私、ケイトが一回目に召喚されたのは、社会人一年生の夏季有給のときだった。

 あの時は、客間で扇風機とエアコンをガンガンにつけてアイスクリームを食べていた。むしろ食べようとしたその瞬間に、私の周辺に魔法陣が現れて私は異世界転移させられてしまったのだ。
 片手にアイスを持ち、タンクトップと半ズボン姿の私。そんな私を厳かな王宮の中で魔法使いが取り囲んでいる様子は今から思い出しても滑稽というか、かなり……シュールだった。

 転移してきた世界はまさに魔王と魔物の侵略により、暗黒につつまれていた。街は魔物の襲撃により女子供がさらわれる。田畑の収穫は根こそぎ魔物に持っていかれる。国総出で全面戦争をしかけるも男手の不足により貧困化。貧困化による国内の乱闘や盗みが横行。といった具合に、真っ暗すぎてどこからツッコミをいれていいのかわからないほどに。
 私が喚び出されたのは「勇者召喚の儀」というやつで、特別な力を持つ勇者を他世界から(勝手に)喚び出して国を救って欲しいですとお願いを持ちかけるアレだ。
 王様からすればそれしか手段がないのだから、仕方のない話なのだろうけど。
 私からすれば、自分の国は自分で何とかして欲しい。

 召喚された他世界の人間は、この国では特別な力を発揮する。特別な力というのは、たとえば、
「サンダーボルトォォオオ!!」
 強力な魔法が使えたり。
「いでよ、ドラゴンの王ナンタラカンタラ!!」
 強力な召喚獣が呼び出せたり。
 そういう類のものだと思っていた。内心、わくわくしていなかったといえば嘘にはなる。髭モジャ魔法使いのおじいさんにその能力を鑑定されながら、私はその結果を待った。
 ところが、老爺の口から出た言葉は私が想像していた能力とはまったく違ったものだった。

「ケイト殿は、握力がとても強いようですな」
「握力」
 えーと。
 握力ってあれか。私の記憶が正しければ、ものを握りつぶす力のことだろうか。
 老爺は私が確認をする前に、続けて言った。
「あととても硬い」
「とてもかたい」
 何がどう、とても硬いのか。
 聞けば、特別な魔法や召喚などはできない。そういった力を他人に与えることもできない。代わりにどんなに硬い魔物の鱗でも、甲羅でもひとひねりで叩き割ることができる。また、千度を超えるドラゴンの炎だろうが鋭い牙だろうが、私の肌には傷ひとつ入れられない。らしい。
「なんか……地味ですね」
 不思議な力が使えるところを想像していた私は、少しだけがっかりして呟いた。
「何をおっしゃいますか! ケイト殿は常人では考えられない強靭な肉体をお持ちなのですぞ! これで魔物共も蹴散らすことが可能です!」
 老爺は握り拳を高々にして吼えた。私は私でビームとか派手に使ってみたかったなあ……と思いながら、手を開いては閉じを繰り返す。
 そのときだった。

 空気を震わすような獣の音声が鳴り響き、部屋の窓が次々と割れた。
 建物が揺れ、皆立っていられなくなる。窓に近づいた老爺の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。私も慌ててどこかに捕まろうと外を見やると、そこには大きな魔物が街の中央で暴れる姿があった。
「うそ……」
「あれが魔王です、ケイト殿!」
 魔物は大きな卵の形をしていた。卵に手足が生えて、目や口がついて、頭に王冠をかぶっている。言葉だけで聞いていると可愛らしいかもしれないが、飛び出した目はあらぬ方向を向き、涎を垂らしていて割りとグロテスクだ。
 レンガの街並みを長い手足を振り回し、建物も人間も剥ぎ取るように壊していく。このままでは、王国が壊滅してしまうだろう。
「今こそ、そのお力を発揮し奴を倒してくだされ!」
「いや無茶言わんでくださいよ」
 他力本願も甚だしい。本当に私が強靭な肉体とやらを手に入れているのか疑わしいし。第一、あんな巨体を前にしたらよーし、やっつけるぞ! なんて気持ちも起こらない。
「そこを何とか!」
「値段交渉みたいに寄ってくるな! ……あっ!」
 すがり寄る老爺から逃げ腰になっていると、窓の外にひとりの少年の姿が眼に入った。
 遠目からでよくはわからない。だけど魔王から守るように、瓦礫の下敷きになった母親に覆いかぶさっている。
「ケイト殿!? どちらに行かれるのですか!」
 私は老爺の言葉に振り向かず、自然と建物の出口へと駆け出していた。王宮が広すぎてどこに向かえばいいのかわからなくて、窓の外を見ながら走った。
 魔王と呼ばれた卵の王様が母親と少年に向かっていくのがわかる。魔王には、少年の姿が見えているのかもしれない。
 このままじゃ……。
 私は最悪の場面を想像して身震いをした。あんな、わけのわからない怪物の足に踏まれて死ぬ最期なんて、悲しすぎるじゃないか。目の前の扉が出口だと悟った私は、勢いよく扉にぶつかった。
 バン!という音とともに、扉が弾け飛ぶ。