「ただいまぁ。」

帰ると何時も迎えてくれるチェスの姿が今日はない。

「チェス、居るの?」

もしかしたら居ないのかも知れない、と思いつつも声を掛けながら家の奥へと足を進めた。リビングに着くとソファーに誰かが座っているのが見えた。振り向いたその人物の顔に、私は血の気が引いていくのがわかった。がたんと大きな音がしたのはきっと私が持っていた鞄を落としたんだろうけど、そんな事どうでもいいし気にしている余裕もなかった。

「久しぶりだね、a。」
「……フェる、メ……ト……。」

震えた声は上手く彼の名前を発音出来なかった。

「……どうして、……。」

どうして貴方がここに居るの?

息が上手く出来なくて、言葉が出て来ない。立っているのがやっとだった。

貴方が此処に居るはずないじゃない。貴方が生きているはずないじゃない。だって、フェルメートはチェスが喰ったんだから……。

そこで漸く私は同居人の彼が居ない事に違和感を感じた。

「チェスは……?チェスはどうしたの……!?」
「チェスは悪い子だね。僕とaの仲を裂いたんだから。だからお仕置きをしてやったんだ。もう二度と僕とaの邪魔が出来ないように、ね……。」

気付いてしまった。フェルメートの足元に、不自然に子供の服が落ちているのに。


「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


悲鳴と共に私はベッドから飛び起きた。

「ゆ、め……?」

まだ胸がどきどきしている。頬を冷汗が伝った。夢がリアル過ぎてフェルメートへの恐怖心が拭えない。
私は隣で寝ているチェスを見て、漸く少し安心した。

こんな夢、忘れてしまおう。あの男はもう居ないんだ。居ないんだから。

「a、どうかした?」

不意に声を掛けられ、私は目を見開いた。有り得ない。こんなのって有り得ない。恐る恐るチェスとは反対側を見ると、そこには居ないはずのフェルメートが居た。

「怖い夢でも見たのかい?もう大丈夫だよ、僕が居るからね。」

そう言うとフェルメートはかぶりつくようなキスをして来た。否、かぶりつくような、じゃない。本当にかぶりつかれた。かぶりつかれた唇は、そのまま噛み切られて血が溢れ出た。


「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


悲鳴と共に私は再びベッドの上で目が覚めた。

「ゆ、め……?」

今度は現実であった方が幸せだったかもしれない。
見慣れた天井。動かない手足はきっとベッドに縛り付けているんだろう。
船を降りてからフェルメートはこうやって私とチェスを実験だと言って何度も何度も殺し続けた。

何だ、夢だったんだ。チェスがフェルメートを喰ったのも、二人で暮らしていたのも、マイザーと再会したのも、フィーロもエニスもみんなみんなみんなみんなみんな夢、だったんだ……。
だってほら、何時ものようにフェルメートが笑いながら私の顔を覗き込んでいる。そして嘘みたいな甘い言葉を囁きながら私を殺すんだ。

「愛しているよ、a。」


「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


悲鳴と共に私はまたベッドから飛び起きた。

「ゆ、め……?」

もう何が何だかわからない。でも何故か理解した。

これが現実。

今までのが全て夢だったんだ。
見慣れた私の部屋、私のベッド。まわりを見渡してもフェルメートなんか何処にも居ない。
明日はアルヴェアーレに行って皆に会おう。きっと笑顔で迎えてくれるはず。

ああ何だか疲れちゃった……。急に眠気が来て、私はそのまま睡魔に負けてしまう事にした。薄れゆく意識の中で、私はある事に気が付いた。

あれ。


チェスが、居ない。




もうどれが現実




20090504
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