「随分、安定してきたみたいじゃな」
小宇宙で持ち上げた大岩をゆっくりと下ろすと、背後から声を掛けられる。振り返れば童虎さんとシオン様が立っており、思わず笑顔になる。
「えへへ、凄いでしょ?」
「うむ。これで個人の修行だけでなく候補生との訓練にも意欲的だとよいがのう」
「うっ」
思わず目を逸らすと、童虎さんはニコニコと私に迫ってくる。これはまだ怒ってはないが説教が始まる気がする。逃げ腰になる私の背後で、がらりと音がして私と童虎さんは視線を其方に向ける。其処にはいつの間に移動していたシオン様が、さっきまで私が特訓に使っていた岩に触れて何か考えているようだった。
「どうしたシオン」
「リーは、これを片手で持ち上げたのか」
岩を見上げて声を漏らすシオン様に、私もつられて岩を見上げた。私の背丈の何倍もあるその岩は前に二人に会った時より二回りほど大きいものだ。リー、と童虎さんが私へ目配せする。見せても、いいという事なのかな。じっと見つめ合い少しあってから小さく頷いてシオン様へと近付き隣に立った。
童虎さん以外にちゃんと見せるのは初めてかもしれない。そんな事を考えながら、目を閉じ大きく深呼吸してピタリと息を止める。二人の視線を感じながらゆっくり目を開くと、しゃがみ込んで片手で岩を掴む。よっと軽い掛け声と共に、小宇宙で弾かせて頭上に持ち上げた。弾いた岩を拳一つ分くらいの空間で安定させてからシオン様を見れば、目を見開いていたのでちょっとだけ嬉しくなる。凄いでしょー、なんて言いたくなるが童虎さんに調子に乗るなと小突かれたくないから黙っていよう。すると、呆然としていたシオン様が声を漏らす。
「…なんと…」
「リーは、原子を砕く…破壊はまだ出来ぬのだが、どうも別の使い方を見つけたようでな」
「サイコキネシス…でもないな」
「あぁ、おぬしと違い遠くの物は動かせぬ」
サイコキネシスってなんだろう。今度、お嬢に頼んで物知りデジェルさんに聞いておいてもらおう(あれ以来会ってないから自分で聞くより確実だろう)。
童虎さんとシオン様の話を聞きながら、岩を適当に自分の近くに放り投げると、シオン様に名前を呼ばれ彼に向き直る。
「いつ、この力に?」
「童虎さんが修行してくれた時に、落ちてきた岩を避けきれなくて、咄嗟に手を出したら…なんか、壁みたいなのを作ったみたいで」
「壁で、持ち上げられるのか…?」
「うんと、色々弾く壁と言うか…」
私が唸ると、童虎さんは呆れて笑ってシオン様は口元に手を当て何か考え始める。
自分でも理解してないものを説明するのは難しいとつくづく思う。童虎さんに詰め寄られたときも只必死だったとしか言えなかった。一点に集中するとこは破壊する時と一緒だなって思ったくらいで。
「小宇宙を反発の力に変えているのだろうか」
「恐らくな。全く、この力が少しは破壊にも向いてくれればいいのだが」
じとっとした目で見られ、再び目を逸らす。この力の特訓自体は褒めてくれるけれど、肝心の破壊が出来ないので候補生同士の組み手では使うなと釘を刺されているのだ(私が楽すると思ってるらしい。否定出来ないのが悔しい)。私としては破壊は出来ないが小宇宙は扱えてるのだからいいじゃないかとも思うが、文句を言えば仮面の事を引っ張り出されてしまうので黙っている。実は一回だけイライラして訓練中に皆の前で力を使ったけど、それは怪力の一言で片付けられてるので童虎さんにはまだバレていない。よしよし。
「リーにかかれば、大岩も小石のようだな」
「えへへ」
「ここまでコントロールするのは大変だったろう」
「うーん…でも、楽しいから。童虎さん褒めてくれるし!」
そう笑えば、童虎さんは照れくさそうに頭を掻いてシオン様はそれをにこやかに見ていた。
皆でやる訓練は嫌いだけれど、童虎さんとの修行や一人でやるこの力の特訓は好きなのだ。出来ない事が出来るようになるのはやっぱり嬉しいし、怪力になった気分になるのも楽しい。何よりも聖域に来て、聖闘士候補生として童虎さんが褒めてくれたのがこの力だった。破壊とは違う力だったのに、すごいのと頭を撫でてくれた事が嬉しくて、この力についてもっと知ろうと思ったのだ。
「仲が、良いのだな」
ふわりと微笑むシオン様に、私と童虎さんは顔を見合わせてから、照れ隠しに童虎さんは私の頭を、私は童虎さんの脇腹を小突いた。
「よし、では今日は破壊の、修行をするかのぉ」
「わざわざ破壊を強調したな…」
「文句は聞かん。ほれ」
あっちへ行けと片手でやられ、渋々童虎さんが示す方に歩いて行く。後ろでシオン様が、照れ隠しかと問い掛けているのを童虎さんが否定する声がする。照れ隠しでしごかれるとか迷惑だ。ムスッとしつつも、ある程度二人から距離をとった所で振り返り手を振る。坂になっているこの場所で下りにいる私は二人を見上げる。
「では、行くぞリー。あの力は使うでないぞ」
童虎さんはそう言うと、さっきまで私が特訓に使っていた岩を、転がした。ゆっくりと動き出したそれは徐々に加速していき、私に迫ってくる。息を吸い、童虎さんの教えを思い出す。
己の小宇宙を燃やし、破壊しようとする一点に集中する。グッと気合いを入れ構える。岩が、眼前に迫る。
「っ、無理っ!!」
咄嗟に右腕を振りかぶり、小宇宙を込めて岩を殴りつける。弾き飛ばした岩は右へ吹っ飛び、別の大岩へとぶつかり見事に砕けた。
砕ける音。見つめる私達。その後の静かな空間。
「砕けた!」
「破壊せぃ!」
指を指してそう言えば、間髪入れずに突っ込まれる。シオン様は未だに砕けた岩の方を見て呆然としている。若干のデジャヴを感じるのはスルーだ。
「砕けてるじゃんか!」
「力は使うなと言うたろうが!」
「でも破壊はちゃんとしましたー!」
「あれは破壊とは言わん!こっの、」
馬鹿者、と聖域に響いた声と共に私と童虎さんは全力で走り出し、残されたシオン様はずっと笑っていたと言う。
