05



(雨が、降りそうだ)
遠くの空を眺めながら日差しの強さに目を細める。まだ晴れているが、雨雲が凄い速さで流れているから直ぐに此処も暗くなるだろう。


「何をサボっておる」
「あっ童虎さ、ちょ痛っ痛い痛い!」
「向こうで他の訓練生達が自らを鍛えておるというのにおぬしは全く」


座り込んでいたので顔を上げようとしたら、私の頭を抑えつけるように後ろからギリギリと掴んできた。頭も怪我してるんだけど!してなくても痛い気がするけど!
地面を叩いて抗議するが、そんな私を無視して小言を言ってくる童虎さんは手をゆるめてはくれない。


「ね、ちょほんと痛いっ!」
「この程度で何を言うておる!大した力は入れ…」


不自然に途切れた言葉と同時に弱まった手の力に、顔を上げて彼の名前を呼ぶ。真下から見上げた童虎さんは不思議そうな顔をしていた。


「随分と、怪我をしておるな」


小さく首を傾げた童虎さんに私は口を噤む。不慣れながらも手当てをしてみたが、腕の包帯はゆるゆるで解けてしまいそうだし、顔はどう手当てしていいか分からずそのままにしているので口元の痣もそのままになっている。きっと今の言葉は、組み手でここまで怪我するのかと疑問に思ったから出た言葉だろう。もちろんこの怪我は先日の闘士達から受けたものだ。素手で行う訓練ではつかないような傷もあるが、見えるところのは分からないはずだ。
私の反応に童虎さんの表情が心配するものに変わり、リー、と名前を呼ばれる。


「訓練でちょっとね」
「本当か?」
「なんで嘘つかなきゃいけないの」


そう言って笑えば、納得はしてないみたいだったけれど、私の頭から手を放して目の前に座った。なんだろう、説教でもされるのかな。そう思った瞬間、突然右腕を引っ張られ、痛みと驚きで声を上げれば、童虎さんが呆れた顔で大きなため息を吐いた。


「粗末な手当てだのぅ」
「だっ、てやったことないもん」


童虎さんが掴んだ方の肩を抑えながら答えれば、何も言わずに私が一生懸命巻いた包帯を解いていく。え、頑張ったのに酷い。抗議の視線を送っていると、やっと気付いた童虎さんが顔を上げてニッと笑った。


「わしが手当てしてやろう」


何でか嬉しそうな童虎さんに若干の不安がよぎるけど、きっと私よりマシだ。きっとそうだ。そう自分に言い聞かせて、お願いします、と頷けば、満面の笑みで任せておれ!と返ってきた。
包帯を解ききると、持っていた荷物の中から恐らく薬と、新しい包帯を取り出してまた私に向き直った。腕に触れる手は優しくて少しくすぐったかった。ふと初めて会った時にも手当てしてもらった事を思い出す。そういえば豪快だけどちゃんと包帯巻いてくれてたな。ぼんやりそんな事を考える。


「一体何をしたらこんな怪我をするのだ」
「んー…訓練?」
「サボっておるから大きな怪我をするんじゃ」
「はぁい」


適当に返事したら軽く頭を小突かれた。むう、と不貞腐れてるといつの間に終わったのか、右腕には包帯が綺麗に巻かれていた。私がやるよりめっちゃ綺麗だった。むしろ初めてやってもらった時よりも綺麗な気もする。なんか悔しいから出来るように練習しよう。右腕を見ていたら、左の手当てに移った童虎さんが苦笑する声が聞こえた。


「訓練はどうじゃ」
「まあまあ、かな。童虎さんもまだ訓練とかしてるの?」
「無論。それが今のわしに出来る事だからな」
「十分強いのになぁ…童虎さんはなんの聖衣になるんだろーねー」
「聞いて驚け、なんと黄金聖闘士の候補に入っとる」


その言葉に目を丸くすると、私の反応によほどご満悦なのかニヤニヤしている。
まさかの黄金。確かに私を助けてくれた時からめちゃくちゃ強かったけど。だから聖闘士目指してる人って最初から強いのかと思ってたら、候補生の中には小宇宙に目覚めてない人ばかりで驚いたのは記憶に新しい。
しかし、黄金。


「えぇ!?何それ凄い!」
「おぬしもしっかり修行すれば強くなれるぞ?」
「くっ、そうきたか…」
「それに、真面目に取り組めば手当ての一つや二つやってくれる友も出来るだろうに」
「…友、ねぇ…」


視線を童虎さんから先程眺めた空へと移す。やっぱり上空は風が強いのか雨雲が此方へ向かってきていた。


「友は良いぞ。共に競い合い、時には支え合える」


ふぅんと興味なさげに返事をすると、童虎さんが黙り込んだのでちらりと見れば、寂しそうに微笑んでいた。思わず息を呑むと、童虎さんは一瞬だけ目を伏せて、もう一度顔を上げた時にはいつもの笑顔で、私の口元にテープを貼ってから終わったぞ、と肩を軽く叩いた。慌てて口を開くが、言葉を一度飲み込んで、ありがとう、と返して立ち上がった。
(ごめんね、童虎さん)
荷物をまとめている童虎さんにさっき飲み込んだ言葉を心の中で呟く。空を仰げばもう雨雲は直ぐ上に迫ってきていた。