これは夢だとすぐわかった。なぜなら灰原は呪霊(この場合は普通に幽霊だろうか?)になんてならないからだ。
私の目の前でふよふよと飛んでみせる彼にはしっかりと足がついていたけども。

「え、……灰原?」
「苗字、久しぶり!元気だった!?」
「あ、久しぶり……元気……ではないかも?」

夢の中で、しかも霊体なのにめちゃくちゃ普通に話しかけてくるからずっこけるかと思った。

「ねえこれさ、夢だよね?」
「え!なんでわかんの?!せっかくオバケらしく浮遊もマスターしてきたのに」
「それ練習の賜物??」

灰原曰く、別にデフォルトで飛べるわけではないらしい。ちゃんとふよふよ出来るよう謎の研鑽を積む彼の姿を想像したらちょっと面白かった。
今は世間で言うお盆である。その時期にわざわざ夢に出てきてくれるなんて、灰原もなかなか仲間思いではないか。いや、元からかなり仲間思いだったが。
数年前、忘れることもできないあの日から今日まで一回も私に会いにこなかったのに、今さらどういう風の吹き回しなんだろう。絶対に言わないけど、灰原の名前を書いてまくらの下に置いたこともあるんだぞ。出てこなかったけど。
灰原は私の近くを浮遊するのをやめて、昔と同じ目線に立った。私はもう高専生ではないのに、制服を着た彼が目の前に立っているのが懐かしくて、寂しくなった。

「今僕地獄にいるんだけどさ」
「ん?!」
「いや、自分の意思じゃないとはいえ親よりも先に死んじゃったじゃん?だから天国は行けなかったんだけど」
「そ、そうなんだ」

あの灰原でも天国に行けないなんて、結構シビアなんだな、地獄って。
昨日遊びに行った先を話すくらいフランクに衝撃的な話をされているが、夢の中なのであまり気にしないことにする。

「それでさ、やっとお盆にみんなのところに行けるようになったんだ」
「へぇ〜。よくわかんないけど大変なんだね」
「ね、僕もこんな感じとは思わなかった」

思いがけずあの世の仕組みを聞いてしまいなんともいえない気持ちだ。でもとりあえず灰原が元気そうでよかった。死んでるけど……。
夢の中の風景は真っ白で、ただそこに私と灰原だけがぽつんと立って話をしている。夢にしてはやけに筋の通った明瞭な会話で、しかしこれも目が覚めたら忘れてしまうのだろう。いやだな。せっかく会えた旧友との会話を、どんな形であれ忘れたくはない。

「また会えるのは来年?」
「んーとね、お盆の間はみんなの夢フリーパスあるからわりと来れるよ」
「なんそれ?!」
「挨拶回りとかさ、あるじゃん。あれしやすいようにもらえるんだよね」
「ええ……ウケんね……」
「で、苗字の夢の中は許可証も発行してもらったからお盆以外でも行ける」
「え?!私のプライベート空間なのに?!知らんところで許可証出てんの?!」

驚きの声をあげる私に、灰原が思わず爆笑した。いや、だって許可証ってなんだ。誰が許可して誰が発行してんだ、という話。
笑いすぎて涙すら浮かべてる旧友はひいひいと息を整えながら話を続ける。

「苗字は僕が夢に出てくるの、許してくれてるでしょ?」
「え、や、まあそれはさ。だって会いたいじゃん。……友達だし。夢の中でいいから……姿見たいじゃん」
「ん……ありがとう。そうやって思ってくれてるから許可証もらえたの」

言語化されるとなんか恥ずかしい。確かに出てこいとすら思っていたけど、まさかそれが本人にバレているなんて。というかこれは私の脳内が作り出したテキトーな映像の断片ではないのか。わりとガチで不思議な力の介入で本物の灰原が現れているのだろうか?

「じゃあさ、あとは七海の夢にも行ってあげなよ。あいつ、何にも言わないけど多分灰原のこと恋しがってるよ」
「ほんとに?七海が?」
「うん。たまにご飯食べに行くけど、灰原がよく食べてた定食ぼんやり見つめてたりするし」
「……それってただ本人が食べたがってたとかじゃなく?」
「七海って定食って柄じゃないじゃん。だから違うよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
「……七海、僕が行っても許してくれるかな」
「それは七海じゃないからわかんないけど、とりあえず一回行ってみなよ。フリーパスも今ならあるんだし、許可証は出てないの?」
「七海の許可証……ある」
「じゃあ大丈夫!」

ちょっと不安げな顔をしてる彼の背中を思わずべちんと叩いてしまった。霊体のそれは、私の手をすり抜けていくかと思いきや、わりとしっかりした反動が手のひらに返ってきた。そっか、よく考えたら私たちは霊体にも干渉できたわ。
灰原は痛そうにしながらも、「うん」と少し嬉しそうに、覚悟を決めた顔で頷く。

「あ、それから」
「ん?」
「これからも苗字に会いにきたいなって思うんだけど、流石に毎日夢の中に遊びに行ったら苗字も疲れるかなと思って」
「まあそこは灰原の自由だけど」
「だから、毎週日曜に遊びにくる!約束ね!」
「起きたら私、忘れてるかもよ?」
「大丈夫、僕が覚えてるから。それに多分、苗字は忘れないよ」

なにそれ。どんな自信があってそんなこと言うんだか。
確信に満ちたその表情がなんかくすぐったい。私たちはまるで子供みたいに小指を出し合って約束をした。
待ち合わせなんて、いつぶりだろう。