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こんなに沢山の人が集まるところに来るのは、聖域にきてもう直ぐ一年になるが初めてかもしれない。目の前の聖闘士や候補生、神官達がごった返している様に、思わず眉間にシワを寄せてしまうが仕方無いと思う。普段なら絶対逃げ出すものこんなとこ。わざわざそんな面倒なところ行きたくないし。しかし今日は、この溢れかえっている人混みの先で行われるものを最前列で見なくちゃいけないのだ。大きく溜め息を吐いてから気合いを入れて、自分より大きな人の壁を掻き分けて奥へと進んだ。


「今日は黄金の継承試合か」
「あぁ。若いが実力は十分なんだろう?」
「一体相手は誰なのだろうな」


皆が口々に話しているのを、聞き耳を立てながら先を進む。黄金継承試合の相手は毎回黄金聖闘士であること、そしてその相手は直前まで分からないという事は会話から読み取れた。中には嫌味や妬みもあったけど、私は必要な情報だけを取り込んで気にしない事にする。じゃないと胸倉掴んで殴りかかりそうだ。全く、なんでこう悪口しか言えないんだろう。実力が無いのに黄金聖衣貰ったぜ、とかなら言いたくなるのも分かるけど頑張ってるのに只のひがみで言われる筋合いはないじゃないか。イライラしながらも階段を下りながら人混みの中歩き続けると、目の前が開けてようやく最前列に到着した。
円上の闘技場に立つのは、金色の聖衣を纏った巨体の聖闘士さんと見知った人。


「童虎さん」


ぽつりと名を呼べば、此方を振り返った童虎さんがニッと笑った。この喧騒の中、私の声が聞こえたとも、ましてやこの人だかりで十一のガキンチョの私を見つけたとも思えないけれど、私を見て笑った気がして胸が熱くなる。
そう、今日は、童虎さんの黄金聖衣の継承試合なのだ。
こう言うと照れくさいが、童虎さんの事が大好きなので、やっぱり大好きな童虎さんの晴れ舞台は一番良い場所で見たいじゃないか!というわけで、苦手なのに聖闘士や候補生達を掻き分けてきたのだ(ちなみに大好きの部分は小声で言っているつもりだ。恥ずかしいから)。キョロキョロと周りの様子を確認するが、どうやらまだ試合は始まってないようだ。


「アルデバラン様がお相手か」
「童虎には難しいのではないか?」


後ろから聞こえた会話に、振り返りキッと睨み付ける。気付いた男達が口を噤んだのを見て、再び童虎さんに視線を戻す。
(童虎さん強いもん。きっと大丈夫)
そう思うが、相手の聖闘士さんは童虎さんより体が大きいし、何よりも、まだ試合は始まっていないのに、なんて圧倒的な小宇宙。ゴクリ、と唾を飲み込む。怪我しないで欲しい、なんて甘いこと言ってられない程の存在感に、汗が滲む手の平をキツく握り締めた。


「我が名は牡牛座のアルデバラン!勝負は単純、この俺に一度でも攻撃を当てられたらお前の勝ちだ!」


声高らかにたうらすの聖闘士さんが吠える。その言葉に私は呆気にとられてしまった。だって一撃でいいって、なんて簡単なんだ聖衣継承戦。だけどそう思っているのは私だけのようで、周りはざわめく事もなく二人を見ていた。え、なんで。
どんなに強いと言っても一撃も食らわないなんて不可能じゃないの。首を傾げていると、教皇様の掛け声の後、掛かってこい、とアルデバラン様(周りがそう呼んでるから一応様をつけてみた)が叫んだ。腕を組んだまま。


「……どういうつもりじゃ?」


気合い十分と構えていた童虎さんが、腕を組んだまま動かないアルデバラン様にきょとんとして問い掛ける。しかしアルデバラン様は自信に満ちた表情でニッと笑った。黄金聖闘士さんってみんなあんな自信たっぷりな人ばっかなのかな。カルディアもじぇみにの聖闘士さんもあんなだったし。


「このままで十分だ」
「う、うぅむ…ちとやりづらいが、行くぞ!」
「来いっ!!」


その言葉を引き金に童虎さんが飛び込む。踏み込みとあの構えから、きっと廬山龍飛翔だろう。先手は取ったしこれで決まったと身を乗り出すが、言いようのない違和感にピタリと動きを止める。
童虎さんが迫っているというのに堂々として立つその人は、笑っていた。その瞬間跳ね上がるアルデバラン様の小宇宙に全身が震える。これは、ダメだ。


「童虎さんダメ!!」
「っ!?」
「遅いっ!グレートホーン!!」


咄嗟に叫んだ私の声に童虎さんが踏みとどまるが、アルデバラン様の声と共に童虎さんの体は吹っ飛ばされ無惨に倒れる。息を飲んでから名前を叫ぶと、童虎さんは肘をついて僅かに体を起こすと目の前の巨体を見上げた。
たった一瞬。
瞬きをするくらい一瞬で、童虎さんはボロボロになった。
(これが、黄金聖闘士の力なんだ…!)
キツく、唇を噛む。簡単なんかじゃなかった。童虎さんが目指すものは、あんなに強い童虎さんの前に、こんなにも強く立ちはだかるんだ。


「咄嗟に身を引いて直撃は間逃れたか。だが、その体では立ち上がる事も出来ぬだろう」
「なんという、力…っ」
「…アレは、お前の知り合いか童虎よ」


不意にアルデバラン様が此方を見る。バチリと、目が合った気がして呼吸が止まりそうになる。真っ直ぐに此方を見る眼に、一歩後ずさる。


「あれは、わしの大事な弟子、でな…」


ぽつりと童虎さんが零す言葉に、逃げ腰だった私は動きを止める。
今、私の事を大事って、言ってくれた…?
ゆっくりとアルデバラン様から童虎さんへと視線を移す。ボロボロになった体を無理矢理奮い立たせて、ゆっくりと立ち上がる姿が見えて、込み上げてくる感情と一緒に涙が溢れた。


「その体でまだ、立ち上がるか…!」
「わしは、守ってやる事が出来なかった。だから、強くならねばならんのだ…!」


童虎さんから小宇宙が溢れる。膝が震え呼吸も荒い。それでもアルデバラン様を見据えて立ち上がる童虎さんの目は光を失っていない。さっきまでの比じゃない小宇宙に、アルデバラン様が表情を変える。


「ならばお前の覚悟、全てぶつけてみろ!!グレートホーン!!」
「廬山、昇龍覇!!」


拳と共に龍が空に舞う。攻撃は同時。息を飲みその場に居た全員が見守る中、童虎さんの表情が苦痛に歪み、次の瞬間には弾き飛ばされていた。
叫び声と共に地面に叩きつけられた童虎さんは、そのまま伏せて起き上がらない。もしかして、死んでしまったんじゃないだろうか。
故郷を失ったあの日が、よぎる。
ギリッと奥歯を噛み締めてアルデバラン様を睨み付けると、彼は私の方を見て微笑んだ。


「安心しろ、気絶しているだけだ」
「っ、え…」
「しかし、なかなかの覚悟。久々に熱い男に会ったものだ」


組んでいた腕をほどき、童虎さんを見つめるアルデバラン様は満足気に笑う。その腕からは、血が滲んでいた。つまりそれは、


「童虎さん、は、勝った、の…?」


ぽつりぽつり、と言葉を漏らせば、アルデバラン様がニッと笑って頷いた。同時に会場が湧き上がる。引っ込んだ涙が再び溢れそうになるが、グッと堪えて童虎さんの元に駆け寄った。童虎さんの体は見たことないくらいボロボロで、そっと触れると小さく呻いたので、やっとホントに生きているのだと思ったら涙が零れて私は声を上げて泣き出した。


「守るべき者がいるコイツは、黄金に相応しい」


そう言い残して去っていったアルデバラン様に、お礼を言う事も出来ずに私はただただ泣いていた。