お嬢と友達になりたい。
そう言った気持ちに嘘はないし、シジフォスさんが禿げそうだからどうにか出来たらって思ったのも本当だ。それに、星詠みの神子だかなんだか知らないけどお嬢はお嬢だ。気が合って一緒にいて楽しくて可愛い女の子。あの日―――お嬢に再会してシジフォスさんに許可を貰って遊んだあの日以来会えてなかったけど、今日シジフォスさんに呼ばれて数日振りに会えるんだ!と喜ぶくらいにはお嬢が好きだ。今更、やっぱ友達になれないとか言わない。
だが、だがしかし、
「君がリンか。こうして会うのは半年ぶりだろうか」
セージ様…教皇様からお呼び出しされている今、私なんぞが友達でいいのだろうかと疑問通り越して不安しかないのだけれどどうだろうか。緊張して変な汗は出るし、上手く答える事も出来ずにとりあえず、はい、と俯いたままやっと声を絞り出すと、そう緊張しなくとも、と優しい声が降ってきた。無理です緊張はします。
今日、シジフォスさんに連れられて訳も分からず通された部屋は教皇の間で、教皇様によく来た、と声を掛けていただいた瞬間、自分でも驚く速さで土下座したのは教皇様とシジフォスさんに笑われてしまった。だってお嬢に会えると思って後ろを歩いてたら教皇の間とか思わないじゃん。一度来たことあるだろ、とか童虎さんとか耶人とかに言われそうだけどそれは言いっこ無しだ。半年以上前の事なんか私が覚えてる訳ないでしょうよ。
「今日此処に来てもらったのは、無論シホリ様の事でだ」
「は、はい」
「シジフォスから聞いたが、シホリ様の素性を知っているな」
「…星詠みの、神子…?って事、しか」
素性と言われて、思わず顔を上げて首を傾げると、教皇様がふむと口元に手を当てて私を真っ直ぐと見ていた。いや、兜?を被っているから顔はあまり見えないけど、多分私は今見つめられている、はず。ちゃんとお顔見るのは初めてだけど、二百歳超えてるとか嘘だ、イケメンだ絶対。しかも私きっと好きな顔だ。そこまで考えてから、我に返って慌てて下を向く。クックッ、と笑う声が聞こえて何だか既に帰りたい気持ちでいっぱいなんですが。あと顔が熱い。不意に教皇様に名前を呼ばれ、今度は一息入れてから落ち着いて返事をする。
「星詠みの神子とは、星々から吉凶を詠み、神々や精霊の声を聴く者だ」
「は、はぁ…?」
「シホリ様はお前と同じ東洋の島国で生まれ、とある村から一歩も出た事がなかったと言う。小宇宙に目覚めたそのお力は悪用されてはならぬ。故に聖域にお迎えしたのだ」
それは、ちょっと驚きだ。まさかの同じ東洋生まれ。成る程、確かに私も一歩もって訳ではないけれどあまり遠くに行った事はないし、遠出しない種族なのかもしれない。でも、今も聖域から…むしろ聖域の中すら知らないようだったから、同じように外の世界を知らない生活をするなら故郷の村に居た方が家族とも入れたんじゃないだろうか。そんな私の心を見通しているのか、教皇様は続ける。
「一歩も、と言うのは比喩ではない」
「ひ、ゆ?」
「シホリ様は牢獄のような部屋に一人閉じ込められていたのだよ」
「は?!何」
それ、と続く言葉は、教皇様とシジフォスさんの視線で徐々に勢いを失っていく。しまった。ついいつものノリで話してしまった。小さな声ですみません、と謝れば、気にする事はないと優しい言葉を掛けて頂いた。教皇様は心が広い御方だな。
しかし、そうなると疑問は色々ある。聞いても、いいのだろうか。他人が口を突っ込むなとか言われないだろうか。ちらりと視線を送ると、聞きたい事があるのだろう?と促されてしまった。少し悩んでから、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「えっ、と…お嬢、じゃなくてシホリちゃんは、家族、とかは」
「シホリ様自身知らないと話していた。気付いた時には一人で部屋に居たと」
教皇様が言うには、毎日代わる代わる誰かしらが食事を運び、水浴びをして星を詠む。そんな日々を同じ部屋で過ごしていたという。任務で偶然通りかかった聖闘士によって、シホリは聖域に連れて来られたんだと。
「各地で、星詠みの神子を探す連中が町を破壊していると報告があった。それで遠くても十二宮より外には出さなかったのだが」
そう続けて話すシジフォスさんが困ったように笑った。成る程、つまり私と出逢った日は十二宮の外に勝手に抜け出したところだったのか。十二宮より外、って事は黄金聖闘士以外の聖闘士は会う機会は少ないし、多分その村の連中からお嬢を守るために秘密にしてるから、教皇様とシジフォスさん以外の聖闘士が星詠みの神子の存在を知る事はないんだろう。だからシジフォスさんがわざわざ探しに来たりしていたのか。
だけど、これで私が教皇の間に呼ばれた理由が分かった。
「私が、シホリちゃんから星詠みの神子だって聞いちゃったから、呼ばれたんですね」
そう顔を上げれば、少し驚いた顔をしてから教皇様が頷いた。
隠していたのに、こんな一介の候補生が知ってしまった。きっと、友達になりたいと言ったあの日も、シジフォスさんの中ではその場限りの話し相手のつもりだったのに、私が星詠みの神子を知っていたから驚いたんだろう。しばらく私も二人も口を開く事はなく、無言が続く。俯いてキュッとキツく口を結ぶ。
「誰にも、話しません」
ぽつり。静かな空間に私の声が響く。
「シホリちゃんが星詠みの神子って事…秘密なら、誰にも話しません。彼女に近付くなって言うなら、もう二度と近付きません」
「リン…」
「でも、」
そこで息を吸い込んで、意を決して顔を上げる。
「お嬢の事を、ずっと友達だって思ってても、いいですか?」
きっと、今の私は凄い泣きそうな顔をしているんだろう。口にしたら、なんでかお嬢のコロコロ変わる表情が浮かんできて、更に悲しくなってきた。込み上げてきたものを抑えようと、腕で顔をゴシゴシとこする。
本当に会ったのなんて二回だし、ちゃんと話した時間だって短かったけれど、それでも私はお嬢の事を友達だと思っているから。初めて此処で出来た友達だから。教皇様とシジフォスさんに涙を見せないようにと、俯いて鼻をすする。
「教皇様は、そんな事を言わせるためにお前を呼んだ訳ではないよ、リン」
そっと肩に添えられた手と同じくらい優しい声に、思わず顔を上げて目を丸くする。私を見つめるシジフォスさんの青い瞳が柔らかく細められて、教皇様の方へと視線を移す。つられて視線を向ければ、いつの間にか席を立ち上がっていた教皇様が此方へと歩み寄っていた。
「お前を呼んだのはな、リン。シホリ様の事を知った上で、他の聖闘士や候補生達に隠し通せるのか見極めたかったのだ」
「へ、え…?」
「だが、それも必要なさそうだ。シホリ様も、良い友人を持った」
つまり、それは。
パッとシジフォスさんを見れば、彼は笑ってシホリ様をよろしく頼む、と私の頭を撫でた。まるでお嬢をお嫁に貰うみたいだな、なんて思いつつ、安心したら涙が溢れてきて。それでも嬉しくて笑ったら、傍まで来ていた教皇様が微笑みながら零れ落ちた涙を指で拭ってくれた。やっぱりイケメンだ教皇様。
