ハッピーサマーバレンタイン


今日という日が特別な日になればいいと思いながら、祭囃子に耳を傾ける。日が延びた八月十四日の今日この日、近所で行われる盆踊りに少し胸が高鳴るのは待ち人の姿がまだ見えないからだろうと幸村は目を伏せた。
彼女は、いつだって自分を支えてくれていた。病気で倒れた時も、治らないと言われ日に日に動かなくなる体に心が折れそうになった時も、いつだって彼女は隣に寄り添ってくれたように思う。それが幸村にとってどれだけ感謝しても足りない、そしてかけがえない感情を与えてくれただろうか。肌に張り付く服の感触に額の汗を拭って、僅かに吹く風に身を預ける。日は傾き始めていて、待ち合わせの時間が近い事を知る。余程気が高まっていたのだろうと早く着きすぎた少し前の自身を思い出して笑った。


「幸村くん!」


名を呼ばれ、顔を上げれば待ちわびた人の見慣れぬ姿に胸が高鳴る。耳に掛かる髪をかきあげながら驚いた顔をしている少女に少し合ってから微笑みかける。


「嘘、待たせちゃったごめん」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。それより」
「なぁに?」
「浴衣、似合ってるね」


小走りで自身に近付く彼女に首を傾けてそう言えば、少女―――名字はにかんでから俯いた。行こうか、とカランと音を立てて歩き出した名字の後を追って隣を歩き出す。歩幅はいつもの彼女より狭く、それすらも愛おしく思えた。


「幸村くんは何か食べたいものある?私はね、焼きそばとりんご飴!」
「そっか、出店も少しあるんだよね」
「そう!」


まるで夏の晴天の下の向日葵のようだと、部活仲間の誰かが言っていたが本当にそれくらい彼女の笑顔は眩しかった。咲き誇るような笑顔も、優しく慈愛に満ちた笑顔も、幸村は好きだった。盆踊りに二人で行く事になったのは、それこそチームメイト達の粋な計らいのお陰であり、彼等にはいつも支えられていると心からの感謝が溢れる。情緒的になるのはこの暑さのせいなのだろうかと、楽しげにこれからの予定を語る名字を見つめて思う。


「……なんかさ」
「ん?」
「幸村くんと、こうしてお祭り来れるの、照れるけど嬉しいね」


不意に黙り込んだと思えばぽつりと零す名字に幸村は目を丸くする。その表情は照れるというより少し泣き出してしまいそうに見えて、何となく察する。あぁこの少女は病気に伏せていた俺を思い出しているのだろうと。そして同時に、彼女はやはりとても強くて優しい人なのだと知る。押し潰されそうな恐怖を皆に悟られぬように笑う彼の弱さを、その優しさで溶かして包んでくれたのだ。


「……うん、そうだね。名字と二人で来れて良かった」


わざと、二人で、と付けて言うが彼女は特に気にも留めずそうだねと笑った。
再び歩き出して、通りかかる出店で名字のお目当ての物を買いながら祭囃子の中心である櫓へと進んでいく。チョコバナナの屋台が目に入り、ふと今日の部活でチームメイトであり後輩の切原が話していた事を思い出す。

『今日は、バレンタインの半年後って事でハッピーサマーバレンタインデーなんスよ!』

ハッピーサマーバレンタイン。
夏にチョコなんて暑さで溶けてしまいそうだ、と呆れた声が上がっていたのを思い出しながらその響きに何となく意識してしまう。今ならば言えるだろうか。感謝してもしきれないこの気持ちと名字に対する想いを、幼子のように素直な気持ちで言えるだろうか。


「幸村くん、ごめん私一人ではしゃいじゃった」


不意に名字の声で我に返る。申し訳なさそうに眉を下げる彼女に、首を横に振ってから彼女の手にいつの間にか増えていたたこ焼きの入ったビニール袋を受け取り再び歩き出した。随分と思考の海にいたらしい。名字が櫓を指差して楽しそうに話し掛けてくれるのは、幸村とこの夏の思い出を共有したいと思ってくれているからだろうと、そう思うだけで愛しさが溢れる。

(二月まで我慢なんて、出来るわけがない、か)

思わず零れた笑みに名字が不思議そうに彼の名前を呼んだ。
伝えたくて、堪らない。恥ずかしさよりも、想いが募っていく。


「ねぇ名字」
「ん?何、幸村くん」
「俺ね、」


君が大好きなんだ。
振り返る彼女の耳元に口を近付けてそう伝えれば、みるみると真っ赤に染まる名字の顔に嬉しそうに幸村は微笑んだ。