チームB1周年記念特設ページ

犬も食わない

 ロッカールームのベンチに、藍はミズキと隣り合って座っていた。互いにシャワーを終えたばかりで、適当に身体を拭いた後、上半身を曝け出して身体を冷ましている最中である。シフト前後の時間帯であると此処は人でごった返すために長居をするのは憚られるのだが、幸い今日はホールも公演もなく、レッスンを終えたら帰るだけなので他の誰とも時間は被っていなかった。リコのみチームの中で唯一ホールシフトに向かい、ヒースと金剛は早々に帰ったのでロッカールームは藍とミズキの2人しかいない。
 チラリ、と藍は隣のミズキを見る。シャワーを浴び終えた2人が何をしていたかと言えばスマートフォンをいじることだけで、大して興味を惹かれるような記事もなく藍は早々にネットサーフィンに飽きていた。しかしミズキは、先ほどからずっと変わらぬ表情で手元を見ている。そこに、狂犬とすら呼ばれる荒々しく乱暴な姿はどこにもなかった。
 同じチームとなり、行動を共にするようになってから知ったことだが、ミズキは存外大人しい。喧嘩や勝負事が絡まなければ、今のようにスマートフォンを眺めていることが多く、またぼんやりと虚空を見つめて、どこか不満そうな顔をしながらも黙っている。胸の内を燻りを消化しきれず、わだかまりを抱えながらもどこか諦めたかのように達観した表情。普段の言動しか知らぬ者が評する彼とは真逆の一面。喧嘩騒ぎやお祭り事が好きな藍にとって、牙を剥かぬミズキはつまらない存在である。しかしミズキと過ごす無言の時間を不快と思ったことはなく、むしろ居心地は良いと感じていた。
 とはいえ、沈黙が永遠と続くことには耐えられない藍である。身体を倒してわざとミズキの視界に入り、俯いた顔を覗き込んだ。

「なあなあミズキぃ」
「……んだよ」

 ミズキは気怠げに藍を一瞥すると、スマートフォンの画面を落として視線を合わせる。藍はにっこりと笑みを浮かべて上身を戻すと、追いかけてくる視線を誘導するように若干科を作って座り直し頬杖をついた。はあ、と誇張したため息をつき、横目でミズキを見る。

「最近さー、藍ちゃん悩んでることあって」
「あっそ」
「ぜんぜん聞く気ないやん。ひっどいわぁ」

 泣いちゃう、と手で顔を覆うふりをしていると、呆れの混じった声でミズキが答える。

「どーせしょうもないことだろ」
「違うって! マジな話!……やっぱこーゆーことはトップに相談するもんやろ?」

 興味なさげに逸らされた顔がぴたりと止まり、ミズキは藍を見つめる。無表情でいささか無関心を装っているが、藍にはミズキの尻にゆらゆらと揺れる尻尾が見えた。
 ミズキは面倒くさがりを装っているが実際は世話焼きの構いたがりなのである。身内判定― ―もとい同じチームのメンバーに対しては特にその傾向が強く、分かりやすく世話を焼かせるヒースや自己主張の少ない金剛に声をかける場面をよく見る。トップであるという評価や、頼りにしている姿勢を見せるとと分かりやすく喜び、乗せられてくれるのだ。
 特に藍はミズキよりも歳下だ。普段は対等に振る舞う藍が珍しくミズキを頼りにしてきているのである。乗せられないミズキではなかった。

「オレ、このままでいいのかなーって思ってるんや」
「……どういうことだよ」

 ちょろいなぁ、と内心ほくそ笑みながらも藍は言葉を繋げる。

「だって、ヒースは曲作るしリコはホール人気あるし衣装デザインもやってて、金剛は料理できてガタイ良いじゃん。オレだけそーゆーのないの、なんかなぁって」

 沈黙の時間を潰すために始めた雑談ではあるが、発言内容に嘘はない。本当のことだった。ミズキは古株かつトップであるため彼に人気があるのは当然として、比較的新参の集まるチームBの中で他のメンバーは特技やら役割があることに対して藍自身には特筆すべき個性がない、と思っている。唯一、スターレスの中で最年少という肩書きは持っているが、たかが年齢であって他に出来る事がないのだ。
 別に、深刻な悩みではないけれど。どうせ期限のある、一時的な遊び場であるので真剣に向き合う必要などないのだけれど。
 それでも、日々を過ごす内に比較はしてしまう訳で。自分らしくはないと分かっているが、これでもまだ未成年の多感な子供なんだ、と藍は自分を言い聞かせていた。
 ミズキに話したのは、彼が1番適当にあしらってくれると思ったからだ。この件に関して藍は誰の意見も求めていないし、解決する気もない。ヒースに言えばきっと彼らしい歯に衣着せぬ言葉でざっくり切り捨てるだろうし、金剛はきっと真剣に悩んでしまうし、リコにはきっと気を遣わせてしまう。本人は否定するだろうけれど。
 魚の小骨が喉に引っかかっているような、大事ではなく時間が経てば忘れてしまうような、そんな程度のものなのだ。
 どこか期待を込めた目で藍が見ていることに気付かないまま、ミズキは口を開く。

「別にどーだってよくね? そんなこと」
  「あはは、だよなー!ミズキならそう言うと思った!」

 やはりミズキは、期待通りの言葉をくれる。
 嬉しそうに笑う藍を見て、ミズキは顔を顰めた。そして呟く。

「……今更、他のメンバーとか考えねーかんな」

 コンビニ寄ってこうぜ、とミズキは立ち上がる。
 堪らず藍はその背中に飛びついた。

「やばい、オレ今ちょーミズキに惚れた!」

 身長差はさほどないため、藍は少し背伸びをしてミズキの首に腕を回す。そしてそのまま締め上げるように肘を曲げると、腕の中でミズはもがいた。

「おいてめ、キメェことすんなって!」
「あはは、らぶ〜」

 ミズキがされるがままになるはずはなく、すぐに踵が藍の脛を襲ってくるが既の所で躱した。拘束されていない腕を振るい、身体を捻り、どうにか逃れようとするミズキを藍は抑え込む。気分はシャンプーを嫌がる大型犬を宥めている気分だった。

「これでも喰らえ!」

 一瞬の隙をついて、ミズキが肘を突き出し藍の腹に叩き込まれた。藍は思わず腕を緩め、ミズキは脱出に成功する。
 両者、息を荒くしながらも睨み合う。
 先に切り出したのは藍だった。

「そーいやミズキとは喧嘩したことなかったもんな。いいわ、ここで勝負と行こうぜ」
「ぜってーぶっ潰す!」

 かくして、ここにチームB年少コンビによる喧嘩という名のじゃれあいは始まったのである。決着はつかない。そういうものである。