09



風が心地良い夜。
瓦礫の上に座り込み月を眺める。今日のように月が綺麗な夜は故郷の事を思い出す。童虎さんに出会ってから…家族を失ったあの日から、もう一年が経つと言うのに未だに鮮明に思い出す。聖域に来るまでの間に、何度うなされただろうか。いや、聖域に来てからも、うなされて目が覚める。今日みたいに。
月を仰いで息を漏らす。


「なぁ」


突然掛けられた声に振り返る。月明かりに照らされた青い瞳が真っ直ぐと私を見つめていた。


「なんだ。泣いてんのかと思った」
「……誰」
「レグルス!あんた、リンだろ!」


よろしくな、と笑う彼に目を丸くする。なんで、私の事を知ってるんだろう。ぼんやりとしていると、耶人がそう呼んでたからと彼が言った。成る程、同期なのか。耶人達は私に絡んでくるから覚えているが、他の同期の事など覚えていない。というより、ほとんど訓練に参加しないから周りも私にわざわざ関わってこないのもあるのだろうけれど。
視線を月へと戻すと、小さな掛け声と共に彼は私の真横へとやってきた。ちらりと横目に見れば、彼は月を見上げていた。一番高い場所に座っていた私は隣に立つ彼を見下ろす形になり、再び月明かりに照らされた青い瞳に目を奪われる。真っ直ぐな、眼だ。ジッと見ていたら私の視線に気付いて彼が此方を見て笑った。


「ずっと、話してみたかったんだ。あんまいないし」
「あぁ…まぁ」


聖闘士になりたいと思ってないから、とは言えず口を噤む。此処にいる者は皆、女神のために集い聖闘士を目指している。恐らく彼もそうなんだろう。そんな人に、聖闘士になりたくないとは言えない。
闘士達に、小宇宙に目覚めているのに何故、と妬まれているのは知っている。だから聖闘士になりたくないと口にした事は無いし、かと言ってサボり癖を直すつもりも無い。そんな私が同期達に避けられているのは分かるが、わざわざ話したいなんて言われたのは初めてだ。首を傾げれば、彼も首を傾げた。


「何?」
「…なんで、レグルスくんは私なんかと話したいのかなって」
「なんでって…みんなと違うから?」
「違うから…」
「うん。俺、全部見ないといけないから」


全部を見る。見るって、なんだろう。思わず眉間にしわが寄るが彼はそんな私を気にせず笑った。
不思議な人だと、思う。無邪気な表情は同じくらいか年下を思わせるのに、あの青い瞳を見たときシジフォスさんと初めて出会った時を思い出した。全てを包み込んでしまいそうな、優しい瞳。何故か、似ていると思った。目を伏せると顔を覗き込まれ、驚いて少しだけ後ろに下がる。


「リンは何してたんだ、こんな夜中に」
「え、あ、んーと…家族を、思い出してた」
「へぇ…。やっぱ悲しいよな、会えないって」


会えない。
何だかその言葉が胸を締めつける。そうか、もう、会えないんだ。父さんにも母さんにも、弟にも。


「でも、リンはまた会えるんだろ?」
「……」


パッと顔を上げてそう言うレグルスくんに答えない代わりに少し目を伏せると、彼は困ったように頬を掻いてからまた月を見上げた。


「…俺はさ、ずっと探してるんだ」
「なに、を?」
「父さん!自分は世界の何処にでもいるんだって言ってた。だから、いつも目を凝らして沢山の人を、世界を見て覚えて、強くなっていくんだ。そうしたらきっと、父さんに会えるから」


世界の何処にでもいる。昔、母さんが私に話してくれた話を思い出す。人は命を落とすと、大地にも、海にも還るのだと。
(でも、それじゃあ。それじゃあまるで、彼のお父さんは)
俯いて小さな声で謝ると、なんでと不思議そうに首を傾げた。


「私の家族は、死んじゃった。家族だけじゃなくて、ずっと暮らしてた町も、みんな、目の前で無くなっちゃった」


ぽつりと零せば、今度は彼が小さな声でごめんと言った。首を横に振って笑うと、あの真っ直ぐな瞳が私を見つめる。


「リンは、泣いた?」


真っ直ぐな瞳と同じくらい真っ直ぐな言葉。そういえば、声を掛けられた時も泣いていると言われた。もう一度、沢山泣いた?と聞くレグルスくんに、少し考えて空を仰いでから首を横に振る。


「泣いたこと、ない」


あの時の事を何度も何度も思い出すのに、涙脆い方なのに家族の事で、あの日の事で泣いた事は一度も無かった。今も尚、夢でまで私を苦しめるのに。綺麗な月は私と彼を照らす。ふと、彼はどれだけ苦しんで泣いて、一人でこの空を見上げたのだろうと思った。
なぁ。最初と同じ様に声を掛けられ、なに、と彼を見れば考えるように唸ってから私を真っ直ぐと見た。


「俺がいるから、泣いていいよ」


なっ?とへらりと笑う彼に私は目を丸くする。泣きたいのは私ではなく、彼の方じゃないだろうか。そう思うと何故だか胸が痛んだ。


「ありがとう、レグルスくん」
「……おう!」


眩しいくらいの笑顔が自然と出来るようになるまで、一体どれだけの時が必要だったのだろう。泣いてもいいよと他人に言えるようになるには、どれだけ泣いたのだろう。
(私と、違って)
故郷を失って直ぐに、笑ってのうのうと生きて、生きる理由も分からずにただ生活する私とは違って。
やはり自分のための涙は出なくて、苦笑いする私の背中をレグルスくんは優しく撫でてくれた。