駄犬の成り果て
公演前の最終ミーティングを勇敢にも遅刻している犯人は、呑気にもエントランスにいた。開演前で誰もいない静かな場所で、犯人――リコは黙ってフラスタの前に立っていた。
ミズキはリコの隣までやってくると、肘で彼の脇腹を突く。
「おい、ミーティング」
しかし、リコはなにも答えない。じっと黙って、花を見ている。
何か可笑しな点でもあるのか、とミズキはリコの視線を追うが、特別変わったものはなく花の香りが充満していて顔を顰める。この、青い香りは好きではなかった。
「……これ、全部今日来れない子たちから贈られたんだって」
今日は、チームBが初めてステージでパフォーマンスをしてちょうど1年の日であった。いわば誕生日である。記念の日だから、折角だからと、本来の公演スケジュールとは外れて今日だけ全ての公演をチームBが受け持っていたのだ。
運営の話によると、チケットは早々に売り切れたらしい。
「だから1日限定じゃなくてもっとBだけの公演やれば良かったんだって」
ホールのキャパシティには限界があるし、客の予定だってある。折角の記念日なのだからもっと大々的にやりたいと、特別公演が決定した当初から訴えていたが、結局叶うことはなかった。最後まで運営に食ってかかっていたのは、当日外せない予定があるのだと客に言われたリコだった。
エントランスを埋め尽くす勢いのフラスタたちのひとつひとつを、ミズキは見る。これらは全て、チームBの、自分たちのだめだけに用意されたものなのだ。
自分たちは、これだけ期待されている。
自分たちを、見ている人がいる。
その事実に、胸のすくような思いがした。
ふと、リコはあるフラスタを指さす。
「この子、ミズキ推しの子じゃん」
「そんなん分かんのかよ」
「当たり前でしょ」
てかいい加減女の子の名前くらい覚えなよ、とリコはミズキを冷めた目で見た。ミズキが優先しているのはステージでのパフォーマンスであって接客ではない。アピールも大事だと言うが、そんなことをしなくても自分等のステージさえあれば充分だろうと思っていた。
なのでミズキは唇を突き出してふてくされるだけだ。
「うっせーよ」
ミズキはそして、リコの背を叩く。
「オレ等がもっと上になればいい話だろ」
「は? なにが」
「次の話だよ」
チームBの活動は、まだたったの1年しかない。それにメンバーも、ミズキを除けばスターレスの中では日の浅い連中ばかりである。昔からあるWやP、古参の多いKより客の層が薄いのは、確かであった。
チームBが認められたら、きっと公演数も増える。
その為には、今日という1日と、それから今日からの毎日を全力でやりきる他はないのだ。
「……来年はトップがオレになってるかもね」
「あ? なに言ってんだテメェ。Bのトップはオレしかありえねーし」
「ハッ、そうやってふんぞり返ってたら? いつか足元掬われたって知らないよ」
「んなことあるわけねーだろバーカ!」
ほら行くぞ、とミズキはリコの背をもう1度強く叩く。大袈裟に反応したリコがミズキに蹴りを入れるのを寸前で避け、ミズキはバックステージへと走り出した。
追いかけてくるリコから逃れる途中で、ミズキは自分の指先に傷がある事に気付く。先ほどリコの背を叩いた時に、僅かだが痛みを感じたのだ。
走る速度を緩めながら指先を見ると、ひび割れた皮膚の下からうっすらと血が滲んでいた。
冬が来る。
時間はいつまでも留まりはせず、何食わぬ顔で先へと進むのだ。
今日を終えたところで、何かが変わるわけではない。
20歳になった時は酒も煙草も解禁されたけれど、たった1年を迎えたくらいで大きく変わるものはなかった。
それよりも、今日からの方がずっと大事なのだ。
この先、チームBが、自分たちが、各々の自由を大々的に掲げられるように。
なにもしがらみが、耐えるものがなくなるように。
駄犬であれ。全てを跳ね除け、決して服することはない、残忍で横暴な出来の悪い犬畜生に。
いつか自分達の望みを手にする、その時まで。