きみのことばはぜんぶうそ


世の中に溢れてる恋愛小説とか二次元とかである夢小説みたいな事は現実には起こらない。
現に名字のクラスメートの銀髪ちょろ毛は、一向に屋上でサボりとか煙草を吸う、なんて不良じみた事はしない。窓際の一番後ろの席で、ぼんやりと黒板を眺めながらノートをとっている。はぁ、と盛大な溜息を吐いて名字は机に突っ伏した。その瞬間、終業のベルが鳴り教師のやる気ない解散の号令と共に教室が騒々しくなる。ちらりと時計を見て、もう昼休みなのかと思ってから再び銀髪のクラスメートに視線を戻せば、彼は財布をズボンに突っ込んでから立ち上がるところだった。恐らく飲み物を買ってから教室に戻ってきて、クラスメートで部活仲間の丸井とご飯を食べるのだろう。そう思ってもう一度机に突っ伏した。


「おっ、なんか買うなら俺のも頼んだ!」
「悪いブンちゃん、今日は戻らんき、自分で買ってきんしゃい」


ピクリと名字の肩が揺れる。珍しい。今日は丸井と昼を共にしないらしい。丸井が文句を言っているが、気にも止めず彼は弁当箱を片手に教室を出て行く。置いてくぜよ、とドアのところで声を掛けて、丸井は慌てて財布をポケットに突っ込んで追い掛ける。丸井と同時に名字も身体を起こしてから、弁当と水筒を掴んで二人の後を追った。
他愛ない話をしながら歩く二人の後ろを見失わない程度に離れて追い掛ける。名字の予想通り彼は自販機で飲み物を買い、丸井もスポーツドリンクを買ってからその場で二人が分かれた。
丸井とすれ違いながら、銀髪を見失わないように少し早足で追い掛ける。人通りの少ない方へと向かう彼は、迷い無く階段を上って行く。誰かと待ち合わせだろうか、とか悪い事でもするのだろうか、と妙に高まる期待に名字は緩む顔を手で隠す。足音が止み、代わりにドアの開く音がして屋上に出たのだと理解する。一つ唾を飲んで、彼が入ったのを確認してからゆっくり自分も屋上へと出た。


「待ってたぜよ」


フェンスに寄りかかり、真っ直ぐに名字を見据えてニヤリと笑う彼に、名字は目を見開いた。


「ああ言えば名字が俺を追ってくるのは予想出来たからな。さぁ、白状しんしゃい」
「はっ、白状、とはなんの事、仁王くん」
「俺を観察しとるじゃろ」


そう、銀髪―――仁王はいやらしい笑みを浮かべて首を傾げてみせた。血の気が引いてくのが分かり、思わず抱えていた弁当箱をキツく抱き締める。バレていた。しかも、どうすれば名字を言い逃れ出来ない状況におびき出せるかも分かられている。仁王から目も逸らせず、かと言って白状も出来ずにいれば、先に仁王が呆れたように息を吐いて目を逸らした。


「別に責めるつもりはないぜよ」
「え、」
「ただ、理由が知りたい。見張られてるみたいで気味悪いしな」


気味悪い、その言葉に思わず唾を飲み込んだ。確かに、仮に自分が同じようにされていたら理由も分からぬまま見られている事に不快感を覚えるだろう。少しだけ罪悪感に苛まれ俯けば、とりあえずこっち来んしゃい、と優しいトーンで声掛けられゆっくり顔を上げる。彼は、優しい人だといつも見ていて思う。おずおずと彼の隣へと行き、顔色を伺うように控え目に見上げれば、仁王はにっこりと笑い、名字も頬を緩める。と同時に両頬を引っ張られた。


「なーんて言うと思ったか、ほれ白状しんしゃい」
「いっ、いひゃいいひゃい!!」


ぎゅーっと引っ張られる両頬の痛みに、咄嗟に仁王の胸元をバジバシと叩いて抵抗するがその手は緩まない。涙目になりつつ彼を睨み付ければ、随分と楽しそうに意地悪く笑っていた。突然痛みから解放されて頬をさすっていると、笑い声が聞こえて恨めしげに視線を送る。


「素直に観念していれば、こんな思いせんですんだのにな」
「ううう、やっぱり二次元みたいな事は三次元にないんだ……」
「なんの話じゃ」


しゃがみ込んで膝にお弁当と水筒を置き、半泣きで頬をさすりながら名字が呟いた言葉はしっかりと仁王に届いたらしい。慌てて口を抑えてぎこちなく顔を上げると、両手を構えて仁王が先程と同じ笑みを浮かべていた。


「ほ、頬は嫌!!」
「なら話すんじゃな」
「……仁王くん、煙草吸ったりする?」
「は?」
「実は中学生で一人暮らしとか、過去に何か闇を抱えてるとか、女性関係が荒れてるとか!」


堰を切ったように名字は勢い良く立ち上がり仁王に詰め寄ると、彼は目を見開いて一歩たじろいだ。


「……名字は今流行りの厨二病ってやつか」
「違います!恋に恋してる系乙女です!!」


そう叫べばあからさまに仁王が引くのが分かり、我に返って一つ咳払いをする。そんな名字に、何か思い立ったのか小さく仁王は声を上げた。


「成る程、だから謎がある俺を観察しとったのか」
「謎、というか……髪色?」


首を傾げれば、納得したのかふむ、と一言呟いて日陰に入るとしゃがみ込んで弁当を開け始めた。呆然とする名字に仁王は、座ったらどうだ、と自身の隣を促すように叩いた。先程の事もあるので少しだけ距離を開けて座り、名字も弁当の包みを開けた。


「実は髪は地毛での」
「え?」
「昔はよく虐められていたが、ブンちゃん……丸井がアレだろう?馬鹿にする奴がいなくなった訳じゃないが、ありのままでえぇと言ってくれる奴が出来たから、隠すのを止めたんじゃ」
「仁王くん……」


弁当を口に運びながら飄々と語る仁王に、思わず涙がこみ上げてくる。自称恋に恋してる系乙女の名字は分かり易いほど涙もろい。ただ丸井とバカ騒ぎしている訳では無く、名字の知らないところでそんな友情があったのかと少しばかり馬鹿にしていたのを後悔する。涙が零れる前にゴシゴシと目を擦り、仁王にごめんねと謝れば、少し目を見開いてからすぐに小さく微笑んだ。


「嘘じゃ」


仁王の一言が屋上に響く。しばし間が合ってから名字がゆっくりと顔を上げると、やはり仁王は微笑んでいるだけで聞き間違いだろうかと、もう一回、という意味を込めて右手の人差し指を立てれば、首を傾げて先程よりゆっくりと、嘘じゃ、と言った。


「…………」
「そんな顔じゃお嫁にいけないぜよ」


思い切り名字が眉間にシワを寄せれば、笑いながら仁王に眉間をつつかれる。からかわれたのだと分かり、思い切り溜め息を吐いてから簡単に騙された自身への怒りで弁当の唐揚げを少し乱暴に箸で刺した。隣からは恐い恐い、とやはり軽い調子の声が聞こえてきてキッと睨み付ける。


「A組の柳生いるじゃろ?実は血が繋がった兄弟でな。入れ替わりをするのも俺が生みの親に会えるようにという柳生の計らいで……」
「仁王くんソックリの美人なお姉さんいるの知ってるもん、はい嘘ー」
「姉貴に似せるために毎日化粧しとるぜよ」
「思いっ切り朝顔洗ってたじゃん」
「……ホント、よく見とるのぅ」
「二年の時から見てるもん」
「ほー」
「べっ、別に変な意味じゃないからね!」


仁王の感嘆の声に、慌てて先程箸に刺した玉子焼きを名字が振り回して否定するが、彼はニヤニヤと笑うだけで必死の否定も無駄だと悔しさに唸りつつ名字は玉子焼きを頬張った。


「よくそんな嘘がぽんぽん出てくるよね……」
「失敬な。まーくんはいつも清く正しく」
「はいはい」
「連れないのぅ名字。仕方がない、とっときを教えてやろう」
「とっとき?」
「真田はな、記憶障害の一種で記憶が退行していて頭ん中が十五のまんまなんじゃ。だから実際の年齢は五十一なんだが自分は十五歳だと思っとる。自分の父親をジーサン、兄弟を父だと勘違いしたまま生活しとるらしいぞ」
「……それはホントっぽく聞こえるなぁ」
「名字も酷い奴だな」


コロコロと笑う仁王に、名字もつられて笑った。名字が望んでるような秘密は仁王には無さそうだが、もっと冷たいかと思っていた彼が意外に表情がコロコロと変わり、茶目っ気があるのを知れたのはきっと良いことだろう。そう思って、もう一切れ玉子焼きに手を伸ばしたところを、突然仁王に手を掴まれる。今度はなんだと怪訝そうに見やれば、彼はニヤリと笑った。


「なぁ名字。実は俺もお前さんを見とった、と言ったらどうする」


大きく名字が目を見開らけば、仁王は掴んでいた彼女の手の先にある玉子焼きを迷わず食べる。


「隙有り」
「っ、仁王くんのバーカ!!」


顔を真っ赤にして名字が叫ぶと、小学生みたいだ、と仁王が楽しそうに笑った。からかうための嘘だと思っているのに、否定の言葉が出ない事も、彼に掴まれている右手を振り解けない自身にも戸惑いが隠せない名字だった。