チームB1周年記念特設ページ

傷口に銃口

「ちょっと藍、女の子と話してるのはいいけど周り見て。さっき料理詰まってたでしょ」

 ロッカールームにて、帰宅の支度をしている最中に背中側から声をかけられた藍は振り向く。そこにはリコが立っていた。シャワーから上がってきたばかりらしく、コーラルピンクの髪はぺたんとしおれており、毛先からは雫が滴っていた。
   前の開いたパーカーから覗く腹筋や、袖からのびた腕はクリームを塗ったばかりのようで、肌が照明を柔く反射している。案外筋肉はしっかりついていた。見られる仕事であるだけはあるのだろう。てっきり、痩せて筋肉の浮いているだけの体格かと思っていたがそうではなかった。使うための筋肉ではないが、見られる筋肉としては充分成り立っている。
  
「どこ見てんの。キモいんだけど」

 藍がリコの声かけに返事も何もせずに、身体を見ていたことに気付いたのだろう。緑の目が藍を睨みつける。藍はパッと表情を明るく切り替えて人の良い笑顔を浮かべた。

「あはは、なんもなーいっ」
「はあ? 折角オレが指導してやってるのに生意気じゃん」
「ごめんごめん、ちゃんと聞いてたって」
「ほんとかよ」

 あくまで軽く返す藍に、リコはこれ以上の言及を諦めたらしい。肩をすくめて、そこどいて、と顎で示す。藍に与えられたロッカーの隣がリコのスペースだったのだ。はいはい、と場所を開けてやると、リコは藍を一瞥するとそれ以降は何も言わずに帰り支度を進めていった。
 リコというキャストは、羽瀬山に借金をしている元ホストだと聞いている。現在チームKに所属しているが、立場はアンダースタディでステージに上がることはないそうだ。最近スターレスに加入したばかりで、どのチームにも所属していない藍より先輩ではあるが、日数的にはあまり変わらないキャストである。
 しかし、パフォーマンスでは経験の長いキャストに劣るも、リコはホールスタッフ業において絶大の評判を持っていた。特に女性客への対応は、様々な種類の男がいるスターレス内でもトップを争う人気ぶりで、よく注文の指名を受けていたり帰り際に声をかけられたりしている。前職での経験もあるのだろうが、よく人を見ている性質もあるのだろう。細やかな気遣いを熟す繊細な一面と、自分のことを一等に愛する面の皮が厚いところのギャップが良いのだと、リコを呼んでほしいと藍に頼んだ女性客は言った。何故リコを推すのかという質問に答えてくれたその客は、藍のことを格下に思っているのだろう、がんばってて偉いね、と薄っぺらい声で褒めたのだった。

「……いつまでそこにいるつもり」

 とっくに帰る準備を済ませている藍であったが、ロッカールームから出ていかず、その場に留まっていた。疑問を感じたリコは横目で藍を見る。

「えー? なんか、今日はリコと一緒に帰りたいって思ったから!」
「嫌だね。無理。他当たって」

 可愛い、と客に人気の歳下感を全面に押し出した無邪気な笑みを藍は浮かべてみるも、リコに一蹴されてしまう。

「ひどい! なんで!? かわいい後輩なのに!」
「誰がかわいい後輩だよ。女の子なら兎も角、野郎の隣歩く趣味はないっての」
「えぇー!」
「えぇ、じゃないって。てか、なんだよ急に」
「センパイから教わりたいこと沢山あるんやって〜。ほらリコ、接客気ぃ遣ってんじゃん」

 わざとらしい猫撫で声で、リコの腕にしがみついた。リコは一等に嫌な顔をして無言のままそれを振り払う。その一瞬、緑の瞳の奥に暗い影が落ちたのを見た。

「別に、そんなのじゃないから」

 尖った声色の先を言及することは止めておくことにした。
 バタン、と荒々しくロッカーの扉が閉められる。鞄を肩に担いだリコは、未だ隣に立ったままの藍を一切気にかける様子はなく、そのままくるりと背を向けて出入り口へと歩き出す。1人で歩くその背中に、藍は努めて明るく声をかけた。

「じゃあなリコ! また明日なんか教えてよ!」

 するとリコは立ち止まって、顔だけを藍に向ける。

「お、こ、と、わ、り!」

 藍は抗議の声を上げるも、今度こそ無視されてロッカールームには立ち尽くす藍のみが残された。
 ロッカールームの扉が閉まった途端に感じる、視線と視線と、視線。
 当然のことであるが、営業時間を終えた後のロッカールームは藍とリコだけでなく他のキャストも帰りの支度をしていたのだ。人数も少なくない。誰もが無言でいる中に、普通に会話をしてた2人はよく目立っていたのであろう。加えて、リコはあまりキャスト内でよく思われていないらしく。親しげ(あくまで藍の主観である)な様子に面食らってでもいたのだろうか。
 まあ、決して広くないロッカールームである。さっさと帰って場所を開けろとの視線の方が妥当か。

「あはは、ごめーん。オレもすぐ帰るな」

 突き刺さる視線を背中で受け止めながら、藍は笑った。
 別に、どうだってよかった。
 ただ、明日こそはリコと一緒に帰ってやろうと思う。拒否されても、しつこくつきまとえば許してくれるだろう。そんな気がした。