かいじゅうたちのはる
しくった、と思った。
疲れているから、と横着をしたのがまずかった。こればかりは、自分の怠惰のせいである。
ひとつ、息を吐いてリコは呼吸を落ち着ける。つい先ほど手をかけていた惣菜を離し、毅然とした態度を装って目の前の相手を睨みつけた。
鋭い眼光に晒された相手――金剛は、ひどく動揺した様子で視線を彷徨わせた。
「ああ、えっとその、ごめんり」
「それで呼ばないで」
「あ、そうか……えっと、ごめんな」
しょんぼり、と目に見えて落ち込んだ様子の金剛に、リコはため息をつく。
「別にいいよ。ほら、さっさと持ってけば? オレは別のにするから」
「えっ、ちょっと、まっ」
驚きに目を見開いた金剛を無視して、リコは背を向け歩き出す。拳を握るのは、腹の奥が疼くのを抑えるためだった。頭の中でくそ、と語彙のない憎まれ口が反芻する。この感覚は、他人の前で酷く貶された時とよく似ていた。
外出の帰り道に、腹の虫の鳴き声がどうしても抑えられなくて仕方なく寄ったスーパーである。片手間に食べられる、ちょっとしたものを買おうとしただけで長居もしていない。それなのに一体全体どういう確率か、たまたま手に取りかけた商品――ラスト1パックになっていた唐揚げ串を同じチームのメンバーである金剛も手に取るという事態が発生したのであった。
同じ職場で働いているのだから、さほど遠い場所に住んでいる筈がないのは分かっていた。しかしまさか、突然の気まぐれに立ち寄ったスーパーで同僚に会うと誰が予想しただろうか。仕事終わりにチームで食事に行くのとはまた違う、完全なプライベートの姿を晒したことに自分でも衝撃を受けている。
リコはもう二度と、このスーパーに立ち寄らないことに決めた。
空腹などとうに忘れて、リコはスーパーから出て行く。早く帰ろう、そして不幸な事故として忘れてしまおう。
気分の悪さを払拭するようにリコは頭を振ると、一歩踏み出す。
その背中に、声がかけられた。
「リコ! 待って! リコ!」
ああもう、信じられない。クソだろ。
リコは堪らず振り返った。
「それで呼ぶなって言ったよね!?」
「えぇ、だって何て呼んだら良いのか分からないから」
「……だったら声かけてこないでよ」
苛立ちを露わにするリコに対し、金剛はどこか呆れた様子を見せる。誰のせいだと思っているのか、リコの苛立ちは増した。
しかし、金剛にとってリコの不機嫌など慣れたものなのだろう、臆せずに手にしたビニール袋を差し出した。
「……なに」
「唐揚げ串。食べたかったんだろう? ほら、これ2本入りだからさ」
だから1本あげるよ、と金剛は曰った。
ふざけんなよ、と思う。施しを受けてやるほどの気安い仲ではあるまいに。リコが、そういった類のことを嫌っていると知っているだろうに。
この男の、いまいち気の利かない、空気の読めないズレたところが最高に不愉快で堪らない。普段はこちらが鬱陶しいと思うほどに気にしすぎるというのに、突然なにも恐れるものはないとばかりにぶっ込んでくるのだ。リコやチームメイトも驚いていることにすら気付かず、自分の中で完結させてしまう身勝手さ。腹が立って仕方なく、そしてどこか安心を覚えた。
だから、もういちいち苛立っていては仕方のないことだと知っている。
リコは差し出された袋を一瞥し鼻で笑う。金剛は不思議そうに首を傾げた。
「あんたでもそういうの食べるんだ。自分で作りそうだけど」
「別に、俺だって料理が面倒になる時はあるよ。特別こだわりもないし」
「ふうん」
嫌味をいったつもりだけれど、この鈍感男にはやはり伝わらないのである。
仕方ないからもらって上げる、とリコは唐揚げの串を取り出してかぶりついた。
「あっつ!」
「ちゃんと確かめないから……」
「やっぱ腹立つ、このおっさん」
「おっさんはやめような」