爪
カナタくんはとても優しい。
その本人の優しさは日常生活とも言えるし、……あけすけにいえばアッチの生活とも言える。
私は別にその、…男女の営みが初めてというわけではなかった。お付き合いした人は2人もいるし、恋愛経験が乏しいわけでもない。けれど、どうにもその…営みに苦手意識を持っていた。
そりゃあ最初からき、気持ち良くなれるなんて思ってもなかったけれど想像していたよりも営みというものは痛みを我慢する行為なんだなっていうのが正直な感想だった。行為中は変に冷静な頭で相手を見てしまうせいで、雰囲気に流されることができない。私を気持ち良くさせてくれようとしている気持ちは伝わってくるけれど、触り方がとにかく乱暴で痛かった。そのせいで余計に身体がこわばってしまって、相手の…ソレを受け入れる時には毎回かなりの激痛が走る。それでも相手を喜ばせようと必死に我慢した。けれど、その我慢のせいで声は出さないし、なんの反応もない私の様子にお付き合いした2人の彼氏は私のことを不感症なんじゃないのかと言ってきた。でも、それでも…痛いからなんていえなくて…曖昧な笑みで「そう、かな…」なんて変にへこむから次第に営みは減っていき彼氏からフラれた。2回とも、私のそれが理由だった。
だからカナタくんとお付き合いするってなった時には不安になった。
また、それが理由で振られるんじゃないかって…極め付けに今回はあの2人とは違う。私は本当にカナタくんのことが大好きだった。彼に幻滅されたくない…幻滅されるぐらいなら、頑張って気持ち良い演技をする。そうしないと、きっと私はまた振られるんだって…そう怯えていた。
でもそれは杞憂に終わる。
初めてカナタくんとそういう雰囲気になった時にどうしても怖くて、あの痛みを耐えないとって強張った表情の私にカナタくんは優しくキスをしてくれた。私の顔色が悪いことなんてカナタくんにはとっくにお見通しだったみたいで、優しい声色で「怖いなら、やめます」と微笑んでくれるカナタくんに私は涙を浮かべると同時に隠していた過去の出来事をぽろりと口から簡単にこぼしてしまった。
嗚咽を吐きながら必死に伝えればカナタくんは眉を下げて私を優しく、強く抱きしめてくれた。ふわりと香るカナタくんの匂いは私の胸を高鳴らせる。
「ボクはナマエが痛い思いをするようなことは絶対にしないです」そう言ってその日は優しく抱きしめられたままカナタくんの腕の中で甘えるようにして眠った。
それまではよかった。
そこからかなりキツい営みが始まってしまった。今これを読んでいる方からは贅沢な文句を言うな、と言われるかもしれない。確かにカナタくんとの営みはものすごく優しくて、気持ち良い。それは間違いない。
けれど、限度というものがある。
なぜなら、営みの最後には私が泣いて許しを乞うてしまうほど気持ち良くなってしまうことが日常茶飯事になってしまったからだ。訳が分からなくなるまで快感に支配されて、今まで痛みを出さないように我慢していた口からは途切れることのない嬌声が漏れ出てしまって恥の上塗りを毎日繰り返している。
今までの2人と圧倒的に違うのはカナタくんは私の理性があやふやになるまで、ソレを入れることはないということだ。何度も掌で、指で、唇で、舌で私の身体の隅々を愛撫して絶頂へと導く。文化の違いなんだろうか…異国の人はスゴイナー、なんて馬鹿な事を考えてしまうほどにカナタくんとの営みは今までの経験とはかけ離れていた。
そうして汗や、まあ色んな液体でべちゃべちゃになった情けない私を見て、目尻を下げ「かわいいです」と優しくキスを落としながらも営みを止めることのないカナタくんは優しいを通り越して鬼畜の域だと最近思うようになってしまったわけなのだ。
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ぱちん、ぱちん…と部屋に爪を切る音が響く。
私がお風呂から上がればカナタくんは私の家に泊まる用の黒いスウェットを着て、袖を捲った状態で自身の爪を切っていた。何度も全体を確認しながらヤスリで削ってふっと、息をかけて綺麗にしている。
乾かしたての髪の毛をまとめて結びながら、カナタくんが腰かけているベッドへと私も座った。
「爪整えてるの?」
「長すぎるのが気になったので軽くケアしてました」
私の疑問に答えながらも、丁寧にヤスリがけするカナタくんはものすごく真剣な表情で思わず見惚れてしまう。やっぱりどんなことしてても様になるなあ…。そう感心していれば、私の視線が気になったらしいカナタくんは私を見つめて優しく微笑んだ。
「気になりますか?」
「え、…うん。すごく、綺麗にしてるから…。やっぱり運転に大事なの?」
カナタくんの手といえば商売道具に近い。足ももちろん大事だけど、ハンドルを握る手はそれよりも大事なはずだ。そうでなければ、毎レースあんなすごい運転ができるはずない。私もあまり詳しくはないけれど、カナタくんが望んだ結果を残せればいいなって応援はしている。
私の言葉に少しだけキョトン、としたカナタくんはおかしそうに笑った。
「ドライビングにはさほど影響はありません、爪が長くてもノープロブレムです」
「そうなんだ…え、でも…なんで整えて…?」
そうすると今爪を整えている理由が余計に分からなくなる。今日、私の家に来たときも気にならないくらいの長さだった。むしろ今は深爪なんじゃないかってぐらいに短い。
私が不思議そうに首を傾げると、カナタくんはさっきまでの優しい微笑みとは違った妖艶な笑みをこぼした。
夜の行為でしか見せないカナタくんのその表情に下腹部が激しく疼き始める。
「…知りたいですか?」
カナタくんの短く揃えられた指先が私の喉元から下へと優しくなぞる。服の上からでもしっかりと肌に押し当てるようにして胸の谷間をゆっくりとなぞって鳩尾、おへそ、そして疼きはじめている下腹部へと落ちていった。そのあからさまな触り方に私はパブロフの犬のように息が上がっていく。
そうして服の裾にカナタくんの手が滑り込んで、私の素肌を優しく包んだ。下腹部を掌で回すように撫でて、私の耳元へと唇を寄せる。鼓膜を揺らすような吐息に脳みそがゾワゾワと気持ちよくなってしまう。
「ナマエに優しく、触れられるように…こうして整えてるんです」
「っ…」
「ふふ、ソーキュート…今のナマエは顔が真っ赤でかわいいです」
くすぐるような笑いを耳元でこぼしたかと思えば、優しくリップ音をさせながらキスを落とした。
その与えられた快感で私はもうすでに意識がとろん、ととろけてしまう。ぼうっとする意識でカナタくんに弱々しく抱きつくと、カナタくんは私の背中に手を添えてゆっくりとベッドへと押し倒す。流れるような雰囲気に私の身体は期待して熱くなっていった。
そうして身体が柔らかい布団の海に沈んだかと思えば、カナタくんは身体を起こして私へと視線を落として口を開く。
「もっと可愛がらせてください…ね、マイディア」
その甘く、私を堕落させてしまうような優しい声色で紡がれる言葉に私は熱に浮かされたまま頷いた。
今日も泣いて許しを乞うたのは想像に難くないと思う。
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