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今日はシジフォスさんにちゃんと(ここ大事)許可を貰って、お嬢と聖域から少し離れた町へ行く事になりました。


「これ可愛いー!」
「え?あ、かわいー」


小物屋さんを覗いてはしゃぐお嬢の後ろから覗き込んで答えると、お店のおじさんがニコニコと笑った。髪飾りやバスケットなどカラフルで可愛らしい物がいっぱいあり、お嬢が手に取る物はとても可愛らしいけど私には似合わないだろうな、と思いつつ会話を合わせる。
教皇様へプレゼントを買うんだ!という内容でよくなんこーふらくのシジフォスさんを説得したなとも思うが、外出の条件に私が一緒に行く事ってどういう事だ。私、只の候補生なんだけれど。一つ溜め息を吐いてから町を見渡す。聖域にほど近いロドリオ村より大きなこの町は随分と賑わっている。私の町も旅人が良く寄るから商いをやってる人が多かったけど、これほどじゃなかった。


「で、お嬢。これからどうするの?」


後ろで目をキラキラさせて両手程の大きさのぬいぐるみを眺めているお嬢に、顔を反らせて視線だけ送り問い掛けると、ぬいぐるみの前に座り込んだまま、んーと唸って首を傾げた。


「プレゼントどーしよー」
「とりあえず、そのぬいぐるみは教皇様はいらないんじゃないかな」


笑ってそう言えば、これは私!と明るい返事が返ってきた。苦笑いでお嬢に向き直り、会計をしようとお店のおじさんにぬいぐるみを手渡す彼女の横へと近付いた。


「プレゼントは教皇様だけ?」
「あとね、サーシャとー、アルバフィカ様とー、デジェルさんとー、あっ!シジフォスさんも!」
「一杯だなぁ」


指折り数えるお嬢の代わりに、おじさんから包装されたぬいぐるみを受け取り店を出る。お金を渡したお嬢が後ろをついて来るのを確認してから、店の入口でお嬢の隣に立つ。


「じゃあまずは、考えやすいしサーシャへのプレゼント探そうか」
「はーい!」


歩き出すお嬢の、真横よりほんの少し後ろを歩いてプレゼントの候補を二人で上げていく。ふと、お嬢が小さく声を上げて立ち止まった。同じように立ち止まり首を傾げれば、お嬢が私の横をすり抜けて駆け出していく。それを目で追って振り返れば、彼女は店の窓ガラスにピタリと張り付いた。何か見つけたのだろうか。行き交う人達をすり抜け後ろから覗き込めば、其処は硝子細工のお店らしい。色が沢山あって驚きだ。硝子ってどうやって色付けるんだろう。お嬢がジッと見つめる視線の先には一つのグラスが飾られていた。淡い青で薔薇の花が描かれたシンプルな、綺麗なグラスだ。


「アルバフィカ様みたい…」


ぽつりとお嬢が息を吐くように呟く。話にしか聞いたことないが、もの凄いカッコいい人で薔薇の園に一人過ごしていると言ってた気がする。なるほど、イメージには合う。会ったことないけど。
買う?とちらりとお嬢を見て聞けば、唸りながらおでこを窓ガラスにコツンと押し付けた。


「貰って、くれるかなぁ…?」
「それはわかんないけど、お嬢の気持ち次第じゃない?」
「気持ち…?」
「アルバフィカ様の事を思って選んだんだよーって気持ち」


そう言えば、気持ちかぁと呟いてグラスに向き直る。行き交う人達を気にせずに窓ガラスの前で唸るお嬢に笑いかける。


「そうそう、気持ちを込めて選ぶの」


お嬢から目を逸らさずにこやかに言いながら、私達のすぐ後ろを通り過ぎようとした男の腕を掴んだ。


「その大事なプレゼントを買うお金だからさ、お嬢の財布返してよオニーサン」


お嬢から男に視線を移し、真顔で告げれば男が息を飲んだ。その手にはお嬢の財布がしっかりと握られている。大きな町は旅人や慣れてない人を狙ったスリがいるから財布には気をつけろ、とよく父さんに言われたものだ。パッと見、どこぞの金持ちで世間知らずのお嬢様に見えるから狙われると思ってたんだよね。離して?とお願いすれば、男がニヤリと笑った。不審に思って眉間にシワを寄せれば、後ろからお嬢の悲鳴が聞こえて振り返る。


「ねーねぇ!!」


見知らぬ男に抱えられているお嬢の姿が一瞬見えてから角に消え、一つ舌打ちをする。目的は何にせよ追いかけなければ、そう走り出そうとして今度は私が男に掴まれた。睨み付ければ、男はにやにやと笑っていて。


「たっぷり金は、貰うからな」


同時に男の拳が飛んでくる。なるほど、目的は誘拐か。なら早いとこお嬢を追わないと。
飛んできた拳を左手で難なく受け止めると、掴まれた右腕を振り上げる。小宇宙の反発力も加わり男の体は宙に舞い、一回転してから地面に落ちた。


「耶人より遅いんだよおっさん」


男と一緒に宙に舞った財布を左手でキャッチして、掴まれていた右腕を軽く振りながら男に吐き捨てて走り出す。
人混みを走るのは面倒だ。裏道に入り、勢いを付けて建物の外壁を駆け上ると屋根の縁に手をかける。その瞬間、小宇宙の力で体を真上に弾き、軽やかに屋根に登ると弾いた勢いを殺さぬように全力で走り出した。あの様子じゃ大した力もない奴らだろう。候補生の皆のが断然強い。それにサボり魔と言えど私も聖闘士候補生。


「くっそ、暴れるんじゃねぇ!」
「やだ離してぇ!ばかぁ!」


ほら、見つけた────。


「離せよおっさん」


屋根から飛び降りて男の顔面に蹴りを入れる。ぐえっと呻き声を上げる男からお嬢を奪い返して肩に抱えた。もちろん小宇宙の力を使って軽やかに。お嬢を地面に下ろしてから吹っ飛んだ男を見れば、ゆらりと立ち上がる男がナイフを取り出した。全く面倒臭いな。しつこい奴は嫌われるんだぞ。深い溜め息を吐いてから、近くにあった馬車を人差し指で持ち上げる。


「まだ、やる?」


指先に乗った馬車を空高く掲げてにっこりと笑うと、男が腰を抜かしてその場にへたり込み、ごめんなさい、と泣きそうな声で謝った。お嬢が私の横でむんっと胸を張っていて、端から見たらとても面白い光景だろう。馬車を元の位置に戻してから、男に近付き一発蹴り上げて気絶させると賑やかな町並みの方へと歩き出す。


「ねーね凄い!」
「いやいや、相手が弱かったんだよ。それにそんな心配はしてなかったし」
「なんでー?」
「黄金さんがずっと見てたから。聖衣着てる訳じゃないから多分だけど」


そうちらりと建物の影を見る。お嬢がどこ!?とキョロキョロするので、笑いながら頭をポンポンとした。連れ去られた時も、黄金聖闘士さんいるからいざという時は大丈夫だろうって思ってたよ、まさか見張りの聖闘士さんより私が先に追い付くとは思ってなかったけど。
顔は見ていないけど、あの人がアルバフィカ様かなぁなんて思いながら硝子細工の店へと戻って行った。










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「色々ありましたが無事戻って参りました」
「ご苦労だったリン。今日はもう休むといい」
「ありがとうございます」


教皇様に報告を済ませて、一礼する。結局、時間がなくて他に良いものも浮かばなかったので、プレゼントは皆グラスになってしまったけど、気持ちは込めてるから大丈夫だろう。そんな事を思いながら教皇の間を後にした。


「────お前も、ご苦労だった」


リンが去った後、セージが前を見据えたままそう言えば、一人の黄金聖闘士が姿を見せる。頭を掻きながら面倒臭そうにセージへと近付くその男は、肩を竦めてみせた。


「神子のお守り、最初っから傍に着いてった方が早かったんじゃないですかね?」
「そう言うな。たまには黄金聖闘士がいない方が彼女も気が楽だろう。お前も、シホリ様と二人きりは気が重いのではないか?」


まぁそうですけど、とバツの悪そうに顔をしかめればセージは笑った。


「にしてもあの候補生、俺にもちゃんと気付いてたし着いて行かなくても全然問題なかったですよ。小宇宙も習得してたし扱いにも慣れてた」
「……そうか。童虎とシオンが、是非リンに聖衣継承戦をと言う訳だな」


口元に手を当てて不敵に笑うセージに、男もへぇ、と同じように笑った。


「あの子は、お前から見てどうだ。マニゴルド」
「…いいんじゃないすかねぇ、お師匠」


男────マニゴルドは、楽しそうにリンが去って行った扉を見つめて、そう呟いた。