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聖域の奥。
アテナ、教皇、そして黄金聖闘士達しか踏み入れる事のない場所で星詠みの神子であるシホリは過ごしている。ひょんな縁でお嬢と仲良くなった私は例外としてその場所に入る事を許されているが、いつも外の庭園から先の、星詠みの塔という建物の中には入らずにいる。 お嬢は大丈夫だと言うが、やはりこんな只のサボりには恐れ多くて建物の中は遠慮してしまうのだ。実際、会いに行くのもこっそり忍び込んでいる。
そういえば、一度鉢合わせた黄金聖闘士さんに不審者だと攻撃されそうになった事があった。シジフォスさんが来なかったら私は手酷い怪我をしていただろう。あの時はシジフォスさんにも、侍女が案内してくれるから正面から堂々と入って来なさいと怒られたが、耶人達にまた妬まれるネタが増えるからと結局お嬢が使っていた逃亡ルートを使っているのだ。
そして今。


「よォ」
「…こ、コンニチハ」


あの日の黄金聖闘士さんに出くわしてしまいました。しかも、人が壁に出来た穴から這い出てる最中にとか、これはちょっと本気で攻撃されるんじゃないだろうか。また不審者扱いされてもおかしくない状況に、引きつった笑顔で挨拶すると、黄金聖闘士さんは私の視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。


「……」
「……」


何でなんも言わないのねぇちょっと。目の前に座り込まれると前に這い出るのも、後ろに戻る事も出来ない。だって動いたらやられる気がする。この人絶対好戦的だもん。
両者動かず見つめ合っていると、何処からか溜め息が聞こえた。


「何をしているんだカルディア」
「デジェル」


目の前の聖闘士さんが声の主に視線を移す。私もつられて見ると、緑の髪をなびかせて呆れたように息を吐く黄金聖闘士さんが此方に歩いてくる。困った、増えた。更に動けなくなった私を気にせず二人は話し始める。


「こんな所で何をしてるんだ」
「オモシレーもんみっけた」
「面白いもの?」


そう言ってちらりと私に視線を向ける黄金聖闘士さんに、先程同様コンニチハとやはり引きつった笑顔で挨拶すると彼は目を見開いた。あ、これは不味い。唾を飲むと、彼は目をスッと細める。


「何をしている」
「あっ、の…シホリちゃんに、会いに」
「シホリ様に、何の用だ」


細められた目は有無を言わさず私を射抜き、息が詰まる。デジェルと呼ばれた黄金聖闘士さんは微塵も目を逸らさず冷ややかに見つめ、もう一人のカルディアと呼ばれた聖闘士さんは楽しそうに私達を見ていた。この絶望的な状況をどうしたらいいのだろうと無い頭をフル回転させる。でも聞く耳を持ってくれるだろうか。そこで不意にデジェルと言う名に心当たりがあるのを思い出す。


「物知り、デジェルさん…?」


ぽつりと口をついて出た言葉に、二人がきょとんとする。もしかして違う人だったのだろうか。しかし黄金聖闘士で、デジェルと言う名前がそう何人もいる訳がない、と思う。だから多分この人はお嬢の話してた「勉強を教えてくれる物知りデジェルさん」のはずだ。シジフォスさんだって自分かデジェルに、って言ってたし、だから、多分。どんどん不安になっていく私に、目の前の聖闘士さんは突然吹き出してから喉を鳴らして笑い始めた。


「物知りデジェル…クックッ、ハハッ!」
「笑いすぎだカルディア…」
「え、あ、違い、ましたか…?」
「いや、合ってるぜ。なぁ?物知りデジェルさん」


楽しそうにそう言うカルディアさんは、出てこいよと私の肩を叩く。そっとデジェルさんの様子を伺えば、彼は額に手を当てて溜め息を吐いた。とりあえず、出てもいいらしい。いそいそと這い出てから改めて正座する。


「君はもしかして、リンなのか」
「あ、はい。初めまして」
「また忍び込んだのかお前」
「待てカルディア。また、と言うことはお前…この子を知っているな?」
「あぁ、前に一度な」


ニコニコとしているカルディアさんとは相反して、冷ややかな表情になっていくデジェルさん。こめかみがピクピクしてる。クールな人に見えたけど、意外に喜怒哀楽が分かりやすい。童虎さんやカルディアさん程ではないけれど。
ぼんやりと二人のやり取りを眺めていると、カルディアさんが私に向き直る。


「シホリに会いに来たんだろ?」
「あ、はい一応」
「また他の奴らに会っても面倒だろ。連れてってやるよ」


ニッと笑うカルディアさんに、私だけでなく何故かデジェルさんまで驚いている。何を考えている、なんてデジェルさんが呟くので思わず顔が引きつった。そんなに珍しいの。慌てて首を横に振る。


「や、カルディアさんに案内してもらわなくても大丈夫です」
「…それ」
「は?」
「さん、ってのヤメロ」
「…じゃあ、カルディア」


控えめに言えば、彼は満足気に笑った。
お嬢がよく外に連れ出してくれる人がカルディアと言ったはずだ。成る程、好奇心旺盛というか、行動派というか、そんな感じがする。まじまじと見ていたら横から手が伸びてきて、顔を上げたらデジェルさんが優しく微笑んでいた。差し伸べられた手とデジェルさんを交互に見て、ゆっくりと手を取れば軽やかに立ち上がらせてくれた。


「いつまでも女性を床に座らせている訳にもいかないだろう」


お嬢が、容姿たんれーだと侍女達にモテていると言っていたが成る程、これはモテる。育ちの違いがこういう所で出るんだなとしみじみ感じていると、隣でカルディアが首を傾げる。


「デジェル、こいつ男だろう?」


心底不思議そうにそう言ったこの男にデジェルさんが思いっきり目を見開いたのを見て、初めての反応だと感動した私は間違ってないはずだ。仮面をしてない聖闘士候補生を男だと言うカルディアの方が普通は正しくて、デジェルさんの反応のが珍しいのだ。まぁ、女としてはカルディアの反応は悲しむべきなんだろうけど。
私を上から下まで眺めてから、デジェルさんが小さな声ですまない、と呟いたのを笑って誤魔化した。やっぱり男と疑われないのは何故なのか。出かけた溜め息は、カルディアの行くぞと言う一言で飲み込む事になった。