06



それはとても穏やかな日の事だった。


「…足音」


お昼寝(という名のおサボり)をしていると軽快な足音が此方へと向かってくる。ぱちりと目を開け、音の方へ意識を集中させるとタッタッタ、と軽快な足音がやはり此方に近づいてくる。童虎さんの足音ではないし、そもそも男の足音ではない、と思う。となればサボり中の私に害がある人物ではないだろう。そもそも別に本格的に聖闘士になりたいわけではないのに、あいつら…闘士達は組み手や訓練をサボる私を追い回しては無理矢理やらせるのだ。童虎さんがいない時には鞭を打たれた時もあった。そりゃあ聖域にいるのにやる気ない候補生なんて腹が立つ存在だろうし、自分達の憂さ晴らしにもなるのだろうけど。あぁ、嫌な事を思い出した。再び目を閉じようとした瞬間、視界が陰った。


「ぎゃんっ」
「っ、…〜〜!!」


そりゃあまぁ、聖闘士の特訓に比べれば大した事無いとはいえ、油断していた脇腹に蹴りを食らえば流石に痛いですまる。しかし、恐らく私につまづいた子が悲鳴?鳴き声?をあげていた気がする。怪我してないだろうか。脇腹を抑えながら起き上がると、頭に葉っぱをつけて赤くなった鼻を押さえている少女が座り込んでいた。
…少女が、いた。仮面もせず。
(仮面、しなくてもいいんじゃねぇかちっくしょう…!!)
つい、拳を握り締めてしまったのは仕方ないと思う。散々、女性聖闘士はうんたらと仮面を強要されていた身としては話が違っているのだから。いやまぁ確かに聖闘士候補の女の子達はみんな仮面してましたけど。
改めて、よっぽど痛かったのか鼻を押さえながら唸っている少女をまじまじと見つめる。ふわりとした所謂『女の子』といった服装。座っているからよく分からないが多分スカートなのだろう。私は絶対にしないような格好だ。それに、可愛い。守ってあげたくなる感じの女の子。とじっくり眺めていたら不意に目が合った。


「あ、」
「…あーと、コンニチハ?」


とりあえず挨拶をすれば、こんにちは、と丁寧に返された。普通にいい子だ。しかしここでふと思う。彼女、本当に聖闘士候補生なのだろうか。どう見ても彼女が闘えるようには見えないのだ。だって私に躓くくらいだし。ううん?と首を大きく傾げると、私につられるように少女も首を傾げた。そして同時に彼女は宙に浮いた。


「此方にいらしたのですね」


少し怒りを含んだ声色に、宙に浮いた彼女の表情がぴたりと固まるのを見た。宙に浮いたのでは無く、腰から抱えられたのだと理解するのは容易く、浮いた少女の更に上、抱えた人物を見ると茶の短髪に凛々しい顔立ちの男性が、声色通りの表情で立っていた。笑顔だけど、目が、笑ってない。関係無い私が若干顔が引きつる程度には怖い。
よく見ると纏っているのは黄金聖衣だ。童虎さんが、自分も黄金聖闘士の候補に上がっているのだと嬉々として私に話していた姿を思い出し、目の前の男性を眺める。


「外出される際は私かデジェルをと言っているでしょう?」
「だって、」
「だってではありません」


間髪入れず言い放つと、少女はぐっと押し黙ってしまった。その姿に黄金聖闘士さんは溜め息を一つ吐くと、戻りますよ、と踵を返して歩き始める。


「あっ、ちょっ」


慌てて声を上げると、静止してから彼女を小脇に抱えたまま黄金聖闘士さんは顔だけを此方へと向けた。
(やばい、なんっも考えてねぇ…!)
咄嗟に引き止めてしまったが、大した用事などない。ましてや初めて会う黄金聖闘士さんに言う事なんかもっと無い。そもそも十二人しかいない黄金聖闘士の、しかも十二人揃ってないにも関わらず名前を覚えてない私がわざわざ話すことなんか有るわけが無いのだ(バレたら童虎さんの怒りの鉄槌を食らうので此処だけの話だ)。あーっと、と歯切れ悪く視線を逸らすと、小脇に抱えられた少女の後ろ姿が視界に入った。


「あっ、その…彼女、私に躓いて転んじゃったんで、怪我してたら手当て、」


してください。そう言おうとして、彼女の心配をしてやってきた彼が気付かない訳が無いだろうと、言葉を飲み込んでしまった。そして再びあーっと、と歯切れ悪く声を漏らすと、黄金聖闘士さんは少し私を見つめてから、顔だけでなく体も此方に向き直った。


「…すまない。君に怪我は?」
「へっ?あ、大丈夫、です」
「なら良かった。ありがとう」
「あっ、いえいえ」


先程とは打って変わって優しく微笑み、軽く会釈までしてくれた。この人、良い人だ。思わず正座して此方もお辞儀すると、顔を上げた彼が小さく笑ってから、では、と一言残し再度踵を返して去っていった。
そう言えば、彼女は何者だったのだろうか。黄金聖闘士に守られているのなら何処かのお嬢様だったのか、せめて名前くらい聞いておくべきだった。引き止めてしまった時に訊ねれば良かったな、とぼんやり考えて、またいつか会った時にでも聞けばいいかと寝転がる。ようやっと優雅なお昼寝タイムが訪れたのだ。邪魔がくる前に満喫しようと目を閉じた。