5センチ先にある手に触れる勇気


酷いものだ。
衣替え、と仕舞い込んだ夏服を朝から再び引っ張り出す羽目になるとは思わず、今日の暑さによって溢れる額の汗をリストバンドで拭った。隣を歩く幼なじみの名字も気分的なものだろう、手をパタパタとさせて仰いでいる。

(せっかくのチャンスだったのに暑いとやる気にならないだろぃ)

チラリと見やるその先には彼女の手がある。気付かれる前に視線を外し、誤魔化すようにあーと唸った。今日の丸井にはある目的がある。

(今日こそ手ぇ繋ぐ…!)

グッと拳を握りしめて気合いを入れると、隣で名字が首を傾げた。
2人はまだ付き合っていない。しかし周囲からはカップル認定されており、名字も丸井も否定したことはない。そんな不思議で微妙な関係だが、丸井としてはどうにか打破したいと思っていた。その一歩が「手を繋ぐ」だなんて我ながら情けない話だが、幼なじみでずっと一緒にいたのだ。今更手を繋ぐなんて、意識してしまうと気恥ずかしいものだ。


「ブン太、キャラメルポップコーン食べる?」
「おー」


そんな丸井の思いなど知りもせず、自由な名字に小さく溜め息を吐いた。先を駆けてポップコーンを買っている名字を見つめながら、自身は自販機へと向かう。今日は暑いから炭酸を飲むだろう。目に入ったオレンジの炭酸のボタンを押す。取り出し口に手を伸ばして取り出してから、自分用に水のボタンを押す。と同時に背中を押され、顔を向ければ名字がポップコーンを抱えて笑っていた。


「炭酸で良いだろぃ?」
「うんっ!はい」
「ん」


炭酸を見せると大きく頷いてからポップコーンを丸井の口へと運ぶ。彼も口を開け当たり前のように食べ────いわゆる「アーン」をしてから、水を取り出した。
ハタから見れば恋人同士のような行動をしているのに。

(手ぇ繋いだり、とかはしたことねぇんだよなー)

ただ、カップルらしく手を繋いでデートしたいだけなのに、妙な恥ずかしさが邪魔をして、かれこれ一カ月はモヤモヤとしているのだ。丸井を焚きつけた仁王もあまりのヘタレぶりに、呆れながらも今日の遊園地のペアチケットをくれたのだ。
昔は手を繋いで遊んでいたのだ、出来ない訳がない。


「ジェットコースターでも乗って涼もうか〜」
「おー…」


生返事で答えると、名字は踵を返して歩き出した。その後ろを同じ歩幅で歩き出す。水を後ろポケットにねじ込んで、先程手渡されたポップコーンを口へ運びながらジッと名字の右手を見つめる。
この手を掴んで、男らしく手を引くことが出来たなら。
食べる手を止め、左手に抱えていたポップコーンを右に抱え直す。グッと息を飲み込んで、左手をゆっくりと名字の右手へと伸ばした。


「ブン太!あれっ、あれ乗ろっ!!」


あと5センチというところで突然振り返る名字に、思わず手を引っ込めて、小さく、おうと返事する。やった、と走り出した名字の背に、盛大な溜め息を吐く丸井だった。

(いつになったら繋げんだよぃ…!)

5センチの距離は当分縮まらなさそうである。




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丸井ブン太