3割引のプレゼント


眠気のピークを迎える午後の授業。欠伸を飲み込み堪えてみるが僅かに漏れ、より一層眠気を引き寄せただけだった。前の黒板を見ると、視界の端々に船を漕ぐ者や既にうつ伏せ寝に入る者も少なくない。教師も咎めるつもりはないようで、名字も居眠りしてしまおうかと考えるが、この教師は咎めはしないがお構い無しに授業を進め、一番クラス中が聞いていないところをテスト範囲にするような人だった、と思い直して教科書に向かう。欠伸をかみ殺してルーズリーフを準備しようと机を漁る。が、見当たらない。首を傾げてみるが出てくる訳もなく、鞄の中も確認してみる。しかしやはり目当てのルーズリーフは無く、名字はううんと頭を捻った。板書は全てルーズリーフにしているのだが、午前の授業は実験に体育に、といった調子でルーズリーフを使わずにいたので無いことに気付かなかったのか。しかし、持ち帰った記憶もない。まだ大して使ってなかったのに無くしてしまったのか、と溜め息を吐くと視界の左端にルーズリーフが見えた。顔を上げてそれを見ると、隣の席の千歳が真新しいB5のルーズリーフを差し出していた。


「困っとっと?」


ぼんやりとルーズリーフを見つめる名字に、千歳は微笑んでからほい、と彼女の机にそれを置いて再び黒板へと向き直った。開封された形跡も無いそれは名字のものではない。という事は千歳の私物だろう。封が切られていないものを開けるのは躊躇われたが、早くしなければ先に書かれた辺りが消されてしまうだろう。教師の様子を見てからルーズリーフに視線を戻して、そっと手を伸ばす。ペリペリ、と真新しい糊の剥がれる音に申し訳無くなりつつ一、二枚だけ取り出すと封を閉じてから千歳の机へと返した。


「ありがとう」


置かれたルーズリーフをぽかんとして見つめる千歳に小さくお礼を言ってから黒板に向かえば、左腕に何かが当たり、驚いて腕を引いて其方を見ると、返したはずのルーズリーフが再び置かれていた。一体何故、と名字が隣の彼を見れば先程同様、彼は微笑んでるだけで戸惑う。


「や、あの、もう大丈夫…」
「次の授業も名字はルーズリーフで受けとう、それだけで足りんと」
「うっ、そう、だけど」
「それ安かもんったい、受けとっとー」


へらりと笑ってから黒板を指差して、あと四分二十一秒で消される、と言われ慌てて机に向かった。千歳のコレが超能力なのかまぐれなのかは分からないが、隣でいつも聞いている名字には信用に足るもので、つまり本当にあと四分ほどで板書は消されるのだろう。言いたい事は山ほどあるが今は写さないと、と気持ちばかり焦る。どうにか教師に追いつき、一息吐いたところで隣の彼を見れば窓の外を眺めて余裕である。ちゃんとノートをとっているのだろうか、と思いつつそれよりも聞きたい事があるのだと出かけた言葉を飲み込んで、彼の名前を呼んだ。


「もう良かね?」
「何とか追い付いたよ、ありがとう」
「そげん大した事してなか」
「いやいや、助かりました」


だから、と続けて差し出したルーズリーフはやんわりと右手で押し返されてしまい、再び名字の手元へと戻ってきてしまった。むう、と膨れると千歳は手元のルーズリーフの端に何かを書いてから、そっと名字の机に乗せた。見れば、368と数字が並んでいて訳が分からず首を傾げると、千歳が肩肘をついた状態で黒板から名字へ視線を移した。


「百枚入りB5サイズ368円の3割引、257円ったい」
「安っ!」
「名字ー、流石に声でかいでー」


思わず大きくなった声を教師にツッコまれ、教室に笑いが起きる。小さく謝ってから恥ずかしさで俯く名字に、隣の千歳もくつくつ笑うのが視界に入って、千歳くんのせいなんだぞ、と文句を飲み込んで改めて手元のルーズリーフを見る。安いのだからあとでお金を払えばいいだろうか。そう思って千歳を見れば、目が合った。


「名字この前誕生日だったと、プレゼントなら良か?」
「えっ、う、ううん…?」


確かに誕生日は既に迎えているが、今更という気がしないでもない程に日は経っている。素直に受け入れるには体よく言いくるめられている気がして首を捻れば、気にせんと良かよ、と千歳は笑った。そこまで言うのならあまり言い合うのも気を悪くするだろう、ともう一度お礼を言ってから千歳から目を逸らし、ルーズリーフを机にしまった。


「ばってん、プレゼントにしては安か。だけん、今週末に名字の好きなとこ一緒に行かんね」
「うん。……うん?」


流れで返事をしてしまったが、間違い無ければ週末に二人で出掛けようと言われた気がする。そう気が付いて千歳に向き直り聞き返せば、にっこり笑った彼が、約束ったい、と言ってから教師の方へと視線を戻してしまった。
千歳の意図が分からず、しかしこれはデートなのではないかという考えが頭の中を駆け巡り、名字は貰ったルーズリーフに授業の内容ではなく、行きたい場所や当日の服装を書き殴り、頭を抱える事になるのだった。