バァン
派手な打音が響く。私の前には鞭を持つ男達が冷ややかに私を見下ろしていた。鞭に打たれた頬がジンジンと痛むが、手で触れることも、相手を睨み返すこともせず地面を只見つめる。
「候補生が調子に乗るなよ」
低い声でそう言うと再び鞭を、今度は肩に打たれ、私はその場に倒れ込んだ。
「訓練をサボるなど、何のために貴様は此処にいる」
「アテナのために戦うつもりが無いのならお前は此処に居場所はないのだぞ!」
候補生同士の訓練を何度かサボっただけで、ついに殴られるとは。数ヶ月前に聖域に来て初めての事だ。童虎さんにもよく怒られるがこんな風に鞭を打ったりはしない。というか、アテナ様が武器を好まないからと己の拳で戦うはずの聖闘士が何で鞭なんて持ってるんだよ。そう思って目の前の男達に視線を向けて、理解する。彼等は、神官か、聖衣を持たない闘士だ。小宇宙を上手く使いこなせないのか、それとも小宇宙に目覚めていないのか。
私の視線が気に入らなかったのか、不愉快だと言わんばかりに舌打ちをしてからさっきと逆の肩を鞭で打った。思わず声が漏れ、打たれた場所を押さえると鼻で笑う声が降ってくる。
「小宇宙に目覚めているというのに一体何を考えてるのだ」
「童虎も童虎だな。こんな役立たずを連れて帰ってくるとは」
ピクリと肩を揺らす。
しかし彼等はそんな私の様子に気付かず、罵声を浴びせ続ける。
「無駄な力を持った」
「本当は小宇宙を扱えないのではないか」
「童虎は犬猫と人の区別もつかないのか」
知りもしないくせに、私だけでなく童虎さんの事までも。合間に打たれる鞭の音と闘士達の声だけが頭に響く。
一体何がいけないんだ。私は別に聖闘士になりたい訳じゃないのに。私が此処に来た理由を、童虎さんが連れてきてくれた理由を知らないくせに。自分達に力がないから妬んでるんだろう?気に入らないんだろう?
私の事なら好き勝手言っていればいい。
(でも、)
「力があるとは言っても童虎には見極める目を持たないようだな」
『おぬしには才がある。わしを信じてみんか、リー』
(童虎さんを悪く言うのだけは、許さない)
ギリ、と怒りで歯を食いしばり睨み付ければ男の一人が鞭を振り上げた。
「何をしている」
凛と通る声に目の前の男の動きが止まる。振り返った男が動揺しているのが分かり、私も声のする方を見つめる。
「何をしているのか、と聞いているのだが?」
凛とした声に違わぬ堂々とした態度で、彼はもう一度問い掛けた。
海のような藍色の髪をなびかせて金色の鎧を纏うその人は、立ち姿も表情も自信に満ちていて、先程まで偉そうにしていた男達が怯んでしまうほどの存在感があった。
「これは、双子座の…」
「何故このような所に黄金聖闘士様が」
じぇみにの黄金聖闘士と言われたその人は、口元に笑みを浮かべてゆっくりと此方へ歩いてくる。
「それは此方の台詞ですが?このような所で一体何をされているのでしょう」
「聖闘士の訓練を抜け出した者を処罰していただけ、貴方様が気にかけることでは」
「ほぅ…」
私達の近くまで来ると視線を闘士達から私へ移す。
黄金聖闘士は、確か聖闘士の中でも最高位にいる聖闘士のはずだ。望んでいないとはいえ、候補生の訓練をサボっている私を良くは思わないだろう。もしかしたら黄金聖闘士さんにもお仕置きされるのかもしれない。そう頭では思うのに、見下ろされる彼から私は目が離せず真っ直ぐと見つめ返す。
しばらく見つめ合っていると、彼が静かに目を伏せてから視線を男達に戻して、小さく鼻で笑った。
「私には、貴方がたがこの子供の才能に嫉妬して憂さを晴らしているように見えましたがね」
「なっ…!」
あぁこの人、童虎さん以上に包み隠さず物言う人だ。そんな間抜けな事を思わず考えてしまう。図星だからか、はたまた相手が黄金聖闘士だからか、言い返せない男達にその人は不敵に笑う。
「庇い立てするおつもりか!?」
「私は私が正しいと思った事を言ったまで。それにもう、充分の仕置きは受けているようだが?」
男達が押し黙る姿を見てから、私の隣に立つ聖闘士さんをもう一度見上げる。
どうして、この人はこんなにも強いのだろう。
顔を見合わせてから、後悔なされるなよ、と聖闘士さんに捨て台詞を吐き捨てて男達は去っていった。
「あの、ありがとうござい、ます」
「礼など良い。力を勝ち取る事を考えず、妬む事と権力を行使するだけの者が好かないだけだ」
「ハァ…」
曖昧に返すと、興味もないのか背を向けて歩き出す聖闘士さん。きちんと頭を下げようと立ち上がれば、彼は立ち止まり横目に私の方を見た。
「しかし、」
「え」
「悔しいならば、何も言わせぬ程強くなれば良いものを」
そうか。この人は、あの時の私の表情を見ていたんだ。私の返答を待っているのか、立ち止まったままの聖闘士さんにジッと見つめられ空を見上げた。
「私は、強くなりたいわけじゃないから」
「ならば、惨めに踏みにじられるか?闘わぬ者に反抗する権利は無いのだから」
「私には、ないけど、童虎さんが…私の大切な人が悪く言われるのは、やっぱり許せない」
私が言っている事は矛盾しているんだと思う。私がしっかりしていれば、小宇宙を扱いこなして真面目に訓練に取り組んでいれば、童虎さんが悪く言われる事はないだろう。それでも、望んで此処にいるわけでも、力に目覚めたわけでもないから。
「だからこそ、強くなれ」
俯いた私に、凛とした声が降ってくる。この人の声はどうしてこんなに真っ直ぐなんだろう。顔を上げれば、先程までのキツい顔でも不敵な笑みでもなく、優しい表情で、それでもあの真っ直ぐな瞳は変わらぬまま、私を見つめていた。
「大切ならば、その人を守るために強くなれ。好き勝手言う奴らを蹴散らして、認めさせるために」
黄金聖闘士になってもまだ、誰かに認められたいのだろうか。それとも、誰かのためにこの人はこんなにも強くなったのだろうか。その答えは、私には分からないけれど。
「それから礼は私ではなく、彼処にいる者に言うんだな。私を此処に呼んだのはアレなのだから」
「あ、れ…?」
聖闘士さんの視線の先を追って振り返れば、同じ髪色をした色黒の人が私達を見ていた。瓦礫の影にいるのとマスクをしていて顔がよく見えないが、あの人が聖闘士さんを呼んでくれたのか。お礼を言おうと口を開いたところで、背を向けて去ってしまった。え、なんで。
キョトンとしていると後ろから足音が聞こえて振り返れば、聖闘士さんも背を向けて去って行ってしまった。取り残された私は、大きな息を吐いてズキズキと痛む肩を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
(でも、私にはやっぱり、無理なんだろうなぁ…)
聖闘士さんのように強くはなれない。どんなに悔しくても聖闘士になりたいとは思えない。何かを真剣に取り組みたいと思えないんだ。
(だって私は、あの時、死んでしまいたいと思ったんだもん)
涙など零れなくて、ただただ、身体の痛みを感じながらゆっくり目を閉じた。
