僕のご主人様の名前は、
 ゴルト・ハインリヒ・ホワイトブルク。
 思慮深く聡明で、召使いの僕たちにまで心を砕いてくれる優しい伯爵様だ。

 そして僕の名前はブラウ。
 僕が城にやってきたのは十二歳の時。
 外見が特徴的な僕は、見世物小屋で働いていたところを伯爵様に買われたのだ。
 見世物小屋の檻の中でうずくまっていた僕を見た伯爵様は、僕の白い髪、褐色の肌、青い瞳を見てこう言った。

「君は美しいね。まるで摩天楼を照らす月明かりのようだ」

 そう言って差し伸べられた伯爵様の手を取った時から、僕は伯爵様のものとなった。
 ずっと嫌いだったこの見た目が、伯爵様の言葉によって誇りへと変わった。
 心の中が温かくて、泣きながら伯爵様の城に足を踏み入れた日の事を今でも覚えている。

 伯爵様の城には、伯爵様と奥様、
 そのご令嬢のシュネー様、
 そして僕を含めた七人の召使いが住んでいる。

 メイドのオランジュ。
 コック長のゲルプ。
 庭師のグリューン。
 家庭教師のシュヴァルツ。
 ハウスキーパー兼、連絡役のリラ。
 医師のロート。

 僕以外の召使い達も何らかの事情を抱え、有能でいて、何かが「美しい」者達だった。
 そう、伯爵様は美しいものが好きだったのだ。

 奥様は伯爵様よりも更に優しく、美しく気高い、大木の木漏れ日のような人だった。僕が熱を出して仕事を休んだ日は、ご自分で作られた料理で僕を看病してくれるほどだ。
 僕にとって伯爵様と奥様は、誰よりも敬愛し守りたい存在へとなっていった。

 そして月日は流れ。
 今年十歳になったシュネー様は、そのお二人の外見をしっかりと受け継いでいる。
 伯爵様とそっくりの黒壇のような艶やかな黒髪に、奥様とそっくりの雪のような白い肌。
 そして林檎のように真っ赤な唇を持つ美しい少女だ。

 ただひとつ予想だにしていなかったところは、
 どちらに似られたのか……とても破天荒で悪役が大好きな女の子になってしまったこと。
 勉強の時間も家庭教師シュヴァルツの目を盗んでは、義賊が活躍する小説ばかりを読んでいた。
 それはもう、目をキラキラさせて。

「ブラウ、いつか私は悪役令嬢になるわ! そして、悪い人達を権力と金で捻じ伏せて懲らしめるの!」
「はいはい」

 悪役令嬢の意味、わかってる?
 そう思いつつ愛らしいシュネー様を否定しない僕は、本当に甘い側近だと思う。

 床に散らばった本の山は今にも崩れそうだ。
 また、教科書を放り捨てて小説ばかり読み漁って……。
 僕は本をひとつずつ拾い集めながら、ため息をついた。

「悪役令嬢もいいですけれど。今の内に素敵なレディになるための訓練を受けなければいけませんよ」

 そう。
 いずれは。

「貴女はいつか旦那様の御跡を継がなければならないのですから。やんちゃばかりしていると、お嫁の貰い手がなくなりますよ」

 少し辛口でシュネー様に言ったつもりだが、シュネー様はそんなことなど屁とも思っていないようだ。
 僕の傍にやってきたかと思うと、にやにやしながらこう言った。

「……そうなった時は、ブラウを私のお嫁さんにするわ!」
「は?」

 僕はいつか本で見たチベットスナギツネのような顔をして、なんでそうなるんだと顔を赤くしたがすぐに真面目な顔をして応えた。

「そんなことはできません。第一、許されるわけがないでしょう」
「お父様は賛成してくれたわ!」
「うちの伯爵様は何を考えてんだ」

 手で顔を覆いがっくりと項垂れる。
 僕はとにかく誤魔化してしまおうと、シュネー様をグリューンに明け渡し退散した。

 わんぱくで天真爛漫な、このホワイトブルク家の一粒種。
 そんな彼女を僕は愛おしく思っている。
 それは僕だけではなくて。
 伯爵様も奥様も、もちろんシュネー様を愛していたし、他の召使い達もシュネー様を慈しんでいた。

 お優しい伯爵様と奥様。
 可愛らしいお嬢様。
 心許せる同志の召使い達。

 こんな日がずっと続けばいいのに。
 そう思っていたが、長くは続かなかった。

 シュネー様の泣き叫ぶ声が、部屋に響き渡る。

「お母様!! お母様ぁっ!! うわああああ……っ」

 奥様が流行り病にかかり亡くなってしまった。

 それはもう呆気なく。
 元々身体の弱い方ではあったけれど、まさかこんなに早く逝ってしまうなんて誰が想像しただろう。
 伯爵様は棺桶の前で泣き崩れ、僕達召使いはただただ、涙を流して奥様を見送った。

 ……僕は葬儀が終わってからも、シュネー様の泣き叫ぶ声が耳から離れなかった……。


 ◇ ◇ ◇


 それから半年の月日が経った。
 奥様が亡くなってしまってから、伯爵様は気を紛らわすように仕事に没頭し始めた。
 仕事をしていないと、奥様を思い出して自分を保てないのだと思う。

 連日領地へ行ったり、来たり。
 出張していない時は自室に篭もり、書類と苦闘する。
 その間、シュネー様の相手は僕たち召使いの仕事になって、伯爵様とシュネー様が顔を合わす時間も減っていった。

「お父様は、いつになったらお休みになるのかしら……」

 夕食の時間。今日も同席されない伯爵様を心配して、シュネー様が寂しそうに呟いた。
 そんな彼女にコック長のゲルプが声をかける。

「シュネー様。旦那様ならご心配に及びません。俺達がしっかりと、旦那様がお休みになっているか監視しておりますから」
「……本当?」
「俺達が嘘をついたことがありますか?」
「いいえ、いいえ。ないわ!」

 ゲルプが底抜けに明るい笑顔で笑うと、その言葉にその笑顔に、シュネー様も安心したのかやっと子供らしい顔で微笑んだ。
 そうだ。
 奥様が居られないなら。伯爵様が動けないなら。
 僕達がシュネー様を守ればいい。
 この愛おしいホワイトブルク家の一人娘を僕達が守らなければ、一体誰が彼女を守るのだ。

 僕は唇を噛み締めて誓った。
 そんな折、伯爵様がいつもより優しい笑みで出張から帰って来た。
 見たことのない女性を連れて。

「シュネー、この方は君の新しいママになる人だよ」

 そう説明された時、シュネー様がどう思ったのかはわからない。
 だが僕も、他の召使い達も、一同に目を丸くした。
 伯爵様が再婚を考えていたことにも驚きを隠せないが、再婚相手が前の奥様と似ても似つかぬ外見だったからだ。

 黄色い肌に茶色い眼。くすんだ緑色の髪。
 決して美しいとも愛想がいいとも言えぬ顔つきと態度。
 無表情。
 その頬には、斑点のようなそばかすが散らばっている。
 美しいものが好きだった伯爵様が、何を決め手にこのような方と再婚に踏み切ったのか……理解しかねた。

 再婚した新しい奥様の名前は、オリーフと言った。
 オリーフ様は伯爵様が城にいる間は、彼といる事が多かった。
 くすりとも笑わぬその鉄面皮で、伯爵様と何をするわけでもなくただ隣にいて話を聞いているのだ。
 僕らから見れば楽しいのか?
 と思うのだけれど、死んだような魚の目をしていた伯爵様が、彼女といる時は幸せそうに笑っているのだから何とも言えなかった。

 その中にシュネー様も時折加わって、ホワイトブルク家が温かな幸せ家族になれるか……そう思われたが、シュネー様が伯爵様とオリーフ様のところにくると、オリーフ様は鉄面皮に青筋を立てて一歩後ずさるのだ。
 シュネー様は変わらない。
 新しい母君ができて、寂しかった心を少しずつ埋めていっているのがわかる。
 だがオリーフ様はそうではないようだ。

 シュネー様が苦手なのか、子供が嫌いなのか。
 伯爵様が城に居ない時は、オリーフ様がやってくる前の伯爵様のように自室に篭って何かをしているのだ。
 ハウスキーパーのリラが扉に耳をつけて中の様子を窺ってみた。しかし、紙の擦れる音と硬いもので引っ掻くような音しか聞こえなかったようで、リラは肩を竦めて両手をあげた。

 この事に関してシュネー様は、
「お継母様は私の事がお嫌いなのかしら」
 とか、
「お継母様は何故私を抱きしめてくれないのかしら」
 とか、不思議と心配したり駄々を捏ねることはなかった。
 前妻の奥様のこともあるし、すぐに受け入れることなど出来ないよな……と、その時の僕はそう思った。

 少し歪な家庭環境に変わって間もなく。
 また、悲劇は訪れる。