雨の日だけの約束


傘を振り回す子供にそれを咎める母親。それを横目に名字は雨の中を歩いていく。
今日は昼頃に雨が降ると最近当たらない天気予報で言っていたが、今日という今日は当たりのようだ。太陽が出ている中、傘を持つのは気が引けたが持ってきて良かった、とどんよりとした空を仰いだ。


「あ、」
「うん?」


不意に聞き慣れた声がして視線を下ろす。数メートル先の軒下に見慣れたクラスメートの姿。


「財前、くん」


声が少しだけ上擦る。
まさか、まさかこんな休日に気になってる人に出会えるとは。ガッツポーズしたい気持ちを抑え、恐る恐る彼に近付くと、ジッと名字を見つめていた財前が、ゆっくりと口を開く。


「名字やー」


表情を変えずに、ぽつりと呟かれたそれは間違いなく彼女の名で、驚きと気恥ずかしさで変な声を漏らす。するとどないしたん、と彼が問い掛けた。


「名前、知ってた、の?」
「クラスメートの名前くらい知っとるで。馬鹿にしてるん?」
「う、ううん!違うの、嬉しくて!」


むすっとする財前に慌てて首を横に振って答えると、なんやねんそれ、と彼は微かに笑った。いつも見ているだけの人と話をしている、その事実に名字は頬を緩ませる。


「財前くん、は雨宿り?」
「……せやで。他に何に見えるん?」
「そ、そうだよねごめん……」
「別に謝る必要はないやろ」


財前を怒らせてしまってるだろうかと不安に思うが、会話が思っているより続いているので大丈夫なのだろう。
しばらく会話をしてから空を見上げると、雨足が止む気配は無く小さく息を吐く。すると財前も同じ事を考えていたのか、ため息が聞こえた。財前に視線を移してから、あ、と声を上げると財前も空から名字へと視線を移した。


「名字?」
「あのね、財前くんこれ使って!」


そう言って手にしている傘を軽く上下に振る。雨粒が跳ねて自分に掛かったが、特に気にせず一歩財前へと近付く。当の財前は、きょとんと名字を見ていた。


「……それやと、名字が帰れんやん」
「………」
「考えてなかったんやな」
「だ、大丈夫!だからこれ使って!」
「あんなぁ、……」


呆れた表情で呟いた財前が、ふと考えるように口元に手を当てる。考え込む彼を、名字が訳が分からず首を傾げて見ていると、急に目が合った。


「やっぱ、借りるわ」


ん、と手を出して小首を傾げる財前に、我に返った名字は傘を差し出しながら財前と入れ替わるようにして軒下に入る。
つもりが、彼に腕を掴まれる。驚いて彼を見ると、右手に傘を持ち左手は名字の左腕を掴んでいた。


「え、え……?」
「ほな行くで」
「行く、って何処、に?」
「名字んち」


その一言に目を丸くする。そんな名字をよそに、彼女の手をひいて雨の中を歩いていく。


「えぇぇえ、うち何もな……!」
「別にお邪魔するとは言うてへんで」
「あ、ですよ、ね」
「あがってえぇんやったら雨あがるまでお邪魔するけど」
「……や、無理です。恥ずかしくて耐えられない」


首を横に振る名字を見て、なんやねんそれ、と財前は笑った。初めて見る笑った顔に恥ずかしさで目を逸らす。逸らした先に、未だに掴まれたままの自身の腕が見えた。
そこでようやく、一つの傘に2人で入っている、所謂相合い傘をしている事に気付き、慌てて顔を上げる。


「ざ、財前くんっ、腕っ」
「ん?あぁ、痛かってん?」


悪い、と手を放され小さく頷く。立ち止まり、自身を見下ろしている財前を名字も見上げる。


「名字、」
「な、に?」
「俺と歩くん嫌なん?」
「いっ嫌じゃない!」


むしろ嬉しい、と財前が傘を持つ手を握ると、彼は一瞬驚いてからふいと目を逸らした。


「せやったら、行こうや」


再び歩き始めた財前に、慌てて名字も歩き出す。しばらく無言で歩いてると財前が、あんな、とぽつりと呟く。
顔を上げて彼を見れば、財前は横目に此方を見ていた。


「次に雨降ったら」
「うん」
「今度は俺が傘入れたるわ」
「う、ん?」
「せやからこの傘借りてくで」


だから、家まで送ったる。
そう言われ、今度は名字が目を丸くした。無言の間にしとしとと雨音が響いている。何だかよく分からないが、また雨の時に一緒に歩いてくれるのだろうか。財前の考えは分からないが嬉しさに笑みが零れた。


「じゃあ、その次は私が入れてあげるね!」
「それ、無限ループになるやんか」
「え、また財前くん入れてくれるの?」
「しゃーないから入れたるわ」


ひょいと名字が手にしていたスーパーの袋を取り、呆れたように息を吐く財前に名字はありがとう、と笑った。




(話す、きっかけが欲しかっただけや)

隣で笑っている名字を横目に、財前は口元を緩める。雨の日だけの約束を交わしたので、取り敢えず話し掛ける理由は手に入れた。あとは、自分の頑張り次第だろうか。
いつかは雨が降らなくてもこうして隣を歩けるようにと、思いながら財前は空を見上げた。



- - - - - - - -
互いに片思い。