「復讐……って、一体どういうことですか!?」

 シロ様はやれやれといったように、冗談っぽく両手を出して肩を竦める。

「私の使用人ってこんなに頭が悪かったかしら? そのままの意味よ」

 僕は彼女が復讐の意味を何かと履き違えているのか、はたまた理解していないのかと疑って問いかける。けれどそれも空しく、皮肉めいた言葉を僕に返すだけだった。
 理解不能という顔をしていたんだろう、シロ様は飽きれた顔で音もなくため息をつくと体を前のめりにして答える。

「もっとレベルを下げましょうか? 仕返しよ。し、か、え、し!」
「そうではなくて!」

 僕が復讐を知らないように言うのやめてくださいよ。と付け足して、彼女の真意を図りかねていた。
 シロ様が? 僕たちと復讐をする?
 それも? 奥様に?
 その言葉を飲み込めず、頭を抱えるようにして掻き毟りながら唸っている僕の頭に、シロ様の冷たい声が降りかかった。

「……私がお継母様に復讐をすることが、そんなに不自然かしら?」

 思いもよらない冷え切った声に自分の胸がざわつく。
 恐る恐る顔を上げると、今にも泣きそうな彼女の顔がそこにあった。

「私は何もかもわかっているつもりよ、ブラウ。五年前のあの夜、貴方が私を城から連れ出して、殺意を持ったお継母様から私を救い出してくれたこと。お継母様は私の全てを欲しがっていたわ。父の遺産、父からの継承権、父からの愛……全てを」
「お嬢様」

 貴族間で復讐をすることは、それほど珍しくはない。
 領地を取られたり、恋人を寝取られたりした貴族が、相手を社会的に潰したり肉体的に傷つけようと策略することはよくあることだ。その末路は良くも悪くも様々だが。

「その、シロ様の仰る復讐とはどういったご内容なのですか?」

 僕は意を決してシロ様に尋ねた。
 しかしシロ様は首を振って「今はまだ全部言えない」と口をつぐむ。その様子に、彼女の言う「復讐」とは、よほど真剣で重いものなのだと悟った。

 確かに、シロ様は御可愛そうな方だ。
 母を失い、父を失い、その遺産も何もかも譲り受けたかと思えば、使用人も失い、唯一親族になる継母に殺されかけ、何とか生き延びて今目の前にいる。

 それでも、僕はシロ様に復讐をして欲しくはないという思いがあった。
 たとえどんなに辛く悲しい思いをしても、今度は自分がそれを思いごと返すのは違うと思うからだ。第一、そんなことをしても空しいだけだと思う。
 お嬢様がどのような復讐を考えているかはわからないが、その復讐が仮に成功して奥様を見返すことができたとしても。酷い言い方だと思うかもしれないが、「労力の無駄」なのだ。
 綺麗ごとかも知れない。案外、文字通り奥様をやっつけたら、お嬢様の心がすっきりするかもしれない。
 けれど。

 「僕は」どうだろうか?
 僕はそんなお嬢様を傍でずっと見ているわけで。
 シロ様は文字通り、世間的に悪役令嬢と化してしまうわけで。
 復讐に燃える大切な人を、傍で加担しながら見ていることは、僕には……。
 僕には、できない。
 そう思った。そう、答えようとした。

 しかし、シロ様は訴えるような目で僕の思いを見透かした。

「貴方には拒否権はないはずよ。城から連れ出し、孤児院へ一人預けられ、目が覚めたら貴方が居なくて、五年もの間、私がどんなに寂しかったか……。五年間、一人寂しい思いをした私を。今更、一人になんてさせないわよね?」

 シロ様の言葉に、僕は言葉を失ってしまった。
 五年前、僕はシロ様を奥様から助けたいがために、必死でシロ様を孤児院に預けた。けれど、その後のお嬢様のことを考えていただろうか。
 ぽろぽろと涙を零す彼女に、戸惑いと後悔、罪の意識に苛まれる。
 同時に、昨日の炎の中で震える少女を見た時の感情を思い出した。五年前にシロ様を抱えて逃げた、無力な自分はもう嫌だと思ったことを。

「……」

 この時の僕はまだ若かった。
 理性的なようで、感情に支配される。倫理的なようで、大切なものが関わるだけで悪にもなれる気がした。僕の中にある五年前の、「大切な女の子を一人置き去りにした」という悔恨と、目の前にいる再び現れた大切な女の子のお願いにノーと言えるほど、僕は大人ではなく、賢くもなかった。

 それでもまだ僕の心に僕自身が鋭く問いかける。
『彼女と一緒に堕ちてやれるか?』と。
 僕はシロ様の白く細い手に自分の両手をそっと重ねて、意を決したように真っ直ぐ彼女を見て言う。
 お嬢様の手は絹のようにすべすべで、柔らかく、また僕の手よりも一回り小さかった。

「……わかりました。僕は、僕のご主人様のゴルト・ハインリヒ・ホワイトブルク様に拾われた身。そのゴルト様の宝物である貴女を守るのがこの僕の一生の役目であり務めであり、使命です。伯爵様亡き後もそれは変わりません。誓います。この身が朽ちぬ限り、僕は貴女についていきましょう。……って、何でふてくされているんですか」

 真剣に話しているのにも関わらず、シロ様の頬がどんどん膨らんでいくことにツッコミを堪え切れなかった。僕、そんなにおかしいこと言ってるかな?

「ブラウはまだお父様の使用人のつもりなの?」
「……はい?」
「確かに、貴方はお父様に雇われてあの城に来たわ。でも、お父様はもういらっしゃらない。だから今は、今のご主人様は私のはずでしょう!」
「……ま、まあ」

 理屈からすれば、確かにそうだが。
 何を言い出すかと思えば。よくわからないけど、どうやらシロ様は、僕を『お父様お墨付き自分専属の執事』から『自分の使用人』にレベルアップでもさせたいらしい。

「別にあまり変わらないような気もしますけど」
「貴方には些細なことかもしれないけど、私には大問題よ。ブラウは私の、なの!」
「……はあ、じゃあまあそういうことにしますか」

 面倒くさくなってきたので早々に切り上げようとすると、今度は先ほどの誓いを口頭でもう一度やり直せとわがままを言い出した。しかも指きりげんまん付きで。
 この格好でさっきの台詞を言うの、結構恥ずかしい気がするんですがとやんわり断ろうとしたけれど速攻で拒否された。さっきから何なんだ。

 僕は仕方なく彼女の小指に自分の指を絡めて、やや照れ臭げに口を開く。
 彼女の指の温度なのか、自分の温度なのかわからなかった。

「……あー、では、改めて。宝物である貴女を守るのがこの僕の一生の役目であり務めであり、使命。誓います。貴女に死ねと言われぬ限り、僕は貴女についていきましょう」

 シロ様は僕と結んだ指をふんふんと揺らして、ゆびきりげんまんの歌を歌うと満足げに頷いた。
 先ほどまで流していた涙はどこへ行ったのか嘘のようにご機嫌である。

「これで、私たちずっと一緒に居られるわね!」

 シロ様がそう言って、幼い頃から変わらない、屈託のない笑みを浮かべるものだから。僕は顔の中心に熱が集まるのがわかった。泣かれようと、わがままを言われようと、復讐をお願いされようと。
 変わらない、僕のかわいい女の子なのだ。
 僕は顔の熱を追い払うように手を振って、小指に絡んだお嬢様の指をそっと離すとこれからのことを聞いた。

「それで……奥様に復讐をするのは理解致しました。これからどうされるおつもりですか?」
「先ほども少し言ったけれど……私たちがあの城に居た時の、ブラウ以外の使用人全員を集めるつもりよ」
「ええ。で、次は誰に会いに行くおつもりで?」

 シロ様は椅子の背にどっと体を預けると、ふんぞり返った様子で腕と足を組む。
 悪役令嬢らしい、含みのある笑みを浮かべてこう言った。

「そうね……悪役令嬢らしい、美しい衣装が必要だと思わない?」