小宇宙の真髄は破壊にある。
口を酸っぱくして教え込まれた聖闘士の闘技は、私の小宇宙には当てはまらないような気がしてならない。座り込んだまま自分の何倍もある岩を片手で持ち上げて、そんな事をぼんやりと考える。正しくは持ち上げている「フリ」なのだが。
岩と私の掌の間は拳一つ分くらいの空間が空いている。これも、小宇宙の力である。私は物を自分の意思で弾く、壁のようなものを小宇宙で作り出せる。それをコントロールすれば、物と自分の間隔を一定に保つ事によってこんな大岩を楽々持ち上げたりも出来るのだ。この力、超楽チン。とは言っても始めの頃は持ち上げるつもりが勢い余って弾き飛ばしてしまったり、一定に保とうとすると自分の背丈の長さより掌に近付ける事が出来なかった。何より一分も使えば疲れ切ってしまっていたので、ここまで出来るようになったのも密かに続けていた特訓のお陰だろう。
最初は小宇宙の力で何かした、って事しか私も童虎さんも分からなくて首を傾げていたけど、小宇宙を集中させる感覚に慣れてきて、自分なりに出した結論だ。破壊の集中より私はこれのがずっと楽だと思ってる。片手だけで無く両手でやってみようか、と手頃な岩を探して辺りをキョロキョロ見回すと、童虎さんの姿を見つけて立ち上がる。
「童虎さんっ!」
怪我はもういいの、と叫ぶと私に気付いて童虎さんが手を振る。良かった、この間の継承戦から会えて無かったからちょっとだけ心配だったけど、元気そう。手当てもちゃんとしてるけど、もう動いて大丈夫なのかな。なんて見つめてたら、童虎さんの隣に人がいることに気付いて慌てて岩を放り投げて頭を下げた。
「リー、一人で特訓とは偉いの」
「うん、あの、童虎さん」
誰、と言うように駆け寄ってきた童虎さんと後ろからやってくる人を交互に見ると、視線の意味に気付いた童虎さんが、あぁ、と声を上げた。
「そういえば初めて会うか。シオン、わしの友じゃ」
「シオン…」
「君がリーか、話は童虎から聞いている」
金色の髪を揺らして微笑むその人は、改めて頭を下げた私の頭を撫でた。
シオン、シオン。どこかで聞いた気がする。大人しく撫でられながらううんと唸っていると、撫でる手が止まり顔を覗かれた。少し困ったように笑う目の前の彼に会うのは初めてなのに、どうして名前に聞き覚えがあるのだろう。ふと、彼の特徴的な眉毛を見て、ぽんと手を叩いた。
「噂のシオン様!」
「「は?」」
目を丸くする二人を気にも留めず一人で納得する。そうだ、お嬢から聞いた牡羊座のシオン様。聖衣に選ばれて黄金になった人らしく、とても優しくて好きだと話していた。童虎さんが自分と同い年の黄金聖闘士がいると話していたのがお嬢の話でシオン様だと知ったので覚えている。うんうんと一人頷いていると、童虎さんに頭を小突かれる。顔を上げれば不思議そうにシオン様が首を傾げていた。
「噂、とはなんの事だろうか」
「あぁ、それは、」
言いかけて、ハタと止まる。お嬢の事は他の聖闘士達に内密に、とシジフォスさんに言われている。しかしお嬢はシオン様と顔見知りのようだったし、話してもいいのだろうか。いや、その前に童虎さんがいるから結局話せないんじゃないだろうか。でもカルディアやデジェルさんみたいに黄金聖闘士は知ってるのかもしれない。でもでも、もし知らなかったら。
二人の顔を見つめてあーっと声を漏らすと、何か思い当たったのかシオン様が表情を明るくする。
「もしかして、シホリ様から聞いたのか?」
「おぉ、神子からか」
二人して納得しているが、今度は私が置いてけぼりだ。というか童虎さんお嬢の事知ってたのか。呆然としていると、童虎さんが気付いて笑った。
「星詠みの神子の事は黄金聖闘士は皆知っておる。もちろんおぬしの事もな」
「あ、そうだったんだ」
「しかし、」
そこで言葉を区切り、不意に手が伸びてくる。咄嗟に怒られる、と目を瞑るが想像していた衝撃はなく、代わりにぽんと一つ頭を撫でられた。
「約束を、ちゃんと守ろうとしたんじゃな」
偉い偉い、と勢い良く撫でられ頭を揺すられる。童虎さんの、大きな手。嬉しくなって、へへへ、と笑えば童虎さんとシオン様も笑っていた。
「それで、今回は何をしたのだ」
「え?」
「今、一瞬だが身を強ばらせたろう。わしの目は誤魔化せぬぞ」
「あっ、えーっと……訓練サボってるの、怒られるのかなって」
「なんじゃそんな事か」
「シホリ様の事はシジフォスに頼まれたのだろう?童虎も怒りはしないさ」
なぁ、と童虎さんに振ると大きく頷いていた。シジフォスさんが私に頼んだ事になってるのか。それじゃあもう少しくらいサボる日数を増やしてみようか、あ、やっぱ止めようバレたときが怖い。
童虎さんと目が合って誤魔化すように笑ったら、童虎さんは怪訝そうに眉をひそめた。このままだとほんとに怒られそうだ。ちらりと視線を逸らした先に見えた黄金に、思わず目を奪われる。
「…なんか、」
「「?」」
「童虎さんの黄金聖衣姿って、慣れないや」
へらりと笑うと、二人は目を丸くしてから声をあげて笑った。
