アルヴェアーレの買い出しを終えて、紙袋を片手で抱えた私はひとり歩き慣れた道を歩いていた。天気も良く買い出しを頼まれたとはいえ、良い散歩になった気がする。
住み慣れたニューヨークも100年もあればすっかり姿を変える。100メートルを越えるビルが建ったかと思えば負けじとどんどん高層ビルが建設されていき、いつの間にかコンクリートジャングルと化していた。
人間というのはたかが100年しか生きれないのに、目まぐるしく変化していくと思う。私が子供だった頃はこんな街並みを想像出来なかった。もう300年も前のことだから仕方ないのだけど。
アルヴェアーレが見えてきたと同時に煙草を吸う男の姿が見えた。
煙草の吸い殻を何処かへ消した彼は、私が持っていた荷物を代わりに持ってくれた。
これくらい自分で持てるのに、とも思ったが、そもそも買い出しについてこようとしていたのを断ってひとりで行ってきた経緯を思い出してここは素直に甘えることにした。
「ありがとう、ロニー。」
300年も経てばこの悪魔と一緒にいるのも当たり前になってしまった。昔と比べれば反発することも少なくなり、優しさを向けられればこうやって自然と笑みが零れるようになった。
「aに客が来ている。」
「私に?」
「やあ!a!」
建物の影から出てきたのは同郷の300年もの付き合いのある男だった。
「エルマー!」
人の良い笑みをにこにこと浮かべる彼は相変わらずで、元気そうだ。
私たちのように一ヵ所に留まろうとしない彼はなかなかこちらから会いに行くのは難しい。こうやって彼の気が向いた時に会いに来るのがいつものパターンだ。
ロニーはアルヴェアーレへ入っていった。積もる話もあるだろうと先に荷物を届けに行ってくれたようだ。
「アルヴェアーレでご飯でも食べて行く?」
「いや、マイザーとチェスの顔はもう見たからa、君に会ったら帰ろうと思ってたんだ。」
どうやら私が帰ってくるのを待っていてくれたようだ。
「それにしても君があの悪魔の側でもちゃんと笑えるようになってきていて嬉しいよ!」
「……何のことかしら?」
全てを見透かされたようで動揺した。あの悪魔との契約は誰にも言ったことはない。微笑むことで誤魔化そうとしたけれど、この男には何の意味もなかった。
「ほら、作り笑いになってる。俺を誤魔化せないのはわかってるだろ?君があいつを何とも思っていないのに付き合っていたのは知っていたさ。」
「……どうして、」
いつからわかっていたのだろう。スマイルジャンキーと呼ばれる彼に作り笑いをロニーに向けていることがバレてしまうのは仕方なかったのかもしれない。でもそれをどうして今更話に出してきたのだろう。
「そもそも君はマイザーのことを好きだったじゃないか。」
そうだ、この男はこういう男だった。
マイザーのことも誰にも言ったことはない。そんなすぐバレるようなこともしていないつもりだ。でもエルマーなら私の表情を見ただけでわかってしまったのだろう。
エルマーは笑顔の為なら手段を選ばない。悪魔の笑顔を見る為に私の気持ちを知っていて傍観者に徹したのだ。
「あの悪魔の本当の笑顔を見るには君が側に居た方が良いみたいだからね。」
これをもし100年前に言われていたら私はエルマーに助けを求めていたかもしれない。傍観者に徹して何もしてくれないエルマーに怒りを覚えたかもしれない。でも、今は……。
「aが素直になればあの悪魔の最高の笑顔が見られるんだろうなぁ!その時は俺がいる時にしてくれよ!」
「……お断りだわ。」
ようやくそれだけを返した所で、エルマーは嵐のように去っていった。
はあぁ、と大きな溜め息を吐いて倒れるように壁にもたれ掛かった。何だかとても疲れた。エルマーから見えた私がきっと真実なのだろう。いやでも本当はわかっていた。それに気付かない振りをしていたのだ。自分の気持ちの変化に私自身戸惑っている。
マイザーのことは今も好きだ。ただ、昔のように激しく恋い焦がれるような熱はないのだ。ロニーとの関係も昔のような嫌悪感はなくなった。隣に居ても穏やかな気持ちで居られるようになった。この気持ちの名前は何なのだろう。
はぁ、ともう一度溜め息を吐いて空を見上げると、太陽の眩しさに目を閉じた。
世界が変わる、そんな気がして。
20160519
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