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「リン」


お嬢に会うため抜け道を抜けたところで、良く通る澄んだ声で呼ばれて振り返る。優しく微笑む少女の姿にほっと息を吐くと、その場に跪く。


「アテナ様、お久し振りです」
「やめてください、今日はシホリに会いに来たのでしょう?」


そう困ったように笑う彼女に、私は顔を上げてへらりと笑った。
サーシャは私が仕えるべきアテナであり、友人である。しかし、友人として話すのは二人きりの時かお嬢といる時だけだ。お嬢に紹介された時は、アテナ様が目の前にいるという事にも驚いたし星詠みの神子って凄ぇと本気で思ったものだ。流石にアテナ様の手前、迂闊な事を言えないと跪く私に友人になりたいと言ったのはサーシャからだった。


「黄金聖闘士や教皇様がいたら私怒られちゃうんですが」
「大丈夫、今は私しかいませんから」


そう年相応の笑顔を見せるサーシャに私もつられて笑った。
私が彼女と友人なのを知っているのはお嬢だけである(と言っても十一、二の子供の事なんて教皇様は気付いていそうだけれど)。公私混同するわけにはいかないからと、他の聖闘士達は勿論、黄金聖闘士や教皇様のいる時はアテナと一訓練生として接して欲しいと伝えれば、少し悲しそうに笑って了承してくれた。本当は、只でさえよく思われてないのにアテナと知り合いなんて闘士達に知られたらまた妬まれるから、なんて下らない理由だ。公私混同とか私が気にする訳ないじゃない。別に妬まれるのも気にしないけど、鞭で打たれたり耶人みたいにつっかかってくるのが増えるのは困る。まぁその代わり、三人の時や今のように二人きりの時はサーシャとリンとして話している。最初は慣れない事もあったが、元々私がそんな事を気にする方でもないので直ぐに慣れたものだ。
お嬢の元へと向かうため歩き始めると、サーシャも隣を付いて来た。


「今日もシホリが紅茶とお菓子を準備してましたよ」
「やった!サーシャも来るの?」
「いえ、私はこれから…」
「あぁ、聖衣の継承試合が何人かあるんだっけ?」


興味なさげに言う私に、ええ、とサーシャが頷いた。
此処に来て二年になるが、最初の頃こそ好奇心から見に行ったものだが今では興味も失せて行かなくなった。そもそも、他人が聖闘士になるために試合をする姿を見るのはまだいいが、おまけで付いてくる周りの闘士や訓練生達の妬みを聞くのは気が滅入る。というより腹が立つ。
シオン様が、聖衣も生きていて語るのだと言っていた。聖衣も私達聖闘士を選ぶのだと。だから、聖衣に認められなければその力を最大まで発揮出来ず、只の重たい鎧なんだと言う。つまりコネとかじゃなくて、それだけの実力があって教皇様に認められて授かるものなのにやっかむ方がおかしいのだ。あ、でも勿論童虎さんの時は見に行った。あれは黄金の継承試合だけあって、とても凄かったのを覚えている。そう言えば、近いうちにまた黄金の継承試合があると皆が噂していたな。まぁ興味はないが。それもサーシャは見に行かねばならないのか。自分とそう年の変わらない彼女が如何に多忙なのかを思って、眉間にシワを寄せた。


「毎回、教皇様もサーシャも大変だねぇ。わざわざ見てないといけないなんて」
「そんな事は…」
「まぁ、今日はきっと早めに終わるよ」
「?そう、ですか?」


首を傾げるサーシャに、ニーっと笑みを浮かべる。不思議そうにしていたが、そろそろ行かないと、と背中を押せば、名残惜しそうに去る後ろ姿に私は手を振って見送った。姿が見えなくなったところで手を降ろすと、パタパタと今ではもう聞き慣れた足音が聞こえてきて音の方に視線を向ければ、丁度お嬢が門を曲がったところだった。


「ねーねいた!」
「ごめん、遅れた」


謝罪の意味も込めて片手を上げれば、彼女は首を横に振った。行こうか、と笑えば頷くお嬢と彼女が来た道を二人で戻る。


「今日、サーシャは継承試合あるから来れないって」
「うん、さっき会ったよ」
「そうなんだ!ねーねは継承試合まだ行かないのー?」
「行かないよ、面倒だもん」
「…でもシオン様が、今日ねーねの聖衣継承試合もあるって」


あれ、と首を傾げるお嬢からゆっくり目を逸らす。あんなに訓練サボりまくってると言うのに、何で童虎さんとシオン様は私を推薦したんだ。童虎さんにしごかれるか、あの力の特訓以外ほぼサボってるぞ私。あの力は候補生達の前では前の一件以来見せてないし、継承戦で使っちゃダメとか言われたら勝てない自信あるし。まぁ勝つ気もないけれど。
盛大に溜め息を吐いてから、気のせいじゃない?と先を行けば後ろでうぅんと唸りながら付いて来る。あと数時間後には闘技場に童虎さんの怒声が響いているんだろうなと思いながら、この先で待ってる美味しい紅茶とお菓子を求めて軽快な足取りで先を進んだ。