ご主人様は悪役令嬢にはなれない11(オランジュ編4)
翌週。シロ様はまた僕を引き連れてオランジュが務める店に行った。
オランジュはずっと工場の方に居るようで、店の方には出てこないようだった。まあ、確かに彼女の物忘れは接客向きではないだろうが。
当人の様子がわからないので、僕はオランジュのことが少し気になっていた。
シロ様は婚礼衣装の細かい内容を詰めているようで、ドレスの胸元や裾のレースデザインなどを話し合っていた。僕はセンス的なことについてはあまり得意ではないけれど、机に出されたドレス全体のデザイン画はどれも幼いものばかりで、シロ様には多少地味なようにも感じられた。
しかしシロ様は満足そうに何点かを選んで、レースの柄もはしゃぎながら進めている。
こういったデザインセンスは正直シロ様の方が遥かに上だが、シロ様がシンプルな衣装がお好きだとは思わなかった。
幼い頃の衣装のイメージがあるせいか、シロ様は優雅で華美で、大人びた衣装がお好きなのだとばかり。
あの頃は奥様がよくオランジュに頼んでは作っていた気がする。
なんだかんだで今回の打ち合わせも終わり、ご機嫌な様子のシロ様と店主が次の打ち合わせについて話し合っていた。
「次にいらっしゃる時はドレスの基本ができていると思いますので、ちょっと楽しみにしてお越し頂けたら」
「まあ! ついに衣装が形になると思うとわくわくしてくるわね。婚礼の準備も思わず捗ってしまいそうよ!」
「ソウデスネ」
思わず棒読みで言ってしまって、あまり心のこもっていない様子に店主がふと首を傾げる。シロ様が僕の腕をこっそりつねり上げて、僕は思わず悲鳴をあげそうになった。
「い、いやあそうだな。帰ったら早速話し合いをしないと! タノシミダナア」
「うふふ、いやだわあなたったら!」
油断していた僕の様子に、シロ様が内心お怒りになっているのがわかって僕は慌てて口裏を合わせる。店主は差して気にしなかったようで、僕はヒリヒリした腕をさすりながら心の中で涙した。
お嬢様、痛い……。
何も知らない店主は、仲睦まじい新婚夫婦に笑顔を向けて店から見送ってくれた。
僕たちは店を出た後、シロ様のご意向で商店街にある手芸店に来ていた。シロ様は財布から何枚かの紙幣を取り出すと、ありったけの白糸と布を注文した。
「シロ様、それを僕らが買って何に使うのですか?」
「そのうちわかるわ」
手芸店はその一軒だけでなく、隣町の手芸店にも赴き、二軒目三軒目と同じように糸と布を買い占めていく。この街周辺の手芸店を回ったところで、この日は家に帰ることになった。糸と布は僕らが今住んでいる家に置くことになったが、当然座る場所もロクにない。
シロ様はベッドからソファに移動し、僕は部屋の隅で毛布にくるまって寝ることになった。
次の日。僕はギチギチに凝った肩を自分の手でほぐしながら、またもシロ様と共に出かけていく。
今日は縫製工場に来ていた。縫製屋・衣装屋などはたいてい自分の工場を持っているが、大量の注文が舞い込んできた際には安い価格で縫製代行に別注をかける。それを納期までに自分の店まで届けてもらい、上乗せした金額で客に納品するという流れだ。
シロ様は縫製工場の工場長に前払いで紙幣を渡すと、万単位の数の特注のリボンを注文した。デザインはシロ様が描いたようで、リボンでできた花のようなものだ。シロ様は工場長に仕様書を手渡している。
何に使うんだろう。
僕はというとシロ様に頼まれて、昨日手芸店で購入した布と糸を持って来ていた。工場で縫製の仕事をしている女性たちにそれらを渡し終えると、シロ様に続き二軒目の工場に向かう。
その工場でも同じように注文を終えると、シロ様は疲れたと仰って、そのまま家に帰ってお休みになられた。注文したリボンの花たちが何の役目を果たすのか、僕にはまだ想像がつかなかった。
そしてまた何日か経った日の翌朝。
シロ様は寝ぼけ眼で起きてくると、朝っぱらから僕にアップルパイを注文し始めた。
アップルパイがどのくらいの時間で出来上がるのかご存知なんですかね。
一時間はかかるんですよ。一時間。
準備物もすぐに言われてすぐに準備するのも面倒なんですよ?
まあ、甘いもの好きな彼女のことだ。そろそろホットケーキホイップクリームとアイスケーキ添え、もしくはアップルパイをご所望されるだろうと予測はしていた。
だから僕はフライングで今朝からアップルパイを焼き始め、通常の約半分の時間でアップルパイをシロ様に提出することができた。
我ながらよくできた使用人である。
シロ様はアップルパイをはむはむお上手に、それはもう美味しそうに食べながら、嬉しそうに頬に手を当てて喜んでいた。はいはい、ご満足頂けて何よりです。
僕はシロ様が平らげたお皿を片付けながら、本日のご予定をお伺いした。
「本日はオランジュの居る店へ、午後一時より向かうご予定になっております。製作中のドレスが本日試着できるようになっていますね」
「ええ、そうだったわね」
シロ様はお行儀悪く口元についたカスタードをぺろりと舐め取ってそう言うと、腕を組んでさも悪役令嬢のような悪い笑顔になる。大分見慣れたその表情も、たまにされるとちょっと寒気がするのは気のせいだと思いたい。
何をお考えですかとシロ様に問うと、シロ様は更に口角を吊り上げて笑った。
「知ってるブラウ? 人間って転んだ姿と焦った顔が一番滑稽なのよ」
確かに人が転ぶ姿はどこか間抜けで面白い、と思いつつ。
だんだん悪者顔が様になってきているお嬢様に一抹の不安を覚えた。
シロ様は小さな袋にいくらかのお金を入れ込むと、それを僕に差し出してきた。僕が中を覗いて首を傾げていると、シロ様はにっこりと笑って僕にお願いしてきた。
「ブラウ、私はもうしばらく休んでいるから、申し訳ないんだけどこのお金で二人分のボディーガードを雇って来てもらえる? そして、そのまま店へ先に行ってて欲しいの」
「ボディーガードですか?」
僕がいるのに? という言葉を飲み込んで、素直に承知いたしましたと答えて自分の懐にしまう。シロ様はニヤリと笑うと、僕の近くまで寄ってきて顔を覗き込んできた。
「……ねえねえ。今、僕がいるんだからボディーガードなんて必要ないダロ! とか思ったでしょう?」
「そ、そんなことはありません!」
「はい、うそー」
「嘘じゃありませんってば!」
僕は図星をつかれて、赤い顔でムキになりながら否定した。
シロ様は僕の焦った顔を見ながらとても面白おかしそうに笑っている。人を見透かして、困っているところを笑うだなんてお嬢様も悪趣味だ。それでもこのやり取りは温かく、居心地がいい。
シロ様は僕を散々からかった後、安心させるように言った。
「ブラウは私の旦那様役に徹してもらいたいの。ボディーガードも要は見た目で物を言わすことができたらそれでいいのよ。店主への圧力になれば」
「シロ様……今度はあの店を燃やしたりしないですよね?」
お嬢様は、今日一番の面白いものを見たとでも言うように軽快に笑った。
「まさか! あのサーカスの団長より大分穏やかに対応するつもりよ。店主が私の言うことを聞かない時に、見た目がゴツくて・暴れたら店がぐちゃぐちゃになりそうな・屈強な見た目の・ボディーガードさんたちと、ちょっとお願いするだけよ」
「お嬢様。それは一般的に『脅し』というのでは」
「そうとも言うわね」
人生はハッタリよとシロ様が仰るので、僕は見た目が強そうな男を捜し求めて家を出ることにした。
オランジュはずっと工場の方に居るようで、店の方には出てこないようだった。まあ、確かに彼女の物忘れは接客向きではないだろうが。
当人の様子がわからないので、僕はオランジュのことが少し気になっていた。
シロ様は婚礼衣装の細かい内容を詰めているようで、ドレスの胸元や裾のレースデザインなどを話し合っていた。僕はセンス的なことについてはあまり得意ではないけれど、机に出されたドレス全体のデザイン画はどれも幼いものばかりで、シロ様には多少地味なようにも感じられた。
しかしシロ様は満足そうに何点かを選んで、レースの柄もはしゃぎながら進めている。
こういったデザインセンスは正直シロ様の方が遥かに上だが、シロ様がシンプルな衣装がお好きだとは思わなかった。
幼い頃の衣装のイメージがあるせいか、シロ様は優雅で華美で、大人びた衣装がお好きなのだとばかり。
あの頃は奥様がよくオランジュに頼んでは作っていた気がする。
なんだかんだで今回の打ち合わせも終わり、ご機嫌な様子のシロ様と店主が次の打ち合わせについて話し合っていた。
「次にいらっしゃる時はドレスの基本ができていると思いますので、ちょっと楽しみにしてお越し頂けたら」
「まあ! ついに衣装が形になると思うとわくわくしてくるわね。婚礼の準備も思わず捗ってしまいそうよ!」
「ソウデスネ」
思わず棒読みで言ってしまって、あまり心のこもっていない様子に店主がふと首を傾げる。シロ様が僕の腕をこっそりつねり上げて、僕は思わず悲鳴をあげそうになった。
「い、いやあそうだな。帰ったら早速話し合いをしないと! タノシミダナア」
「うふふ、いやだわあなたったら!」
油断していた僕の様子に、シロ様が内心お怒りになっているのがわかって僕は慌てて口裏を合わせる。店主は差して気にしなかったようで、僕はヒリヒリした腕をさすりながら心の中で涙した。
お嬢様、痛い……。
何も知らない店主は、仲睦まじい新婚夫婦に笑顔を向けて店から見送ってくれた。
僕たちは店を出た後、シロ様のご意向で商店街にある手芸店に来ていた。シロ様は財布から何枚かの紙幣を取り出すと、ありったけの白糸と布を注文した。
「シロ様、それを僕らが買って何に使うのですか?」
「そのうちわかるわ」
手芸店はその一軒だけでなく、隣町の手芸店にも赴き、二軒目三軒目と同じように糸と布を買い占めていく。この街周辺の手芸店を回ったところで、この日は家に帰ることになった。糸と布は僕らが今住んでいる家に置くことになったが、当然座る場所もロクにない。
シロ様はベッドからソファに移動し、僕は部屋の隅で毛布にくるまって寝ることになった。
次の日。僕はギチギチに凝った肩を自分の手でほぐしながら、またもシロ様と共に出かけていく。
今日は縫製工場に来ていた。縫製屋・衣装屋などはたいてい自分の工場を持っているが、大量の注文が舞い込んできた際には安い価格で縫製代行に別注をかける。それを納期までに自分の店まで届けてもらい、上乗せした金額で客に納品するという流れだ。
シロ様は縫製工場の工場長に前払いで紙幣を渡すと、万単位の数の特注のリボンを注文した。デザインはシロ様が描いたようで、リボンでできた花のようなものだ。シロ様は工場長に仕様書を手渡している。
何に使うんだろう。
僕はというとシロ様に頼まれて、昨日手芸店で購入した布と糸を持って来ていた。工場で縫製の仕事をしている女性たちにそれらを渡し終えると、シロ様に続き二軒目の工場に向かう。
その工場でも同じように注文を終えると、シロ様は疲れたと仰って、そのまま家に帰ってお休みになられた。注文したリボンの花たちが何の役目を果たすのか、僕にはまだ想像がつかなかった。
そしてまた何日か経った日の翌朝。
シロ様は寝ぼけ眼で起きてくると、朝っぱらから僕にアップルパイを注文し始めた。
アップルパイがどのくらいの時間で出来上がるのかご存知なんですかね。
一時間はかかるんですよ。一時間。
準備物もすぐに言われてすぐに準備するのも面倒なんですよ?
まあ、甘いもの好きな彼女のことだ。そろそろホットケーキホイップクリームとアイスケーキ添え、もしくはアップルパイをご所望されるだろうと予測はしていた。
だから僕はフライングで今朝からアップルパイを焼き始め、通常の約半分の時間でアップルパイをシロ様に提出することができた。
我ながらよくできた使用人である。
シロ様はアップルパイをはむはむお上手に、それはもう美味しそうに食べながら、嬉しそうに頬に手を当てて喜んでいた。はいはい、ご満足頂けて何よりです。
僕はシロ様が平らげたお皿を片付けながら、本日のご予定をお伺いした。
「本日はオランジュの居る店へ、午後一時より向かうご予定になっております。製作中のドレスが本日試着できるようになっていますね」
「ええ、そうだったわね」
シロ様はお行儀悪く口元についたカスタードをぺろりと舐め取ってそう言うと、腕を組んでさも悪役令嬢のような悪い笑顔になる。大分見慣れたその表情も、たまにされるとちょっと寒気がするのは気のせいだと思いたい。
何をお考えですかとシロ様に問うと、シロ様は更に口角を吊り上げて笑った。
「知ってるブラウ? 人間って転んだ姿と焦った顔が一番滑稽なのよ」
確かに人が転ぶ姿はどこか間抜けで面白い、と思いつつ。
だんだん悪者顔が様になってきているお嬢様に一抹の不安を覚えた。
シロ様は小さな袋にいくらかのお金を入れ込むと、それを僕に差し出してきた。僕が中を覗いて首を傾げていると、シロ様はにっこりと笑って僕にお願いしてきた。
「ブラウ、私はもうしばらく休んでいるから、申し訳ないんだけどこのお金で二人分のボディーガードを雇って来てもらえる? そして、そのまま店へ先に行ってて欲しいの」
「ボディーガードですか?」
僕がいるのに? という言葉を飲み込んで、素直に承知いたしましたと答えて自分の懐にしまう。シロ様はニヤリと笑うと、僕の近くまで寄ってきて顔を覗き込んできた。
「……ねえねえ。今、僕がいるんだからボディーガードなんて必要ないダロ! とか思ったでしょう?」
「そ、そんなことはありません!」
「はい、うそー」
「嘘じゃありませんってば!」
僕は図星をつかれて、赤い顔でムキになりながら否定した。
シロ様は僕の焦った顔を見ながらとても面白おかしそうに笑っている。人を見透かして、困っているところを笑うだなんてお嬢様も悪趣味だ。それでもこのやり取りは温かく、居心地がいい。
シロ様は僕を散々からかった後、安心させるように言った。
「ブラウは私の旦那様役に徹してもらいたいの。ボディーガードも要は見た目で物を言わすことができたらそれでいいのよ。店主への圧力になれば」
「シロ様……今度はあの店を燃やしたりしないですよね?」
お嬢様は、今日一番の面白いものを見たとでも言うように軽快に笑った。
「まさか! あのサーカスの団長より大分穏やかに対応するつもりよ。店主が私の言うことを聞かない時に、見た目がゴツくて・暴れたら店がぐちゃぐちゃになりそうな・屈強な見た目の・ボディーガードさんたちと、ちょっとお願いするだけよ」
「お嬢様。それは一般的に『脅し』というのでは」
「そうとも言うわね」
人生はハッタリよとシロ様が仰るので、僕は見た目が強そうな男を捜し求めて家を出ることにした。