聖域に来てから一年が過ぎた。聖闘士になるために勉学に励み、修行を積み、仲間と競い合いながら過ごす日々は目まぐるしく、毎日はあっという間に過ぎ去っていく。勿論、私も例に漏れず日々の鍛錬に励んで、
「ねーね、準備出来たよー!」
「この紅茶が楽しみだったんだよねぇ」
いる訳もなく、お嬢のところで優雅にティータイムである。紅茶なんて物はお嬢から出してもらって初めて知ったが、香りが良くて私はとても気に入っている。
今日はお嬢に初めて出会った、私のおサボりポイントその一でゆったりティータイムなのだ。
「ここ、風気持ちいいねー」
「でしょ?日陰だと昼寝しやすいんだ」
「初めて会ったときもねーね寝てたもんね!」
お嬢が笑いながら持ってきたクッキーに手を伸ばす。今日此処で会う事になったのは、お嬢が聖闘士達の訓練を見たいと言ったからだ。訓練しているところにシジフォスさんがやってきて、シホリ様が此方に来てるから塔に行かなくて良いと教えてくれた。困ったように笑う彼の後ろからひょこりと顔を覗かせたお嬢に、このおサボりポイントで待っていてほしいと伝えて訓練に戻ったのだ。勿論、そこそこ訓練をこなしたら直ぐにやってきた。だって訓練面倒だし。出ただけでも珍しいのだから褒めてくれ。私もクッキーに手を伸ばして、お嬢を見れば彼女はなぁに?と首を傾げた。
「訓練見るの楽しかった?」
「んーと、シジフォスさんの甥っ子見てきた!」
「おい…って?」
「シジフォスさんのお兄ちゃんの息子のこと!」
ねーねと同い年なんだってー、と言うお嬢にふぅんと気のない返事をする。私と同い年なら同期の誰かなのかもしれないな。興味ないけど。
にしてもシジフォスさんが叔父さんって。シジフォスさんはお兄さんと大分年が離れてたんだろうか。だって流石にシジフォスさんに十一の子供とか想像つかない。
「そいやシジフォスさんっていくつなの?」
「二十五歳!」
「二十五!?嘘見えない!」
「若いよね!」
今日一の驚きだ。普通に童虎さんのちょっと上くらいだと思ってた。まさかの二十歳越え。いや、でも黄金聖闘士なんて最上級の聖闘士がそんな若いのか。只でさえ数ヶ月ほど前に童虎さんが天秤座の黄金聖闘士になったばかりなのに。
「え、童虎さんとシオン様が一番若いとして、黄金ってみんないくつくらい?」
「うんと、二十歳以上なのがー、シジフォスさんとアルデバラン様とアスプロスさん、マニゴルドさんとエルシドさんもかな?」
「おぉう、知らない名前ばっか。お嬢の大好きなアルバフィカ様は?」
「十九歳!」
「ほー。で、最年長は?」
「シジフォスさん!」
若いなおい。
驚きを隠せずにいる私に、アルバフィカ様は黄金聖闘士になったばっかりの時に私に会ったんだよ、と既に耳にタコなくらい聞かされた初恋話をし出した。
私が童虎さんに出会った頃に、お嬢はアルバフィカ様に出会ったのだと言う。外の世界を知らない自分を連れ出してくれた王子様なのだと話すお嬢が、とても女の子らしいと初めて聞いた時も思ったものだ。恋愛なんてものに興味ないので、可愛いなぁなんて思いながらいつも聞いている。
紅茶を口にしながらお嬢のアルバフィカ様の素敵なところを聞いていると、背後に気配を感じて咄嗟に振り返る。と、見知った顔に拍子抜けしてしまった。
「なんだ、耶人か」
「なんだじゃねぇよお前またサボりやがって!」
前に向き直り再び紅茶を飲むと、後ろで耶人がぎゃんぎゃんと吠えている。私の隣のお嬢は私と耶人を交互に見ながらきょとんとしていた。
「あーほら大きな声出したらお嬢がびっくりするでしょー」
「ぁあ!?あ…、あ、え?」
「初めましてー」
「あ、初めまし、て」
「お嬢、こいつ耶人ね。私の同期」
簡単に説明すると、お嬢が耶人くん、と反芻する。こんな奴呼び捨てでいいのに。そう思いながら紅茶を一口飲もうとしたら、突然ガシッと首もとに腕が絡みお嬢から引き離された。
「おいっ、誰だよこの女の子!」
「ちょ、ねぇ締まってるから」
「聖闘士じゃないよな!?」
「私の友達。可愛いだろぉ」
「まぁ、可愛…じゃねぇよ!此処、聖域だぞ!?何者だよ!」
「アテナ様の友達だから問題ない」
「はぁ!?」
因みにここまで小声である。後ろでお嬢が不思議そうにしながらもクッキーを食べてるのが見えて、自由すぎる自分達に笑えてきた。
アテナ様…サーシャの友達だと言うのは間違ってない。私ほど頻繁には会えなくなったとは話していたが、仲良しなのは変わりないだろう。ちらりと横目に耶人を見れば、私の言葉にキャパオーバーしたのか頭を抱えていた。まぁ落ち着けよ、と私が飲んでた紅茶を差し出せば、何も言わずに素直に飲んだ。珍しい。
「って違ぇ!!お前を呼びにきたんだよ!!」
「えー、だってどうせお前が呼びに来たって事はお前と組み手だろー?組み手くらいサボったって死にはしねぇよー」
「やれよ。俺と。組み手くらい」
ブチ切れ寸前な表情で私の胸元を掴む耶人に、お嬢がオロオロとしている。もうかれこれ一年の付き合いだが、こんなに突っ込む耶人は初めて見た。見てて面白いが、他の聖闘士に見つかっても面倒だ。溜め息混じりに耶人を宥めて立ち上がる。ちらりと此方の様子を伺う黄金聖闘士さんを確認してから、お嬢に向き直る。
「ごめんお嬢、ちょっと行ってくる」
「今日忙しかったの?」
「いや、耶人がしつこいの。私の事大好きだからさぁ」
「違ぇ!!」
隣で文句を言う耶人の肩を組んでじゃあね、とお嬢に手を振れば、行ってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。知らない顔だったが黄金聖闘士さんがいたから離れても大丈夫だろう。しばらく歩いてから耶人に耳打ちする。
「お嬢の事、誰にも言うなよ」
「は?お嬢って、さっきの子?」
「シホリちゃんってんだけど」
「…さっきも思ったけどよ、何者なんだよ」
あの子、と怪訝そうに私を見る耶人から離れ、思い切り背中を叩いた。短い悲鳴と共にしゃがみ込んだ耶人を見下ろす。
「あの子は聖域にいる侍女の子でサーシャ様の友達。分かった?」
「侍女、って」
「とにかく他言無用。サーシャ様に迷惑が掛かるけど、まだ聞きたい?」
首を傾げれば耶人は黙り込む。初めて会った時から、耶人がサーシャに対して好意を抱いてるのは何となく分かっていた。だからこう言っておけば、こいつが自分から他人に言うことはない。星詠みの神子だと言うことは話していないし、これでお嬢の事は大丈夫だろう。息を吐くと、耶人は勢い良く立ち上がり踵を返して歩き出した。気が進まないが後を追うと、唇を噛み締める横顔が見えて思わず息を飲む。
「だから嫌いなんだよ…っ」
お前なんか。
此方を見ずに吐き捨てられた言葉。私が酷い事をしてるのなんか分かってる。耶人の気持ちを利用して、教皇様とシジフォスさんとの約束を守ったのだから。舌打ちを一つして耶人から目を逸らした。
「私だって、お前なんか嫌いだよ」
ぽつりと呟いた言葉は、離れて歩いていた耶人に届いたのかなんて、知ろうとも思わなかった。
