藤原くん観察ノート
▶︎4月27日(木曜日) 晴れ◀︎
今日からある男の子の観察ノートをつけようと思う。
彼は私と同じ7組の生徒で、いつも眠そうでぼーっとしてる男の子。
隣の席になった私はその子を盗み見ながら、こうして観察ノートをつけている。
名前は藤原拓海くん。実家がお豆腐屋さんで、ガソリンスタンドでバイトしている……ということしか私は知らない。多くを語らない彼の性格は、同年代の男の子と比べても大人っぽくて落ち着いているから魅力的に見えている子が多い。彼はクラスの中でもかなりモテている部類だ。しかもそのモテ方が、「藤原くんがかっこいいっていうことは私しか知らないよね」なんて思っている子が多いという矛盾なモテ方をしていた。
かくいう私も藤原くんのことが気になっている。だから丁度よく隣になったこの席で藤原くんを見放題になったので観察することにした。決してストーカーではない…と思う。
隣になって知ったけれど、藤原くんはやっぱり授業中も心ここに在らずという状態でいつも1番後ろの端席で窓の外をぼんやりと見つめていた。私からは横顔しか見えないけれど、彼は横顔だけでも綺麗だった。
まつ毛が長くて、スタンドでバイトしているのに肌は白い。すごく女性っぽい顔の藤原くんはぽけーっとした表情がとってもかわいい。整っているけど眠そうな目元とか、無表情な時のぼんやり感、そんな抜け感があるから人気なんだと思う。(これは自論なんだけど…)
これは見れば見るほど、夢中になっちゃいそう…!観察ノートが捗っちゃうかも…!
▶︎5月8日(月曜日) 晴れ→曇り◀︎
現代文の時に、藤原くんがいつも通りぼーっと外を見つめていたら先生にいきなり音読を当てられていた。学校の中でもかなり厳しいほうの岸辺先生は授業に集中していない生徒によく音読を当てる。
授業をひとつも聞いていなかったらしい藤原くんは少しだけ焦りながら机の上に広げてもいない教科書をパラパラとめくっていて、流石にかわいそうになった私は音読を指定されたページを小声で教えてあげた。
藤原くんは手を軽くあげて「…わり」という言葉をかけてくれた。そして何事もなかったかのようにポヤポヤした眠そうな低い声で読み上げている。声、カッコ良いな…自分には出せない低い声にドキドキした。
そうして現代文が終わった後、今日の日直当番である私が黒板を消す。もう片方の日直当番の子は武内くんっていう藤原くんと仲の良い子だった。その武内くんと私が黒板を一緒になって消してると、1番上の文字だけが消せない。仕方なく椅子を持ってきてその上に乗ろうとしたら、武内くんが止めてきて藤原くんを呼んだ。のそのそ眠そうに来た藤原くんに「拓海〜頼むよ〜」と黒板消しを藤原くんに渡す武内くん。顔はめんどくさそうにしながらも、藤原くんは黒板消しを受け取ってその高い身長で消してくれた。私も助かったからお礼を口にすると私に構うことなく「別に…」と自分に席に戻っていく。そんな釣れないところも彼の魅力の1つなんだと思う。
▶︎5月19日(金曜日) 晴れ◀︎
今日の藤原くんはなんだか、より一層眠そうだった。
そのせいもあってか、1時間目の日本史から机に伏せて寝ていた。彼が寝ているなら観察し放題である。
窓際の席で入ってくる日光が藤原くんの髪の毛をキラキラと輝かせている。それに加えて、茶色でキラキラしている柔らかい髪の毛が窓から入る微風でふよふよ泳いでいた。
伏せられた瞼を飾っている長いまつ毛がぴくぴくと震えていて、何か夢でも見ているんだろうなと思わず笑ってしまう。それにしても藤原くんのこの底なしの眠気の原因はなんなんだろう…いつか、それも観察を通して発見したいと思う。
ただ流石にお昼を過ぎたあたりから意識がはっきりして、6時間目ではバッチリ起きていて珍しく黒板に目を向けて真剣な表情の藤原くんが見られた。(ラッキー!)
でもそんな藤原くんに見惚れていたせいで、自分の机から消しゴムを落として藤原くんの上履きにコツンと当たってしまう。
藤原くんはすぐに足元を見て、消しゴムが落ちたんだと気づいた。そしてその消しゴムを取るために身体を折り曲げて手に取ると何も言わずに私の机の上に置いてくれる。私が慌ててお礼を言っても「ん」しか言わなかった。つれない…だけどそこがいいんだ…。
懲りずに観察ノートは続けていこうと思う。頑張るぞ!
▶︎6月1日(木曜日) 晴れ◀︎
今日の体育はサッカーだった。女子のサッカーはお遊びみたいなものだからすぐに試合は終わって、みんな男の子の試合を黄色い歓声を上げながら見ている。
そういえば聞いたところによれば、藤原くんはサッカー部だったみたいだ。でもサッカー部の先輩に暴力を振るったとかなんとかで退部したらしい。それでも足の筋肉は衰えてないのか、今の試合はハキハキ動かないにしてもそこそこ上手なドリブルをしていた。ポジションはディフィンダーでボールが近くにないとぼーっとしているけど流石に暑いのか着ていたジャージの腕を捲って、汗を拭っている。
意外に筋肉がついている藤原くんの腕にドキッとときめいてしまった。私だけじゃない、他の子も少しだけ黄色い声をあげていた。罪な男の子だと思う。
そうして藤原くんチームが勝利を収めて、ボールを片付けている最中に事件は起こった。
同じクラスの男の子がふざけて蹴ったボールがなんと私目掛けて飛んできたのだ。急なことで反応できなくて、動かなかった私の腕をぐいって引っ張って助けてくれたのは藤原くん。
私の腕を一周するほど大きい掌がすごくドキドキした。蹴ってきた男の子は「ごめーん!」って適当な謝罪だったけど、藤原くんがカッコ良過ぎて怒る気持ちなんてどこかに吹き飛んでいった。
ありがとうって照れながら藤原くんにお礼を言ったら、今日に限っては「別に…気にすんな」といつもとは違う反応を返してくれた。これは完全に好きになってしまう。
とりあえずその日は腕を洗わなかった。(1日くらい、いいよね)
▶︎6月14日(水曜日) 曇り◀︎
今日の3時間目は急に自習になって、クラスのみんなは好きにおしゃべりしていた。所謂サボり。
私はいつも通りこの観察ノートを書いている。…友達は別にいないわけじゃない。
自習中の藤原くんはというと、親友の武内くんとおしゃべりをしている。自習が始まってすぐに藤原くんの前の席の子が違う友達のところに行って、空いている席に武内くんが座ってきた。
なんだか分からないけど、車の雑誌を持ってぼーっと窓の外を見ている藤原くんにすごく話しかけている。
私は車に詳しくないけど、どうやら武内くんは車が買いたいみたいでどれにしようか…なんて半分聞いていない藤原くんにマシンガントークをかましていた。(すごいメンタル)
会話を聞いていれば、なんと藤原くんは車の免許を持っているみたいだった。すごい!大人だ。
私なんて免許を取ろうと思ったことすらない。藤原くんが運転しているのを想像してにやけてしまった。
きっと優しくて、心地は良くて上手な運転をするんだろうな。なんとなくそう思う。
そんなぼーっと外を見ていた藤原くんに呆れた武内くんはブツブツ言いながら自分の席へと戻って行っていた。
しめしめ、寝てくれるなら観察ができる。やっぱり藤原くんは綺麗なまつ毛だ。
瞳も透き通っていて、その綺麗な瞳がまっすぐこっちを向い
「なあ、さっきから何書いてんだよ」
藤原くんの視線が私を射抜く。
私をまっすぐに見ていることなんて初めてで、書いていたノートを隠すようにして両手を被せた。
そんな怪しい私の行動に眉間に皺を寄せる藤原くん。ああ見ないで見ないで…!!急な現実に思考がぐちゃぐちゃで辿々しく誤魔化すことしかできない。
「え、…ああ…な、なんでもないよ」
「オレ見てノート書いてまたオレ見て、ってここんとこずっとそんなだから嫌でも目に入るっつーか…」
訝しげにそう聞いてくる藤原くんに私は焦ることしかできない。
こんなノート見られたら絶対嫌われちゃう…!何がなんでも見られないようにしないと…!
ノートを勢いよく閉じて、すぐに机の中に入れる。私のその秒速のスピードに藤原くんは若干ひいていた。
それでも誤魔化せるなら気にしない。なんとか言い訳をしようと必死に思考を働かせた。
「そ、外を見てたっていうか……あの、一句、書いてた…みたいな?」
「……お前、ウソ下手すぎるだろ」
「うう…っ」
私の苦し紛れの言い訳は最も簡単に捲れる。藤原くんは私が本当のことをいうまで問い詰めるのをやめないみたいで、机に肘をつきながらじいっと強い眼力で私を見つめていた。
万事休す…でもこの中身をそのまま説明するわけにはいかない。でもでも、このまま適当にのらりくらりとかわして藤原くんに気持ち悪がられるもの嫌だ…!
私は小さく唸ってると、藤原くんのため息が聞こえた。その冷たいような反応に嫌われたくない焦りで訳もわからずに口を動かしてしまう。
「あの、…藤原くんへの、ラブレターをか、いてました」
「……は…?」
「す、好きだから…いっぱい書いてて…」
沈黙。長い沈黙。
なんて事言ってんだ私!これじゃあ普通に気持ち悪いだけじゃん!!ばか、馬鹿馬鹿!!
適当に出てきた理由はあまりにも気持ちの悪いものだった。
私はそんな恥ずかしさに藤原くんの顔を見られない。ずっと自分の机の上に置いている手をウゴウゴ手持ち無沙汰で動かしながら必死に恥ずかしさを耐えた。
それでも、しばらく経っても藤原くんからの反応がない。これは完全に振られるパターンだ、もう観察ノートなんて捨ててしまおう…と思いながら恐る恐る藤原くんを見た。
けれど、予想に反して藤原くんの顔はすごく真っ赤に染まっていた。
「あ、あの…藤原くん?」
「い、いや…オレ、そーいうのよく分かんねえから…どう反応すればいいのか…」
藤原くんは私の視線から逃れるように手の甲で顔を必死に隠している。
その予想外の反応に私は別の意味で恥ずかしくなってきて、ワタワタと身振り手振りが大きくなってしまう。
「こ、告白とかじゃなくて…、えっと藤原くんのかっこいいところをしたためてたっていうか…」
「なんでそんな小っ恥ずかしいことしてんだよ…」
「え…だ、だって藤原くんの事、」
「いやいうな!やっぱり言わなくていい…」
私の言葉を遮るようにして顔を真っ赤にさせた藤原くんは、その表情を隠すように机に突っ伏した。
顔は見えなくても耳は未だに真っ赤で珍しくわかりやすい藤原くんの意外な一面に思わず、観察ノートに書きたくなる。でも藤原くんの反応的には、両思いとかではないけど嫌がられてはいないみたいだ。
突っ伏しながらくぐもった藤原くんの声がする。
「オレ恋愛とか分かんねえから、返事とかできねえって…」
「う、うん…だ、大丈夫…気にしないでっていうのは無理かもしれないけど…あの、気にしないで…」
今はただ、この近すぎず遠すぎずの距離感が好きだから…とは言わなかった。
私の言葉を聞いて、藤原くんは突っ伏している腕の隙間からちらりと私を見る。目があって、せめて愛想よくと笑ってみれば私から顔を背けるようにして寝始めた。
やめてくれとは言われなかったからこれからも観察ノートを書けそう。そんなことを思いながら、この出来事を書こうと再度机の中に入れたノートを癖のように開いてしまう。
その日から、観察ノートのタイトルは 『藤原くんと、私の進展ノート』に変わった。