シロ様は採寸を終えた後、打ち合わせ用の椅子に嬉々として座り、店の主人と婚礼衣装について話し始めた。

 衣装の色は絶対に白。
 Aラインのドレスで、スワロフスキーとパールをふんだんにあしらって。
 でもくどくなりすぎないようにね。
 そうそう、胸を強調するデザインでお願い。
 そしてメインはドレス全体にかけられたレースの刺繍ね、これは絶対に外せないわ。
 刺繍は薔薇と蔦。あまり大きくしないように。
 ああ、ここまで決めたけど、レースガウンも捨てがたいわね……。
 
 店の主人がせっせとシロ様のわがままオーダーを紙に記していく。
 婚礼衣装は女性にとって、一生に一度の大事な衣装だ。
 きっと今まで様々な客と打ち合わせをしただろうが、お嬢様のようにこれだけ主張のある客はいないだろうと僕は確信している。

 隣で打ち合わせを聞いているだけなのに、大分疲れた僕の顔を悟ったのか。
 シロ様は「じゃあとりあえずこれで」と切って、打ち合わせを終了させた。店の主人もオーダー内容を聞き終えて、ぜえぜえと息を切らしている。
 お疲れ様です……。

 衣装を前払いで済ませていると、店の奥から若くて目の釣り上がった女性が、困ったように主人のもとへやってきた。主人は少々席を外しますと一言告げた後、その女性のもとへ駆け寄る。
 僕たちは耳をそばだてて二人の会話を聞いていた。

「奥様、オランジュが買い物からまだ戻っていません」

 それを聞いた店の主人は、シロ様のオーダー疲れもあってか苛立った様子でため息をついた。

「またかい! あの子は本当にもう……役立たずにもほどがあるよ。どうせ、店までの道がわからなくなって迷子にでもなってんだろう。お前、悪いけれどもう一人手の空いているやつを連れて、オランジュを探しておくれ。衣装の受注も入ったってのに。これじゃ手が回らないよ」

 僕とシロ様は顔を見合わせた。
 やはり、城に居た頃と変わらず彼女は忘れっぽいらしい。

 若い女性は客である僕とシロ様に気づくと、一礼をして裏口から出て行った。
 僕たちは一旦帰ることを告げ、次の打ち合わせは一週間後だと話して店から出る。店の外まで見送ってくれた主人に手を振って、初々しい夫婦を演じながら次の建物の角を曲がると、僕は大きなため息をついてその場に崩れ落ちた。

「なんっっっなんですか、アレは……」
「打ち合わせ、楽しかったわね!」
「僕の話聞いてませんね?」

 シロ様の発言に微妙に精神力を削られながら、僕は下から彼女を見上げた。

「誰と。誰が。ご結婚なさるんでしょうか?」

 僕が先ほどのシロ様の発言を問いただすと、シロ様はほんのりと頬を赤らめてもじもじし始める。
 可愛らしいところは無視して、僕はシロ様に説明を求めた。

「い、いいでしょうっ、別に……。だって、ああするしか今は方法がないんだもの」

 シロ様によると、お嬢様はオランジュが務める店に婚礼衣装を注文し、オランジュ自身に作らせるつもりらしい。けれど工場で見た彼女は、買い物や雑用ばかりで製作には携わっていないように感じたが。そのあたりをシロ様はどうするおつもりなのだろう。
 そして、僕は前々から思っていた疑問をシロ様にぶつけた。

「あと、先ほどのお金は一体、どこから手に入れたのですか?」

 サーカス一体の土地を、土地の管理者から売ってもらった時もそうだった。
 伯爵様の城から逃げ出した彼女は、無一文だったはず。
 一瞬、彼女がいかがわしい商売や下手な薬に手を染めたかと考えがよぎったが、何となくシロ様でそういう妄想をしたくなくて僕は頭を横に振った。
 もちろん、そういったわけでは当然なくて。
 シロ様は黙って自分の胸元に手を突っ込み、あるものを取り出す。僕は立ち上がって彼女の手のひらにあるそれを覗いた。

 シロ様は、金色の懐中時計に見えるものを取り出した。見えるものと言ったのは、懐中時計にしては厚みがある代物だったからだ。
 直径はシロ様の手の平に納まる程度で、首から下げられるように長いチェーンが引っ付いている。
 時計の縁に突起のような部分があり、シロ様がそれを押すとパクンと音がして上蓋が開く。
 中には思ったとおり、時計盤が現れ――

「これだけじゃないわ」

 シロ様がもう一度時計の突起を押すと、今度は時計盤が上に向かって開いた。時計盤すらも上蓋になっている仕掛けのようだ。
 その下には中央に三つの窪みがあり、その窪みを取り囲むように七つの窪みがあった。そして、その窪みそれぞれに宝石が収まっていたのだ。

「これは……」
「お父様から預かっていたものよ。これだけは、いつも手放さないようにと幼い頃から言われていたの。お風呂に入る時も、寝る時も。だから、五年前のあの時も持っていたの。お父様は、私に何かあった時にこの宝石を売りなさい、売ってお金に換えなさいと私に教えていたわ」
「じゃあ、これは……伯爵様の資産、いや、大事な形見ではないですか!」

 一か所だけ宝石がない窪みを見つけて、僕ははっとしてシロ様の横顔を見た。サーカスから僕を回収するために、この内のひとつをお金に換えたのかと悟ったからだ。
 大事な形見のひとつを僕なんかのために使ってしまったことに、酷い罪悪感が生まる。
 しかしシロ様は静かに首を横に振って笑った。

「何かあった時っていうのは、別にホワイトブルク家の緊急事態に使えってわけでもないのよ。この資産はもともと、私が嫁ぐ時に使えるようにとお父様が残していたもの。だから、この宝石を使うタイミングは、私が判断していいの。私が使うべきだと思う時が、今だっただけ」
「ですが……」
「言ったでしょう、ブラウ。私はお継母様に復讐をしたいって。その手伝いをしたいがために、貴方を訪ねた。他の使用人も同様よ。あと六人に会うために、この宝石は惜しみなく使うべきなの」

 時計盤を握るシロ様の手に、力が籠もる。
 僕はそれ以上何も言わなかった。それだけ彼女の表情が真剣だったからだ。シロ様の顔が陽に照らされてとても凛々しく感じられる。それは、決意に満ちた目だった。
 シロ様は宝石が並ぶそれを見せながら、その表情を崩してこうも言った。

「ブラウ、貴方は自分なんかのために使って……と思っているかもしれないけれど、私もお父様も、貴方を大事に思っていたわ。その証拠がこれなのよ」

 言って、シロ様は宝石をひとつひとつ説明していく。
 中央の窪みにある宝石三つは、シロ様と伯爵様、奥様を表している。
 そしてそれを囲う窪みの宝石は僕たち使用人を表しているとシロ様は言った。
 中央の輝く三つの宝石を中心に、赤、黄、橙、緑、黒、紫、そして僕のために売ってしまった青の宝石……。売ってしまった宝石はわからないが、今ここにある宝石どれもが伯爵様が愛した「美しいもの」としてシロ様のもとに残っている。

「これが、どういう意味かわかる?」

 きらきらと輝く宝石は、五年前の伯爵様や奥様が生きていた頃の思い出を蘇らせて、僕の目頭は熱くなった。
 伯爵様と奥様、お嬢様を守る僕たち使用人の、幸せで大切な日々。
 伯爵様も同じ思いで、それらをシロ様に資産として託したのだ。

「私たちにとって、使用人七人はすべて家族同然なの。私はバラバラになった皆を集めてまた、あの城に帰りたい……。私の今の願いは、やるべき大切なことは、ただそれだけよ」

 僕は俯いたまま、ただただ、シロ様の言葉に頷いた。