「わざわざ来てもらったのに、すまない…」
「や、デジェルさん悪くないんで」
そう笑うが、デジェルさんが大変深い溜め息を吐いたのを見て、思わず苦笑する。
話の発端は数時間前。今私がいるこの扉の向こう、星詠みの塔の中で起こった。今日お嬢はデジェルさんと語学の勉強をする予定で、その準備をお付きの侍女と一緒にしている時に外を眺めて突然「良い天気だから外行きたい!」と声高らかに宣言したらしい(凄い想像付く)。これは余談だけど、私と仲良くなる前も外の庭園にはよく出ていたらしい。まぁ黄金聖闘士と教皇様にそのお付き侍女くらいしかいないからその辺は自由だって言ってた。ちゃんとシジフォスさんとかデジェルさんに言ってから出れば、の話だけど。
さて話を戻そう。それで声高らかに宣言したお嬢に、お付き侍女さんは間髪入れずに「駄目です」と言ったらしく、ずっと駄々をこねるお嬢に怒り爆発した彼女が、デジェルさんも来るのにワガママ言うなとキレてから準備のため部屋を出て行ってしまったらしい。そして戻って来たら部屋はもぬけの空だった訳で。
「申し訳ありません!私がシホリ様にキツい物言いをしてしまったから…!」
「いえ、貴女は悪くありませんから」
「いいえ!いいえ!!私が悪いのです!きっと、もう二度と戻って来て下さらないんですぅ!」
とまぁこんな感じで私が星詠みの塔の前に来た時には、おいおいと泣く侍女さんをなだめるデジェルさんがいた訳で。絶対デジェルさんが疲れてる理由の八割はこの人だろうな。だって、現れた私への第一声が「シホリ様を見ませんでしたか!?」と迫ってきたのだ。圧倒されてる私のために横から補足説明してくれて、デジェルさんはやっぱり容姿たんれーで良い人だなぁ、と思う一方でシジフォスさんの次に禿げるんじゃないかと思ったのは秘密だ。
「うんと、じゃあ私、外見て回ります、ね?」
「あぁ、シジフォスも探しているから会ったら説明しておいてくれないか?」
「あ、はい分かりました」
「どうしましょうデジェル様、シホリ様の身に何かあれば、私、私…!」
「落ち着いて下さい。きっといつもの笑顔で出てきますよ、シホリ様の事ですから」
「デジェル様…!」
なんだろう、この二人夫婦かな。
そんなツッコミを心の奥に閉まって、じゃあ行ってきます、とそそくさその場を後にした。
────────
そしてとりあえず庭園は一周したんだけれど。
「ひっ……ろいなー!」
そこそこの広さがあるこの場所で(ある意味)かくれんぼしてる子供を一人見つけるのは至難の業である。これで私と会った時みたいに訓練生達の方に行ってたら難易度上がるぞ。ううむ、と唸りながらもう一周同じルートで見るか探す範囲を広げるかで悩んでいると、視界の端にシジフォスさんが現れた。
「シジフォスさん!」
「…?リンか!すまないがシホリ様を見なかっただろうか?」
第一声が侍女さんと一緒だ。そう思いつつ首を横に振ると、シジフォスさんは肩を落として左手で頭を抱えると溜め息を吐いた。
「デジェルさんから事情は聞いてます」
「そうか…本当にすまない」
「それ、デジェルさんにも言われました」
そう笑えば、彼は顔を上げ私を見ると眉を下げて微笑んだ。自分も探している事と一通り庭園は回った事を伝えれば、少し考えてから踵を返して来た道を戻るのでとりあえず後を追う。小走りで置いてかれないようにとシジフォスさんの少し後ろを着いていくと、ちらりと私を見て歩くスピードを落としてくれた。シジフォスさん紳士だ。さすがシジフォスさん。小走りからいつもの歩くスピードへと戻して、彼を見上げる。
「心当たりでもあるんですか?」
「いや、無い」
そんなきっぱり清々しく言われても。反応に困ってパチパチとまばたきをしていたら、シジフォスさんは困ったように笑った。
「これでもシホリ様が使っていた抜け道は見てきたんだが、見当たらなくてね」
「あぁ、なるほど」
「しかし、一体どうやってあんな抜け道を幾つも見つけてくるのだか」
「あ、それは教えてくれるって」
ピタリ、と彼が立ち止まり、私も立ち止まると前を見ていたシジフォスさんがゆっくりと此方を見る。
「…それは、誰だろうか?」
ニッコリと口元は笑っているけど、目が、目が笑ってないですシジフォスさん。何もしてないのに思わず顔が引きつり、口を噤むともう一度、誰だろうか?と問いかけられた。目を逸らすなよリン、逸らしたら負けだぞ。あれ、これ凄いデジャヴ。
「あーっとぉ…みんな、って」
「みんな、とは?」
「(怖い怖い…!)わた、しもよく、分かんないんです、けど、お嬢が言うには、花や風とかって」
そう話せば、あぁ、と何か思い立ったらしい。とりあえずあの怖い笑顔じゃなくなったのでほっと一息吐く。再び歩き始めたシジフォスさんの横を着いていくと彼が口を開く。
「シホリ様は星を詠み、また神々や精霊の声を聴くと言うのは覚えているかい?」
「あ、はい」
「精霊は世界を廻り命を生み出すという。幼い頃からその声を聴いていたシホリ様には、花や風の精霊達も話し相手なのだろう」
お嬢は、あの道は風が教えてくれた、侍女がこんなドジをしたってあの子がね、なんて誰かに聞いたように話していたけれどそれは全部精霊達だったのか。あの時は面白い話だったから笑って聞いていたけれど、そう考えると星詠みの神子って凄いんだな。しみじみとしているとシジフォスさんが、私も精霊に明るくはないのだけれどね、と笑った。シジフォスさんでもまだまだとか世界は本当に広いと思う。今だってとても勉強になるのに。
「それにしても、見つからないものだな」
不意にシジフォスさんが立ち止まり、息を漏らす。気付けば大分歩いていたようで、星詠みの塔の外壁の近くまで来ていた。多分入り口の丁度裏側辺りだろう。話に夢中でお嬢を見過ごしたとかないだろうか、とちょっと不安になったけど口にはしないでおく。
「えっと、じゃあ私訓練生達の方見てきます」
「すまない。私は向こうを見てこよう」
では、と右手に歩いていくシジフォスさんを見送ってから、私も気合いを入れようと伸びをした。
「あっ、ねーね!」
いた。
伸びをした視線の先、左上にお嬢がいた。塔の壁に私くらいなら通れそうな穴が空いていて、通気口なのか其処からお嬢がひょっこり顔を覗かせていた。驚く私を気にせず、よっこいしょ、と可愛らしい掛け声と共に隙間から出てきて、私の横に置いてあった木箱を使って降りてきた。ほんとアクティブだよね。
パンパンッとスカートの汚れを叩いてから、私を見上げてお嬢が笑ったので、私もニッコリ笑顔を返す。
「シジフォスさぁん!!シホリちゃんいましたぁぁあ!!」
シジフォスさんの歩いてった方に向かって叫ぶと、お嬢がねーねの裏切り者ぉ!と逆方向に走っていき、それと同時くらいで無表情のシジフォスさんが全力で前から走ってきた。あと数秒でお嬢は捕まるだろう、なんて思った瞬間お嬢の悲鳴が聞こえてきて、両手を合わせてご愁傷様と頭を下げてから振り返れば、お嬢を小脇に抱えた無表情のシジフォスさんが颯爽と歩いていた。怖い怖い。
