさん、案外やるときはやるからね」

「……心配です」

「平気よ、平気。お任せあれ、だよ」

むん、と力こぶを作って笑ってみれば、不服そうだが、諦めたのか異議は唱えなくなった。翌日の英気を養うためにこのまま寝たいところだが、嘘の練習をしなければならない。ここはゼロに付き合ってもらおう。あまり、嘘なんてつきなれていないのだから。