自分の胸の中に時々、腐った林檎がないか?

 その林檎は、新鮮な内は気配を消しているくせに、少しでも傷がつくと姿を現して、外側から段々と腐っていって、最後は真っ黒になりながら僕を腐食していくのだ。

 腐った林檎がいる僕の心は繊細で、他人を妬んだり、羨んだり、自分を卑下することしかできない。
 それでも他人を傷つけることはしたくなくて、自分の殻に閉じこもって、腐った林檎が溶けてなくなるのを待つしかない。

 そんな腐った林檎が、ここ最近の僕の胸の中にずっと居る。ずっと。ずっとだ。
 半年くらいかな。
 会社に入ってからだから、もう半年。

 こんな腐った林檎を持った僕に、価値はあるのかと思うと、泣けてきて困った。
 ジュースにもパイにもできやしない、ただ、隣のバナナを腐らせることしかできない自分に嫌気がさしていたそんな時。

 僕の様子を気にして、会社の先輩が家を尋ねてきた。先輩とは特に仲が良かったというわけではなかったが、いつも後輩の僕を気にかけてくれていた。
 玄関先に立った先輩は、小さめの紙袋を下げていた。それは何ですかと尋ねると、先輩はああこれか? と答えた。

「煮林檎……最近は、コンポートというのかな。砂糖とレモン水と、あとラム酒で煮たやつでさ。林檎が腐りかけてるからって、お袋が作ってくれたものなんだけど、君もどうかと思って」

 その言葉を聞いて、僕はそんなことができるんですねと馬鹿げた質問をしてみた。
 すると先輩は快活に笑って言った。

「傷んだ林檎だから、できたんだよ」

 腐った林檎にも、ちゃんと使い道があるんだ。僕はそう思ったら込み上げてくるものを感じて、先輩の前で泣いてしまった。