雨の中咲き誇る君の、


(あぁ……やっぱり本降り……)

生徒玄関前。彼女、名字名前はぼんやりと降り注ぐ雨を眺めていた。傘が無い、という訳ではなく、朝は降っていなかったのに勢いが増していく雨を見て、帰宅出来ずに困る生徒もいるのだろうなと考えていた。


「あー!」


突然の大声にビクリと肩を揺らす。声のした右手側を見れば、自身の横に背の高い、多分運動部であろう男子の集団が集まっていた。


「傘持ってねぇ……」
「おー、そりゃ大変」
「……凛、ぜってー思ってないだろ」


顔を顰める甲斐の横で傘を準備する平古場が軽く返す。あまり人が得意では無い上に男子の集団に、名字はつい後込みして一歩後ろに下がった。後から来た二人も空を見上げたりと、名字の存在に気付いていないようで完全に帰るタイミングを見失ってしまった、と玄関前を塞ぐように立つ彼等の肩をちらりと見つめる。


「知念、入れて!」
「折り畳みだから無理さぁ」
「先に言いますが俺も同じですよ」
「…………りーんー、」
「イキガ(男)と相合傘なんてすっかよー」
「やー、ひでぇ!!」


甲斐の弄られぶりに笑いそうなのを堪えながらふと自分の鞄を見る。普通の傘を持ってきているので、普段から入れてある折り畳み傘が一つ余っている。だがしかし、名字に自分から話し掛ける勇気もなく一つ溜息を吐き、視線を四人から空へと移す。
ぼーっと空を見つめていると、視線を感じてそっと其方を見れば、甲斐と目が合う。


「急に降ってくるなって感じさーね」
「え?あ、は、はい」


へらりと笑って突拍子も無く甲斐が話し始め、声を掛けられるとは思わず戸惑いながら返事をすると、他の三人も名字の方を見たので取り敢えずお辞儀をしておく。突然話し掛けられた理由が分からず小さく首を傾げれば、平古場が気怠げに名字の手元を指差す。


「裕次郎、うり傘持ってるどー」
「はー!?マジ!?」
「ちゃんと見なさいよ」


丁度死角になっていた名字の左腕にかかる傘を見て驚く甲斐に、木手が呆れたように零す。名字を傘を忘れた仲間だと思っていた甲斐は大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。


「やっぱり(わん)だけかよー」
「ふらーやし、しゃーない」
「はぁ……仕方ねぇ走るかー」


そう言って立ち上がると、甲斐は自分の鞄を知念に渡した。
───もしかしなくとも、彼は本気でこの雨の中を濡れて帰るつもりだ。
と、この場にいた四人は思った。
知念と木手は呆れるしかなく、平古場は甲斐に見えぬようにしながら肩を震わせ笑っており、名字は何だかんだ言いつつも平古場が傘に入れていくのだろうと思っていたので予期せぬ事態に目を丸くする。しかし当の本人は四人の様子に気付く気配も無く、一人雨足の強くなる空を見上げていた。


「じゃあ行くさぁ」
「おー、てーげー行ってこいよ裕次郎」


先程まで笑っていた平古場が微塵もそんな素振りも見せずに見送るのを、さっきまであんなに笑ってたのに、と感心するように知念が小さく呟いて、木手は面倒なので放っておこうと我関せずと自身の傘を取り出す。


「あ、あの」
「あい?」
「良かったらどうぞ」


そんな様子を見かねて名字が持っていた傘を差し出せば、彼女と彼女の持つ淡い水色の少し大きめの傘を交互に見つめた後、甲斐が呟く。


「いいって。それ借りたらやーが帰れなくなるやんに?」
「だーるー(そうそう)。くにひゃーなんて濡れても平気だばーよ」
「はぁ!なんでよ!」
「あ、いえ、もう一つ傘持ってるので」


喧嘩になりそうな二人に、そう慌てて、差し出していた傘を一度手首に掛けて、鞄の中から持っている傘と同じように淡い水色の折り畳み傘を取り出して見せる。平古場と、彼の胸倉を掴んでいた甲斐がじっと折り畳み傘を見つめてから顔を見合わせる。


「なら、(わん)そっちで良いって」


困ったように眉を下げて甲斐が折り畳み傘を指させば、名字は小さく首を横に振って微笑む。


「だってコレじゃ濡れちゃいますよ」
「なんでね?」
「私より体格大きいから、傘も大きい方がいいですよ」


知念の問い掛けにそう答えて、だからどうぞ、と持ち直した大きい方の傘を甲斐に再び差し出せば、戸惑いながらも受け取る。受け取って貰えた事にほっと息を吐くと、名字は折り畳み傘を広げて、それじゃあ、と四人の横を通り抜けていく。その横顔に呆然としていた甲斐がハッとして声を上げる。


「が、学年とクラス!」


傘を返さなければと咄嗟に出た言葉に、雨の中で傘を揺らして名字が振り返る。名前も、と木手が付け足すのに甲斐が大きく頷けば、名字は花が咲くようにパッと笑った。


「名字、三年五組の名字名前です」


そう答えると、一つお辞儀して雨の中を駆けていった。
その背中をただ見つめていた甲斐の肩に、平古場が肘を乗せて感嘆の声を洩らす。


「でーじいい子やっさー」
「普通渡しても折り畳みの方ですからね」
「ずっと敬語だから後輩かと思ったさぁ。同い年だったねぇ」


思い思いに話しながらも自分達も帰るかと、傘を広げたりしている中、甲斐は未だに見える小さくなっていく彼女の背中を見送ってから手元に残った傘を見て、彼女の笑顔を思い返すようにその名前を呟いた。