「なんでそんな賭けなんかしていたの!!?」

「不可抗力で…」

眉を吊り上げて激昴するハイドランジアと、彼の前で正座させられるミーア。それをどこかハラハラとした面持ちで見るゼロ。
いつもは聞き取れるのがギリギリな程に声が小さいハイドランジアの怒号が、室内いっぱいに響き渡る。
今現在はミーアの家に居るのだが、果てさてどうして、こんな事になっているのかを語るには、少し前に遡る必要がある。


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エレインと別れた後、行方不明になっていた間のことを研究室で根掘り葉掘りと聞かれ、なんとか誤魔化しつつ、仕事終わりにハイドランジアの星屑ボードに同乗してミーアの家に戻った。

「おかえりなさい、ミーア。お久しぶりです、マスター・ハイド」

「ハイド……あぁ、そういえば…ゼロにはちゃんと名乗ってなかったか…」

久方ぶりの再会をする二人を横目に、ミーアは寝室へと荷物を置きに行く。ゼロが作った、夕飯の匂いが鼻を掠めて、体力を消耗した身体は空腹を訴えた。
上着を乱雑にベッドへと放り投げてリビングに戻れば、ハイドランジアはゼロの腹を開いていた。
ハイドランジア曰く、ゼロの腹部は本人の意思で開閉可能らしく、それこそ機械と同じように、蓋の役割をしているらしい。尤も、それも改造のせいだろうが、と言っていたが。
そりゃあそうだ、人間に、腹を蓋のように扱う機能はついていない。内部パーツの点検をしやすいように、わざわざ改造されたというのがハイドランジアの見解だ、しかし、そんな、人を人とも思わないことを平気で行える存在が居ることが信じられなくて、吐き気がする。
生体とはいえ機械と密に繋がっている以上、メンテナンスはゼロの為にもなるのでハイドランジアはある程度割り切っているみたいだが、流石にミーアは見ていられなかった。

「その、ハイド…。お腹を開かずに見る方法とかないの?」

「無い…。キーパーツが中にある以上、直接見ないと……。こうやって直に見ても用途や機能が不明な機器が何個もあるのに……倫理だのは言ってられないよ……」

「ミーア、これは当然のことです。ボクは、他者の整備に頼らなければ万全のステータスは維持できません。己の修復機能には限度があります。ハイドランジアにこうして点検していただくことは、必要不可欠です」

「また……故障されても困るしね……。今のうちに把握できることは……しておかないと……」

ガチャガチャと弄る中に、時折生々しい粘膜音が混じるのは、生の臓器や肉に触れているからだろう。どうやらゼロは、原理は不明だが、砂鉄が血の役割を果たしているらしく、血液は一切見当たらない。以前の砂鉄球もその一部だが、体内にある砂鉄はゼロの意思で自由に操れるらしく、また、感覚も連動しているのだとか。
あの時、ミーアが襲われているのを察知できたのも、ハイドランジアが腹を見ている最中に砂鉄が流れてこないのも、ゼロが制御しているから。と、昨晩の帰り道に話してくれた。

「やっぱり……。言語機能を直した時も思ってたけど………。大体のパーツが腹部に集まってる……」

「はい、腹部は内蔵量も多く、また、効率よく各部位に伝達することができます。脳と腹を回路で繋ぐことにより、分析能力と指示速度を大幅に向上させています」

「ここまで…揃っていたら……弱点になり得るだろうね……」

「弱点…。そうですね、腹部に損傷を負うことは致命的です。しかし、自動修正の機能が備わっていますので、大きな衝撃を受けない限りはエラーが発生することはありません」

「大きな、衝撃ねぇ……。なら、これはまだ小さいものなのかな…?ねぇ、ミーア?」

「え?」

不意の問いに、彼らから逸らしていた顔を向ける。
いつの間にか、ハイドランジアの手は止まっており、特に動作することもなくゼロの腹に向き合っていたが、その目線は、腹の中というよりも、腹の中のとある一点を注視しているようだった。
質問の意味がわからずに問い返すが、ハイドランジアは黙したままで、ゼロも不思議そうにミーアとハイドランジアを見比べていた。

「………ゼロは気付いていないみたいだけど」

「…はい?」

「この傷……修復途中みたいだね…………?」

「………?……あっ」

ハイドランジアが指を差した先を直視することはできず、細目で見てみるが何処のことを言っているのかミーアにはわからない。しかし、ゼロは理解したようで、焦ったように小さく声が漏れた。
ミーアが視線でゼロに問うが、ゼロは微妙な表情で「マズい」とでも伝えるように瞬きを繰り返した。

「この傷……以前見た時は無かったんだよ……。だから…思ったんだけどさ……ミーアが行方不明になってたその期間………ゼロも関係しているんじゃないの……?」

「……」

王様はやり過ごしたのに、予想外の相手にバレた。
驚愕を押し込めた顔色をしながらも、口を開かないミーアに、ハイドランジアは言葉を続ける。

「ついでに言えば……他にも数箇所……似たような傷がある……。だいぶ自動修復が進んでて…なにによる損傷かは判別がつかないけど……、少なくとも……体内に至るような傷は負ったよね……?それこそ、生身の人間なら死んでも不思議ではないような………」

「……」

「強盗団に…拐われて…それで、保護されたみたいだけど………、ねぇ、…詳しくはなにがあったの……?」

瞳の蒼玉を細めて、探るような目付きでこちらを観察される。
ここまで怪しまれては、隠し通すことなど難しい。修復途中の傷にゼロが気づいていたなら、まだ事前に対処ができただろうか、恐らくはもうほとんど完治寸前だからゼロも気に留めていなかったのだろう。とにかく、ハイドランジアは完全に、拐われるだけではない大きな出来事があったと睨んでいる。それは事実で、且つ、言い訳なんて考えている暇も無かったから誤魔化しも通用しない。つまりーーーーー詰んだ。

「……マスター・ハイドランジア。真実をお話しましょう」

その、逃れえぬ疑惑に白旗を上げたのは、ミーアよりも一瞬先にゼロだった。


























「なんでそんな賭けなんかしていたの!!?」

「不可抗力で…」

ここで冒頭に戻る。
騎士殺害現場に居合わせたこと、名前は出していないが、ゼロと同じようなアンドロイド3人組に出会ったこと、そこで聞いた話のこと、そして、手紙のこと。全て、詳しく話した。
最中に、ハイドランジアは考え込んだり、顔色を変えたりと忙しなかったが、あまり話の腰を折ることもなく最後まで耳を傾けて、そして、怒りが膨れた。
初めて見たハイドランジアの怒りに、怯えながらもミーアは弁明する。仕方がなかった、どうしようとなかったと。
だが、それすらも言い訳に聞こえたのか、眉間に深く皺を刻んで、貧乏揺すりをしていた。ハイドランジアが怒っているのは、様々な要因があるけれども、王様に挑むような危険な賭けをしたことが一番らしく、彼が本気で自身らの身を案じてくれているのが痛いほどわかるものだから、反抗などできるはずはなかった。

「その話が本当だとしても、嘘だとしても!王様を欺くなんて、不敬罪だ!!!首が飛ぶぞ!!!?」

「わ、わかってる」

「大体、そいつらの話を鵜呑みにするなんて、愚かにも程がある!!手紙だってそうだ!!"何故かその内容が広域に知れ渡り、王族すらもそれに基づいて話を進めてきていた"としても!!!どう考えたって虚偽報告だと暴かれるのは時間の問題だぞ!!?そうなれば、手紙の差出人も、ミーアも、首と胴体が切り離される!!!」

「…ちょっと脱線するけどさ。その、私が強盗団に拐われたって話だけど…ハイドランジアは何処でそんな話を聞いたの?」

「何処って…何処ってそりゃ………………ーーーーーーあれ……僕は、何処で……?」

ビリビリと大気を震わす説教に竦みながら、ミーアは小さく手を上げて気になっていたことを聞く。それは、ミーアが強盗団に誘拐されたなんて虚偽が広まっていることについて。こんな嘘が知れ渡っているのならば、一体どこの誰が発信源なのかと。
しかし、それを問うと、ハイドランジアは威勢の良かった語気を減退させて、やがて消え入るように、自信が失せたように、自問自答をし始めた。彼のレンズ越しの瞳は、空のようだった爽やかな蒼から深海のような暗い色へと変貌しており、遠くを見るようなぼんやりとした顔つきをしていた。

「………いや、僕は、誰かが噂をしているのを聞いてーーーーーー、でも、僕は、……外になんかロクに出ていない………あ、れ……?」

「記憶に異常が見られていると推測します。ハイドランジア、冷静に想起してください」

「……………、指摘されるまで、全く違和感なんて覚えていなかったけど。…………これは、この感覚…なんだろう……。上手く思い出せない…というよりも、そもそもその記憶が…ない…?何処でどのようにして知ったのか記憶がないという記憶が靄のような何かで誤魔化されて……」

(これは……)

ぶつぶつと呪詛の如く呟いて、自身に整理をつけるように一人の世界へと入ってしまうハイドランジアの姿に、ミーアはゼロを見る。すると、ゼロも丁度こちらを見ており、アイコンタクトで互いの思考を共有する。
やはり、魔素だ。というより魔素しかない。記憶に作用する魔素、それも、恐らくは広範囲の人間に。ハイドランジアの様子から推察するに、記憶の捏造を行う系統のもので、つつけば簡単に割れてしまうけれど、それまでは記憶に影響していることすら気付かないような、そんなところだろうか。

(なんにせよ…私たちを助けてくれてるって認識は多分間違ってない、んだよね?)

相手に返る利益なんて、一体如何程かは測れないが、間違いなく、ミーア達を庇ってくれてはいた。誰だかは知らないけど、その事実に感謝したい。







:




「………とりあえず、ミーアにゼロ」

「うん」

「はい」

あれから少し経って、記憶混濁の原因究明を諦めたハイドランジアは、改めて二人と向かい合っていた。
ごほん、咳払いしてお茶で唇を潤したハイドランジア、気だるさに重さの混じった面持ちで口を開く。

「僕は、なにがなんだかよくわかっていない。………それは、ミーアとゼロも、同じ……だと思う。これも推測だけど……僕以外にも記憶に異変をきたしている人は居るんじゃないかな……正直、勝手に弄られたみたいで気分は良くないけど………、あんまり、深くは踏み込まない方がいいと思う……」

「ハイドランジアのように、記憶操作をされていると悟られるからですね。そうなれば、収まったものもまた蒸し返されます」

「うん……。誰が何のためにこんなことをしたのかは…探偵ではないから流石にわからないけど、でも………従っておいた方が安全、なんだとは思う……。その、リュミエール王がどうとかの話を信じるわけではないけど……どのみち、バレたらゼロは処分されてしまうだろうし……」

「ボクの存在が法に抵触しているから、ですね」

「ゼロが居なくなるのは……僕的に手痛いどころでじゃない………」

「すいません、ハイドランジア。話の腰を折りますが、貴方の目的もお聞かせ願いませんか?」

ぴくり、ハイドランジアが肩を僅かに揺らした。目的、その単語に反応したようで、ハイドランジアは目を伏せた。
ここでゼロが話を遮るとは思わなかったが、ミーアもそれについてはいずれ聞こうと思っていた。今までは微妙にハイドランジアがそこに触れさせないようにしていたお陰で深入りはしないようにしていたが、違法してまでゼロを匿う魂胆をちゃんと知っておきたかった。
ミーアが思っていたタイミングは今では無かったが、しかし、ゼロが話を折ったのは正しかったのかもしれない。

「………」

「ハイドランジア、どうであれボクとミーアも腹を割って話しました。貴方がボクを何かに利用しようとしているというのは理解済みです。それは構いません、しかし、方針を教えていただかなければ、ボクも性能を充分に発揮できないでしょう」

ハイドランジアは、逸らしていた視線を、ゼロに向ける。探るような目付きは、ゼロの意図を見抜こうとしているようだが、上手くできなかったようで瞼を閉じ、深く長い溜め息を吐いた。
数秒、息を吐き続ける音が室内を満たし、襟の長いインナーで口周りを覆ったハイドランジアは、ゼロへの反論も思いつかなかったのか観念したように、布で声を潜もらせながらもぽつり、ぽつりと語り始めた。

「……姉と、親友を………探しているんだ」

「姉って、今日言っていた行方不明の?」

ミーアの問いに、こくりとハイドランジアは頷く。

「あの時…姉が行方不明だって言ったけど、…………姉さんだけじゃなくて、親友も行方不明になったんだ。姉さんと、一緒に」





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まだ補佐すら持たない、城で研究職に就いた直後の頃のこと。薬品の臭いと、規則的に響く機器の音、時折聞こえるラットの鳴き声の中、徹夜に慣れない疲れからか書類を纏めている最中に意識を飛ばしてしまったらしい。ハイドランジアは、うるさく連絡音を掻き鳴らす呼式に、薄い隈の残る双眼を開ける。耳を劈くような呼式の音は、彼は初めて耳にする緊急用のもので、結ぶことすら忘れていた長い髪を払いながら時間を確認する。壁に掛けられた時計の針が示す時刻は2時過ぎ、昼ではなく深夜の、だ。一体こんな時間になんの用件なのかと、寝ぼけ眼を擦りながらハイドランジアは拙い手付きで呼式を起動させた。

『ハイドちゃん!!!!』

「…ノーラン、さん?」

すぐ様響き渡る声は、彼がよく知る女性のものだった。ハイドランジアは、眠気を醒ますように、その人物、エレイン・ノーランの名を呼ぶ。

『ハイドちゃん…!!今すぐ、城下町外れの駅まで来て…!!!』

「なにか、あったんです…?」

エレインの声は、ひどく切羽詰まっていた。焦燥と不安を孕む声音に、鈍い彼ですら異変が起こっていると気付く。
事態を聞き出そうと疑問を投げかけるが、つい、こちらの声まで震えてしまった。なんとなく、とてつもなく嫌な予感がうなじを撫でる。ちくちくと鳥肌が立つ感覚に、ハイドランジアは即座に立ち上がり、問いと同時に席を立ち、外に出る準備を始めていた。

『ウェンディちゃんが……!!とにかく、来て!急いで!!!』

「っ!!」

ウェンディ、それを聞いたと同時に、部屋の隅に放っていた移動用機械、星屑ボードを掴み、部屋を飛び出す。薬品管理上、窓のない廊下を全速力で駆け抜け、やがて外に出ると、直ぐ様星屑ボードに足を乗せ、夜空を駆け抜けた。城下町外れの駅、徒歩で行けばそれなりの時間が掛かるが、星屑ボードならば数分も経たずに辿り着ける。流星の如き青い光の残光を残しながら、ハイドランジアはエレインの待つ駅へと、焦りを隠そうともせず乱雑に降り立った。
ぶわり、と着陸の風圧で木々が揺れ、砂埃が舞う。その中を、エレインは倒れそうになりながらも駆け寄ってきた。

「ノーランさん!なにが、あったんですか…?!」

「こっち、来て!」

暗い中でも認識できるほど、エレインは目を真っ赤に腫らしてぼろぼろと泣いていた。それに加え、普段は見た目に気を使うのに、化粧すらせず、部屋着のままで、ただでさえ不安な胸が張り裂けそうなほどに痛んだ。どくどくと心臓が激しく動く中、エレインに引っ張られて、駅の中に入る。
駅の中は、あらゆる地方騎士と王城騎士で溢れかえっていた。ガシャガシャ、バタバタと耳障りな音が反響するその場で、エレインは、一人の男を連れてくる。鎧は着ておらず、騎士のような屈強な肉体は持たない者だが、エレインに腕を引かれている最中も騎士に何やら指示を出している様子から、おそらくはそれなりの立場に就いている者なのだろう。

「ベルクラフト…もう一度、ちゃんと説明してほしいの」

「説明、ですか。…おや、この蒼眼の君はもしや、ウェンディ氏の御兄弟でしょうか。よく形が似ていらっしゃる」

ベルクラフト、と呼ばれた男は、癖のついた濡れ羽色の髪の隙間から、ぎょろりとした眼を覗かせた。
ベルクラフトの名は、まだ王城に入って日の浅いハイドランジアでも聞いたことがある。確か、リュミエール王の側近だったはずだ。それならば、騎士に指示を出しているのも納得だった。
王の側近というからには、大層華やかな見目をしているのかと思っていたが、ハイドランジアの予想は裏切られる。先述した通り、ボサボサの髪、その隙間には、ぎょろぎょろと大きな黄金の瞳が動き、血色の悪い青白い肌に、不健康そうに頬は痩けている。
黒い外套から覗く手は骨張り、骨と皮だけのような出で立ちだった。その上で薄く口元には笑みが浮かんでいるものだから、失礼ながら些か不気味に思えてしまう。そんなハイドランジアの様子も気にせず、ベルクラフトは一人で合点を付けると、仰々しく話し始めた。

「実は先程、緊急の連絡が入りましてね。なんと、終電の列車が走行中、速度超過による制御不能で崖から落ちてしまったのです。その列車は、南町から発車していたもので、詳細は現在、ほらこの通り、調査させている最中なのですが……誠に残念です。せめて、簡易ですがお悔やみ申し上げます」

「お、お悔やみって…!!」

「ハイドちゃん、……その列車ね、ウェンディちゃんとウィルオちゃんが乗って、………いたのよ」

「……………は?」

耳を疑った。エレインの口から出てきた名前に、優秀な脳は理解することを拒んだ。しかし、エレインの悲痛な表情と、ベルクラフトの言葉に、ゆっくりゆっくりとそれは浸透させられる。
ウェンディ、それはハイドランジアの姉で、同時に、王城整備士だった。彼女の専門は機械だったが薬品等にも精通していて、エレインと共に研究についてのイロハを教えてもらった。
ウィルオ、それはハイドランジアの親友で、ウェンディの婚約者だった。彼はウェンディの整備補佐で、ウェンディ、ハイドランジア、エレインの幼馴染みでもあった。
そんな、そんな彼女達が、列車に乗っていて、しかもその列車は落ちた?確かに彼女達は南町の地方所まで機械を整備しに行っていたが、帰りは今日の夜深くになると行っていたが、だが、なんだって?列車が落ちて、それで?
ざぁっと、顔から血の気が引いた。歯がガチガチと震えて噛み合わない。くらり、と視界が暗く染まった。辛うじて立っているのがやっとだった。

「酷く乱雑に柵を突き抜けて行ったようで、それはどれほどの速度だったのか、想像するにはあまりにも容易いです。あそこの崖は急で、崖下が見えぬほど深いので、念には念を入れて強固な柵へと仕上げていたのですが、嘆かわしい」

ベルクラフトの語る声が何処か遠くに聞こえた。聞こえるけど、頭には入らなかった。
エレインもベルクラフトも、何かを話していたようだが、気がつけばハイドランジアは、気を絶っていた。






:




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「…それから目が覚めて、列車が岩場に引っ掛かってたけど中に乗っていた客は割れた窓とかから振り落ちたのか、大半がさらに崖下に落ちて、底を流れる川の影響とその日の天候で霧が濃いのもあって行方不明だって聞いた。…その行方不明者の中には勿論、姉さんとウィルオも含まれる……」

ミーアは、絶句することしかできなかった。近年行方不明者が多発しているのは当然知っているが、ハイドランジアが肉親も親友も同時に失っていたなんて。
今までそれなりに一緒に居ても、彼が自分自身のことを話したのは両手で数えられる程度しかなかったが、そんな、そんな過去があるのならば語ろうとなんてしないはずだ。
彼の抱える想いはとても大きくて、やるせなくて、情けなくて…ハイドランジアに責任は一切ないのだとしてもやはり自分を責めて、ずっとずっと引き摺ってきた。どうしてか、ハイドランジアの追想を聞いて彼の心境が伝わるように響いてきた。それと同時に、彼の目的もなんとなく察する。

「ハイドはさ、…可能性に賭けてみたいんだよね?」

「可能性、ですか?」

ゼロが復唱し、ハイドランジアは口を閉ざす。きっと、沈黙は肯定ということだろう。

「お姉さんと親友が行方不明になった、…多分だけど、ゼロに会うまでは本当にただの行方不明だって思ってたんじゃないのかな。でも、ゼロの存在を知って、もしかするとの可能性、限りなく低いだろうけど、でも、どういう形であれお姉さんと親友が生きているかもって、そう思ったんじゃないの?」

ミーアの推測に、ハイドランジアはなにも返さなかった。それだけで、この考えは的中していたのだと悟った。
普通なら、事故の行方不明者が改造されてアンドロイドにされている、なんて結びつかない。だが、ハイドランジアはどのような形であれ彼女たちに存在していてほしかったのだろう。
だから、だから賭けてみた。天文学的な確率だとしても、良くない形だとしても、彼女たちがゼロと同じように改造されて生きているかもしれないと。いや、賭けるというよりは縋るという表現の方が適切なのかもしれない。

「…………」

「……マスター・ハイドランジア」

「…………………。そう、だね。当たりだ。……ミーアは、…たまに鋭いところがあるから困る。……………実際、その通りだよ。…人を改造するなんて、…よっぽどの理由をつけて表舞台から消さない限りは不可能で、……だから、よっぽどの理由を僕は思いついた。……それが、行方不明。行方不明にすれば……人を連れ去って改造するなんてことも可能、だから」

「……」

「ゼロ、ごめん……改造だの、連れ去るだの、………君に配慮できなくなってきた、ね」

ハイドランジアが眉尻を下げて謝罪する。というのも、ゼロの複雑そうな表情を見たからだ。
ミーアは言葉を暈して話してきたが、それも長くはできない。どうしても、確信的なことに触れる必要が出てくる。つまり、真偽は不明だがゼロに己の出生を突き付けるということ。
いくらほぼ機械化されているとはいえ、やはり人間味は残っているように見える。そして、人間ならば、自身が改造されているだのと告げられてすんなりと受け入れられる訳がなかった。
案の定、ゼロは眉間に皺を寄せて黙り込んでしまっている。ヤケになったり、取り乱したり、どんな行動に出ても仕方がない中でも行動自体は大人しいというのは、機械化の影響か、元々の性格か。

「……………」

「………ゼロ、さっきの、アンドロイド集団だっけ……。その話をどれだけ疑おうとも、君が改造されている元人間だっていうのだけは間違いなく事実……なんだと思う。………君は違和感を感じていないかもしれないけど、……君の身体構造は生身の肉体臓器に機械が後付けされたもの、だ。………真正面から見たんだ、否定のしようがない」

「…………」

なにも言葉を発せない、それも無理はない。
先程よりもきつく手の平を握りしめ、僅かに瞳を見開いている。
いっそのこと、完全に機械にしてあげればここまで苦しむことはなかったのに、なんて。我ながら残酷な発想だとミーアは唇を噛んだ。
完全に機械ならば、機械的に処理できる。そこに感情など絡まない。そもそも感情が存在しないから。葛藤がないから、否定も肯定もすぐにできてしまう。それは、倫理的にあってはならないことだが、こんな中途半端にされるぐらいならばきっとそっちの方がゼロは楽だった。
ゼロは、エリザベート達に話を聞いた時も、ここに戻ってきてからも、なにも気にしていないように気丈に振舞っていた。情報の真偽が不明だから、否定する余地があったから、かもしれない。でもハイドランジアには事実だと突き付けられ、己だけでは判断できなくなって、見ないようにしていた、真実だという可能性から目を逸らせなくなって、漸くここでそれと直面したのだろう。

「………あの、すいません。少々、単独の時間を貰えませんか。思考処理速度が思わしくないのです」

「…うん、大丈夫だよ」

「ありがとうございます。では、暫し席を外しますね」

暗い面持ちで席を立ち上がったゼロは、リビングのドアを開けると廊下に出ていった。
彼にも、整理する時間が必要なのだ。ハイドランジアもそれはわかっているのか、無言でゼロを見送った。

「それで、ハイドランジア。具体的に貴方はゼロをどうするつもりなの?」

「…どうこう、する気はないよ。…たまに、メンテナンスがてら、……体を開いたりはするけど………。有用な利用法が思いつかないんだ……。記憶も失っているしね…」

「じゃあ、とりあえずは現状維持ってことでいいの?」

「…………うん、そうなるね。無闇に外に出す訳にもいかないし……。…………………ごめん、ずっと話さなくて」

「…それは、私じゃなくてゼロに言うべきだと思う」

確かに、目的を隠されていて寂しいと感じたのは事実だが、謝罪はミーアではなくゼロに向けられるべきだと思った。共犯者なんて言いながらもミーアは匿っているだけで、なにかをさせられるのはゼロなのだから。
今のところ、ハイドランジアはこのままゼロを匿い続けるだけで良いとは言っているが、後々なにをさせるのかはわからない。ハイドランジアは己の仮定を信じて動くだろうし、それに関してはゼロはともかくミーアに異論は無かった。ハイドランジアの事情も理解できるからだ。しかし、それについて、条件を付けなければならないと感じた。

「ハイド、これは共犯者である私からの条件提示です」

「条件…?」

「ハイドがお姉さんと親友を探すことに、私は異議なし。でも、ちゃんとゼロにも彼の意思確認を取ってください。アンドロイドというのは道具で、その定義に従順に則るのならばゼロだって道具ということになってしまう。けれど私は、ゼロだって一人の人間だと認識してる。だからハイドも、ゼロを一人の個人として扱ってあげてほしい。ゼロを利用することは、私でもハイドでもなくゼロ自身にきちんと決めさせてあげてほしい」

ミーアの条件は一つ。ゼロを一人の対等な人間として扱ってほしい。
だが、これは簡単そうに見えて、ハイドランジアには少しだけ難しい問題だった。何故なら、こればっかりは認識の差だから。
ミーアはゼロを人間寄りに見ているが、ハイドランジアはゼロを機械寄りに見ている。単純な、捉え方の個人差。
ハイドランジアはおそらく、ゼロを人間として見れなかったから彼を利用しようとしていたのだろう。そこらのアンドロイドと変わりなく見えてしまっていたから。
しかしミーアは違って、ゼロを人間として捉えていた。感情移入もあるだろうが、元は人間なのだから、人間として扱いたかった。
どちらの認識が間違っているだとかの話ではなく、そう見えるのだからどうしようもなかった。深い理由など存在しなかった。
正直、ゼロに人間としての感情や思考が残っているのか定かではない、何故なら、感情を模して表現するアンドロイドは街中にも溢れているからだ。だから、彼をどう扱うのかは周囲の判断でしかない。
同じようにゼロを人間と見る者もあれば、ハイドランジアのように機械だと見る者もあるだろう。だから、これはミーアの意見であり、我儘だった。

「………」

いつになく真剣で、一歩も譲ろうとしないミーアに、ハイドランジアは少々狼狽したが、やがてはこくり、とぎこちなく頷いて了承する。

「よし、なら、私はあまり口出ししないことにします。でも、ゼロが戻ってきたら、ちゃんとハイドからお願いしてね。私は、なるべく中立な立場で居るようにするから」

「…うん、わかったよ」

ぴりぴりとした雰囲気から一変、ふっと表情を和らげたミーアに、ハイドランジアも肩の力を抜いた。
ミーアの言う中立な立場、つまりどちらの味方もしないがどちらにも助け舟を出す、というものは、彼女らしい選択だとハイドランジアは思う。見ようによっては薄情だとも捉えられるが、あくまで互いの自由意志を尊重してのことだろう。
一先ずミーアの理解は得られたが、問題はゼロだった。ミーアに言われたせいか、前向きな方向でゼロを人間寄りに見ようとしているが、彼はどう返答してくるのだろうか。
利用されようと構わない、というようなことは言っていたが、それは人に使われることが前提のアンドロイドだからであって、人間だと自覚すれば、それ相応には自尊心が芽生えて拒否される可能性もある。もしも拒否されたとしても、ハイドランジアには無理に食い下がる権限など無いと自覚している。
どうしたものか、なんて、やはり機械寄りに見て説得法を考えてしまい、ハイドランジアは無表情の奥で己を叱咤した。
ミーアと約束したのだから、そうやって見てしまう癖は直していかねば。我ながら変に義理堅いなんて、組んだ手で口元を隠しながら少しだけ嘲笑した。