「それじゃ、いってきます」

「はい、いってらっしゃいミーア」

ミーアを仕事に送り出してから、ゼロの一日は本格的に始まりを告げる。
彼女を送り出してから最初に朝食の食器の片付け。次に家全体の清掃。一見大変そうだが、これは思ったよりも楽だった。

「…………」

右手には雑巾、左手には汚れ落としのスプレー、そして無数に伸びる砂鉄にはそれぞれ箒、床掃除用の雑巾、はたき、と持たせて各々に掃除をさせている。
まさに一人複役、砂鉄が腕の代わりを完璧に成し遂げているのだった。

「……………」

細かな埃などは、自身に搭載されている分析能力を使えばターゲットロックオンすることができる。
エリザベートらの話では、ブレインと言ったか。これもあまりよくわかってはいないが、分析能力にとても優れているらしい。
ターゲットを定めることもできれば、相手の能力値を分析することもできる。例えば、埃に対しては含まれている細菌やゴミ、生物には特性、体格からの大まかな身体能力、そして――魔素。

「そういえば、」

――――リュミエールとゼノラックス。あの日刃を交えた彼等の魔素、どちらも視覚に関係するものだったな。

「死角、そして視覚」

【Blind・Darkness】――リュミエールの魔素だ。彼が対象だと設定した相手の死角にのみ、異次元の扉を開けることができる魔素。突然空中から攻撃された原因は、この魔素の力だった。
【Flashing・Movement】――ゼノラックスの魔素。彼が対象だと設定した相手の視覚内範囲を自在に瞬間移動できる能力。度々姿が消え、一瞬で現れていたのはこの魔素の力だった。
エリザベートに関しては分析にかけていないので魔素を持っているか自体不明だったが、おそらくは持っているのだろう。

「………」

ふっ、と自分の手を見遣る。そして視線を砂鉄に移す。
――――【Iron sand】文字通り砂鉄。それが、ゼロの持つ魔素だった。
己の体内を流れる砂鉄ならば、ゼロの意思で自由自在に操れる。形状変化、感覚連動可能の代物だった。
なにも、最初から自身の魔素についての知識があった訳ではない。何気ない時間に自身に向けてブレインを働かせた際に魔素の名と使用方法を得た。

「…身体能力値、付属魔素についての意義はナシ…ですが。…やはり、記憶装置の不良影響は大きいですね」

ゼロ自身、破損している記憶装置の修復は何度も試みた。しかし努力虚しく、一片の記憶も復活しないのだ。
ハイドランジアという外部修復もゼロという内部修復も受け付けないとなっては現状打つ術が無い。
正直言って以前の己の稼働状況が一切不明というのは中々に気持ちの悪い感覚だが、諦める他無かった。

「記憶さえ戻す目処が立てば、…ボクが人か機械かなんて問題もハッキリするんでしょうね」

――――そこが難関なのだが。…気長に考えるしかないか。
はぁ、と息をついたゼロだが、彼が背負い込んで悩むという選択を取らなかったのは幸いだった。もしも、それをしていたら?事態は傾いていたかもしれない。

「…幸運と言っていいのやら。ミーアとハイドランジアに拾われたのは、まさに不幸中の幸いでした。良い主を得られたものです」

ゼロが塞ぎ込んでしまうのを避けられた要因は間違いなく彼女達の存在だった。
アンドロイドであれ人であれ、従者が主に頼る訳にはいかない。本来なら、己の問題は己で抱え解決するべきなのだ、主に不要な迷惑と心配をかけないために。
しかし彼女達はゼロの事情を理解した上でゼロを側に置いてくれている。頼ってほしいとも言ってくれた。言葉通り頼る、ということはできないが彼女らを見るに、ゼロは迷惑にはなっていない様子だった。
――――共有することのできる相手が居る、というのは少しだけ肩の力が抜ける。

「…うん、ボクはとても良い主を得ることができました。これは人だろうがアンドロイドだろうが自慢できることですね」

ふっ、と微笑んで掃除道具を仕舞うと、ゼロはリビングのソファに座った。
そのまま机の上に置いてあるリモコンを手に取り、テレビを付ける。画面に映ったのは昼時のニュース番組で、目当てと合致した為リモコンを再び置いた。

『――――――こちらが今話題となっている――――』

『――――海外で人気を博しているこちらの菓子、我々が手に取れる機会は今だけ!!』

『期間限定――――――』

限定スイーツだの、ゼロにとっては至極どうでもいい情報が流れる。ミーアは喜びそうなので記憶しておくが、ゼロが知りたいのは甘味などではなかった。

『――城下町19番通りで火災発生――――――火元と見られるのは――――』

『リュミエール王、――との貿易交渉成立――――早くて来月に市場に並ぶか!?』

『リュミエール王が検討していらした――――の――――建設へ』

『本日、リュミエール王は北町3番の村へ視察に赴い――――――』




「…見事に、リュミエール王の話ばかりですね。いつもの事ですが」

ニュースキャスターの口から出てくる単語はリュミエール王ばかり、やれリュミエール王が某との国談を成立させただの、やれ何処そこへ視察に赴いただの、やれ何かを建設検討しただの、リュミエール王リュミエール王リュミエール王で埋め尽くされていた。
そんなに毎日語ることがあるのかと思われるが、不思議な事に話題は尽きない。それほどリュミエール王は身を粉にして励んでいるのだろう。
確かに、リュミエール王をあまりよく知らないゼロでも彼は有能だと思う。国費で学校を建て、子どもに教育を施したり、外国との取引を次々と成立させたり、自らの足で現地に赴いては必要なものと無駄なものを判別し、改良したりと毎日毎日休むことを知らずに国の為民の為に尽くしていた。
――――ジブリールらの話では、このリュミエール王こそが非人道的な行為をしているとの話だったが。

「…本当、でしょうか?こんなに忙しくては、自由になる時間すら極僅かでしょうに、執務をこなした上で違法アンドロイドを製造するなど。…………そもそも、目的は?」

――人を改造してまで魔素を持ったアンドロイドを製造する、そのリスクに見合う目的が無い。
彼らは戦争、策謀などの表に出てはいけない汚れ仕事に使うと言った。
政治には公表されない裏がある、というのは流石に理解している。大群を相手にするのに綺麗事ばかりは言ってられないからだ。リュミエール王だってそれは行っているだろう。だから、策謀まではまだ理解できる。

「戦争、など…この国は戦争とは無縁ではないですか」

大国、というのもあるだろうがまさにこの国は平和そのもの。民同士の小さなイザコザはあれど、戦争のせの字も感じられない。
エルドジアムは、許可無しに国民が他国に渡ることは禁止されている。余程特別なことがない限り国外に出ることはできないので己の目で確かめられるわけではないが、ニュースやネットで情報を見る限り他国とも友好的な関係を築けているではないか。
そんな状態で、一体何処と戦争すると言うのだ?まず、敵となる国が無いのに。

「――――情報操作…?…………いえ、まさか」

















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「よっしゃー!今日はミーアの復帰祝い!なんでも奢ったげるから好きなの食べな!!!」

「よっ、ルーラー御大尽太っ腹!」

仕事終わりの昼下がり、ミーアはルーラーに連れられて大通りを歩いていた。
最近他国から出店された屋台もあり、ミーアの復帰も兼ねた食べ歩きという訳だ。テンションの上がっているルーラーはサイドテールを揺らしながら、食べ歩き開始の号令をかける。

「ミーア!制覇するよ!!」

「了解でありますルーラー大佐!!」

わやわやと二人なのに賑やかに騒ぎながら、ある程度固まりつつも各々好きに屋台を周り、すぐに手は甘味で塞がる。

「あー…やっぱ甘い物だわ…日々のストレスが吹き飛ぶ*…」

「こういう癒しがあるから頑張れるんだよね*」

「ほんとほんと、最近補佐室部長ってば人遣いが荒いんだからさー。…ん?ミーア、ミーアの分は買ってあげるよ?」

もぐもぐと魚の形をした揚げ菓子を頬張っていたルーラーは、ミーアが鈴カステラを2袋購入しようとしていることに気付く。
奢ると言った手前、ルーラーが財布を取り出そうとしたがミーアは苦笑して制止した。

「これね、ちょっとお土産に持っていきたい人が居るだけだからさ。ありがとう、自分で買うよ」

「そう?ご近所の人?」

「まぁそんな感じ」

曖昧に答えたミーアに深く突っ込むことはせず、ルーラーは「ふーん」とまた揚げ菓子を食べ始めた。
その後もちょくちょくと一人分では無い量を買いながら、二人はもぐもぐと頬張りながら練り歩く。
ここのところ忙しさのあまり遊ぶことも無かったからか会話も尽きることがなく、きゃいきゃいとはしゃぎながら少女二人組は日が落ちるまで楽しんでいた。

「――――はぁ、もう夜かぁ」

「仕方ないよ。ね、また遊ぼう?ルーラー」

「約束よ!!明日はミーアが休みだから、それじゃあまた明後日!」

「明後日ねー。ばいばい!」









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「あれ、あの子は…」

バゲットの入った紙袋を抱えて足止まる。
視線の先には、人混みの奥にて茶の長い頭髪を揺らせて何処と無く楽しげに歩く少女が居た。
その少女を見ながらぽつり、彼は呟く。声は周囲に届かずに消え、金糸がふわりと風に靡いた。