みなさん、お野菜は好きですか?
 私は好きです。

 どのくらい好きかというと、学校で『野菜部』という部活を作って、部長を務めるまでには好きです。

 え、野菜部って何? って?

 野菜部っていうのは、『野菜の素晴らしさを感じ美味しく頂く』をモットーに活動する部活動です。
 放課後に部員達と集まって旬の野菜を語り合ったり、新しい野菜でレシピを作成し調理部に作ってもらったり、園芸部に採れたての新鮮な野菜をお裾分けしてもらったりします。

 え? 後半が他力本願っぽい?

 まあ、そうかもしれません。
 実は今年、先輩達が卒業して私一人になってしまったので、旬の野菜を語り合う部員も、一緒に調理をする部員も、畑を一緒に耕してくれる部員も居なくなってしまって。
 仕方なく他部の部長に協力をお願いしているのです。
 あ、野菜語りは一人でしています。

 活動はそれだけじゃありません。
 野菜部の活動は野外でもしています。
 毎週土曜日の早朝に、地元の駅前で野菜マルシェを開いているのです。

 想像はつくかと思いますが、担当の先生の指導のもと、野菜で調理した料理をマルシェで販売する活動になります。
 ちなみに、先週はクッキーとマフィン。先々週は肌寒かったので野菜スープを販売しました。

 一度に沢山のお客さんが来て混雑することはないんですけど、それでも毎週土曜日のマルシェを楽しみに寄ってくださる方がちょっとずつ増えて来ていて、とっても嬉しいです。

 そのおかげもあって、部活動活動基準である人数に達していませんが、校長先生は野菜部の存続を容認してくださっています。
 ありがたい事です。

 ……ところが最近、その野菜マルシェに『変わったお客様』がやって来るんです。

 どう変わっているのかと聞かれると、私も言葉に詰まってしまうのですが……。野菜に対して思いのある方ばかりで、ほんの少し外見が個性的な人達なんです。

 その人達が来るのは指導の先生がちょうどお手洗いに行く時で、私以外の人はその人達のことを知りません。

 あ、早速来ましたよ。

「芽衣子さん、今日は何が置いていらっしゃるのぉ?」

 本日一番乗りは、丈が短く胸元が大きく開いたワンピースに、カーディガンを羽織ったセクシーなマダム、亀代さん。

「いらっしゃいませ、亀代さん! 今日は、スムージーフェアをやっていますよ」

 亀代さんは、私が部長になった時から来て下さっている一番の常連さんです。
 ウェーブのかかった茶色い髪と、豊満で大人の色香漂う人で、ものすごい香水の匂いがすること以外は魅力的なお姉さんなのです。

「健康そうでいいわね、どうやって頼めばいいのん?」
「好きな野菜を二つと果物を一つ選んでもらって、私がミキサーで氷と一緒に攪拌します」

 私はショーウィンドウに並べられた新鮮な野菜たちに指を差し、大きめのミキサーを軽く叩きます。亀代さんは人差し指を唇に当て、困った顔で悩み始めました。

「う〜ん……どれにするか迷っちゃうわ。芽衣子ちゃんのオススメはある?」
「私のオススメは……」

 お客様が迷うといけないと思い、予め準備していたお品書きを取り出そうとした時、亀代さんの後ろから大きな影が現れました。

「じゃあ俺は、キャベツとレタスと林檎がいいなぁ芽衣子ちゃん!」
「稲高(いなこ)さん」

 私が稲高さんと呼ぶその方は、大柄なライダースーツを着たガッシリした体つきのおじさんです。下の名前は知らないのですが、四十代半ばくらいの爽やかでとても優しい方です。

 亀代さんが迷っている間に、彼女を飛ばして注文をしようとしたため、亀代さんはぷりぷりと怒りながら細い腕で稲高さんの肩を押し返しました。

「ちょおっとぉ、順番は守りなさいよぉ稲高!」
「すまんすまん! もう待ちきれなくてさ」

 頭を掻きながら軽快に笑う稲高さんに、私は思わずくすりと笑ってしまいます。

「稲高さん、申し訳ないんですが、キャベツとレタスは身体を冷やしたりするので今回は置いていないんですよ。ごめんなさい」
「あちゃぁ、俺の一番好きな葉野菜は置いてなかったんだな」
「ほうれん草と人参ならありますから、そちらで飲んでみませんか? 亀代さんも決まったら教えて下さいね」
「はあ〜い」
「おう、ありがとう!」

 二人の返事を聞いた後、私はほうれん草と人参を取り出して包丁で切っていきます。ほうれん草は三センチ間隔、人参は短冊切りで、ミキサーに負担のない程度の大きさです。

 林檎は空気に触れるとすぐに酸化して茶色くなってしまいますので、林檎をいっぺんに切ることのできる機械を使って六つに切ります。皮は残っている方が栄養があるため、そのまま。
 もちろん、全ての野菜は事前に洗った上での作業です。

 稲高さんのご希望で、今回は水や牛乳ではなく炭酸をミキサーに入れて野菜と一緒に回しました。炭酸の方が腹持ちがいいからです。
 ミキサーを回しているところを見ていた亀代さんも決めきれなかったようで、今回は稲高さんと同じものにすることにしました。

 私はSサイズとMサイズのコップにそれぞれスムージーを注いで、出来上がりの声かけと共にカウンターに置きます。
 喜んだ二人の顔が見られたその時、指導の山本先生がお手洗いから帰ってきて、声をかけられました。

「芽衣子さん、一人で任せてしまってごめんなさいね。どうも朝イチはお腹の調子が悪くて……」
「いえ、全然平気です。それより、先生もお腹の方は大丈夫ですか?」

 私はお腹を擦りながら困った顔を見せる先生に、心配そうに声をかけました。

「私の方ももう大丈夫よ。出すものは出したから……あらやだ、下品ね。芽衣子さんの方もお客様は来た?」
「え?」

 私は振り返って、まだいるはずの亀代さんと稲高さんの方を見ました。しかし二人はもう、どこにもいません。
 カウンターには二人分の代金が置かれたままで、辺りを見回しても、駅構内を出たり入ったりする人達だけしか見当たりませんでした。

 そうなのです。
 亀代さんも稲高さんも、山本先生がお腹を壊して席を外している間しか来られなくて、先生が戻られると代金を置いて姿を消してしまうのです。
 代金は必ず置いていってくださるのですが、料理の感想もろくに聞けないまま帰られてしまうので、いつも残念に思っています。
 それでも毎週かかさず来て下さるので、きっと美味しくないなんて事はないと思いたいのですが。

 私は、『また居なくなっちゃった……』と思って、不思議に思いながら山本先生の方を見ました。

「さっきまでご来店されていたんですけど……もう帰られたみたいです」
「あら、残念ね。スムージーの感想も聞きたかったのだけれど」

 私は『きっとまた来てくれるだろう』と思い、口角を上げて頷きました。

「はい」

 次こそはきっと、美味しいって言ってもらいたい。
 私がミキサーの後片付けをしていると、山本先生が急に呻き声をあげ始めました。

「うっ、うう……! お、おなかが、また」
「せ、先生?」

 顔色が青というより白くなり、お腹を抱えてうずくまっていた先生は、もうダメと呟くと急に立ち上がって駆け出しました。

「ごめんなさい芽衣子ちゃん、私、呼ばれたみたい!」

 私が「誰に!?」と声をかけるのも聞かず、先生はまたお腹を壊されたようで駅のお手洗いの方へと走って行きました。
 私がぽかんと口を開けてその様子を見ていると、カウンターから小さな声が聞こえます。

「すみません」

 私はカウンターの方を振り返りましたが、誰もいるようには見えません。キョロキョロと見回すと、声はもっとずっと下の方から聞こえてくるようです。

「すみません、すむーじー、ひとつください」

 私が身を乗り出して向こう側を覗くと、カウンターの陰に隠れて、背の低い男の子がこちらを見上げています。
 小学生くらいでしょうか。緑がかった艶のある黒髪に、くりくりとした目が印象的な可愛らしい子でした。

 私は急にお腹を壊した先生の事が気がかりではありましたが、小さなお客様ににっこりと笑いかけて歓迎しました。

「いらっしゃいませ!」