013.open up two hearts
「…………」
「…………」

 お互いに見つめあって数秒。キャプテンが呆れた声で、何してんだと言った。

「ベポ、こいつはイオリだ。一昨日からクルーが噂して耳に入れてるとは思うが……。事情があって船に乗せることになった。しばらくしたら戦闘員として働いてもらうが、それまではこっちで面倒見てやる必要がある」
「アイー……?」
「イオリ、こいつはベポ。ウチの航海士兼戦闘員だ。役割分担から外れてんのがこいつだけだから、おれとベポでしばらくお前のことは見てやる。ペンギンはどっちも手が空いてない時に頼れ」
「はい、わかりました。よろしくお願いします、ベポさん」

 ふわりと目を細めて、穏やかに笑って言ったイオリは、どこか余所余所しくぺこりと頭を下げた。ワンピースからすらりと伸びた足には、鎖で繋がれた枷が填められている。どこかの国の奴隷だったのかな、そんな風に思ったけれど、キャプテンが何も言わないから何も聞かないことにした。
 キャプテンはそんなイオリの頭を軽く撫でると、おれに目配せをして踵を返す。あとは任せた、って、すごく困るよキャプテン。
 残されてしまって、俯くイオリの頭の天辺を見つめる。

「イオリ」
「はい」
「……イオリはおれのこと、気持ち悪くない?」

 そう尋ねると、イオリはすっと俯けていた顔を上げておれを見た。

「……? どういう意味ですか?」
「え?」

 首を傾げるしぐさときょとんとした表情に、こっちが面食らってしまう。

「え、っと……、あの……ごめんなさい」

 言っていることが理解できないと、そう謝られた。うーん、イオリって実は変わってるのかな。キャプテンも変わった人だと思うけど、イオリも変わってると思う。

「だっておれ、熊なのにしゃべるし、歩くし、服も着てるよ」

 イオリはまた不可解そうな顔をして、眉間に小さくしわを寄せた。理解できない、って口に出さずとも伝わってきた。

「おれ、熊でも人間でもない、中途半端なんだよ。一般人はみんな気持ち悪いって言うよ」
「……あぁ」

 やっと理解した。そんな表情に、こっちが理解に苦しむ間違ったことを言ってしまったのだろうかという気になる。
 イオリは少し考える素振りを見せて、おれの顔を見上げてきた。

「ベポさんは、ローさんやハートの海賊団の皆さんのことがお好きですか?」
「うん、大好きだよ」

 まっすぐに目を見て向けられる問いに、素直に答える。

「ローさんたちは、ベポさんのことを気持ち悪いと言いますか?」
「ううん、仲間だって言ってくれるし、そんなこと言わないよ」
「それなら、それでいいと思います。ベポさんの大好きな人たちが、ベポさんが傷つくようなことを言わないのなら。私もベポさんが喋るのには少し驚きましたが、意思疎通ができるのはとてもいいことだと思います」

 イオリはたどたどしい口調で、でもはっきりとそう言った。

「同じようなことを訊きますが、ベポさんは私の足を見てどう思いましたか?」
「どうって……。前は、……奴隷、だったのかなって。でもキャプテンはイオリのことをそんな風に言わないし、キャプテンが決めたならイオリはもう仲間だよ」
「どうして奴隷なんかが、だとか。そうは思いませんでしたか?」

 眉を八の字にして、少しだけ悲しそうに笑いながら訊いてくる。足枷のせいで、今まで差別を受けてきたのかもしれない。でも、そもそも奴隷制度なんて良くは思っていないから、イオリをそんな風に邪険に思うこともなかった。

「そんなこと思わないよ!」
「じゃあ、それと同じです」

 柔らかく笑ったイオリは、おれの手を握ってよしよしと撫でてくれる。
 おれが悩む理由をわかったうえで、さっきみたいな質問をして、諭してくれたみたいだった。イオリも同じように、キャプテンや皆が何も言わないから、気にしないのだろう。

「ねぇ、イオリ。ベポさんっていうのはなんかイヤだよ。もっと親しみのある感じに呼んでよ」
「え? えーと……、わかりました。そう、ですね……。……ベポちゃん、というのはどうでしょう」
「うん、その方がずっといいや! よろしくね、イオリ!」
「きゃ……っ」

 イオリを抱き上げてぎゅーっと抱き締めると、イオリも遠慮がちにではあるけれど、おれの首に手を回してくれる。

「……はい、よろしくお願いします。ベポちゃん」

 抱き上げたイオリ自体は軽かったのに、なんとなく、重さを感じるところがあった。すぐにそれがイオリの足枷だってわかった。

「これ、外れないの?」

 外すことができたら、イオリも見た目なんて気にする必要ないのに。そんな風に思い、問いかけてみる。

「外れないけれど、とても大切なものです。……もう、どうしてこれが填められているのか、それだけがわからないけれど」

 イオリが悲しそうに顔をゆがめるから、それ以上は聞けなかった。複雑な事情みたいだけれど、イオリ本人に聞こうとするのは良くないのかも。キャプテンなら、おれにもわかるように話してくれるはずだ。
 その話はそれっきりにして、キャプテンが呼ぶ声が聞こえたのでイオリを抱き上げたまま船長室へ向かう。

「どうしたんでしょうか」
「え? イオリ、今の声聴こえたの?」
「……はい。少し集中すると、よく見えるし、聞こえるんです。あ、あと、においもわかります」
「そっかー。イオリはすごいね! おれも動物だからよく聞こえるよ」

 思ったことをそのまま口にすると、イオリは少しだけ嬉しそうにしながらはにかんだ。
 船長室に着いて、ノックをして返事をもらい、扉を開ける。キャプテンはイオリを抱えたままのおれを見て少しだけ目を見開く。それから、口角を上げて言った。

「なんだ、もう仲良くなったのか」
「聞いて聞いてキャプテン! イオリね、おれのこと気持ち悪くないよって言ってくれたんだ! 気持ちを伝え合えるのはいいことだよって!」
「……そうか。良かったな、ベポ」

 キャプテンもまさかこんなに早く打ち解けるとは思っていなかったみたいだ。用事は何かと聞いてみれば、甲板で昼寝をするから付き合え、と言われた。

「イオリも甲板に行くか?」
「いいんですか?」
「あァ」
「甲板で昼寝するの、気持ちいいんだよ! イオリにもおれの体貸してあげるね」

 来た時のようにイオリを抱き上げて、キャプテンと一緒に甲板へ向かう。
 シャチがキャプテンに挨拶をした後おれと抱えられているイオリに気がついて、少し驚いたような顔をした。

「イオリ、随分仲良くなったみてェだけどベポは怖くなかったのか?」
「はい、喋ったのには少し驚きましたけど、怖くなんかないですよ」
「そっかそっか。良かったな、ベポ!」
「うん!」

 一般人相手だととても怖がられてしまうことを知っているシャチは、嬉しそうに笑って共感してくれた。
 船の二階部分に上がって、おれが床に寝転がるとキャプテンがおれに寄りかかって座る。イオリがどうすべきかと迷っていて、キャプテンの横に強制的に座らされていた。

「イオリ、遠慮なく寄りかかって良いんだからね。ぜんぜん重くないよ!」
「は、はい……」

 おずおずと、控えめにかけられる体重。気にしなくていいのになぁ。
 最終的にはおれたちのやり取りに呆れたキャプテンが、"もう寝るぞ"と言ってイオリを強引におれに寄りかからせた。
 いつもはおれが先に寝ちゃうけど、今日はキャプテンとイオリが先に寝るのを待ってみた。首を動かすとその振動で二人とも起きちゃうだろうから、目だけで二人の様子を見てみる。イオリはこてんとキャプテンの肩に頭を預けていて、キャプテンもそれを振り払うこともせず目を閉じていた。
 今日は海賊とも海軍とも鉢合わせないといいな、なんて思いながら、おれも温かい日差しに包まれて目を閉じた。

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