07



「よう」


取り巻きを引き連れて人を馬鹿にした表情で現れた目の前の男に、私はこれ以上ないってくらい不愉快だと顔を歪めた。すると、私の表情を見たこの男も眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠しもせず舌打ちした。やだ私ったら、すぐ顔に出ちゃうんだから。まぁ、わざとだけど。


「なんだよその顔は」
「毎回毎回飽きないなぁと思って。暇なの?」
「別に暇じゃねぇよ」
「じゃあお忙しい耶人様が事ある毎に私に何の用ですかねぇ。もしかして私の事好きなんですかぁ?」
「っ、てめぇのそういうとこがムカつくんだよ!」


勢い良く放たれた右ストレートを僅かな動作で交わす。コイツはいつも始めに右ストレートを繰り出す癖がある。流石に何度も見ていれば私だって避けるのは容易い。
彼────耶人は私と同期で、何故か初めて会った時から半年経った今でも私に喧嘩を売ってくる男だ。前から男の子と遊ぶことは他の女の子達より多かったけど、初めて会った男の子に突然話し掛けられ戸惑っている私に「変な奴」と吐き捨てて、それ以降事ある毎に突っかかってこられるのは初体験である。ちなみに変な名前とか女顔だとか言ってきたのはコイツらだ。一番ムカついたのは「ナヨナヨした奴」と言われた時だった。あの時初めて私から仕掛けたな、と思い返しながら攻撃を去なしていく。


「避けてばっかかよ!」
「じゃあ当ててみろっての!」


鼻で笑えば舌打ちが聞こえる。ちらりと見れば取り巻き達は今日も見ているだけらしい。耶人に付き合わされているだけなのか、はたまた自分でやる勇気がないだけか。どちらにせよ、私はあまり好きではない。それならムカつくけれどハッキリ私にぶつかってくる耶人の方が好きだ。ムカつく、と言うよりは傷付くの方が合ってる気がするけど。胸がツキリと痛む。と同時に左頬に衝撃が走る。


「っ…!」
「ハッ、調子乗んなよ!」


そういえばコイツ、女だからって容赦なんかしたことなかったわ。油断した。体制を立て直し睨み付ければ、一瞬だけ怯んだ耶人に一撃かます。
そりゃあ確かに組み手は男女関係無く組まされているけども。ちなみに聖闘士は基本男性しかなれないが、仮面を被り女性であることを捨てる事で女性も聖闘士になる事が出来る(童虎さん談)。しかし男性からすればやっぱりやりづらいようで、女性聖闘士と組まされた時は大概の男達は調子が悪いようだ。だから女相手にこんな思い切り殴れるこの男は。
ふとそこで、今日の耶人と女性聖闘士の組み手を思い出す。随分と調子が悪そうで、相手の子と目が合わせられずにいるくらいのへたれぶりだったのに、今は絶好調である。あれ、これはもしかして。


「あのさぁ」


倒れ込んだ耶人を見下ろして声を掛ければ、不機嫌そうに睨まれる。ここまで嫌われる理由は分からないが、絡まれる理由は、分かりたくなかったが分かってしまった気がする。


「容赦無く、殴りすぎでしょ。いつもいつも」
「お前だってそうだろ!?」
「いやまぁそうだけど」
「初めて会った時はなよなよしてハッキリしねぇ奴だったくせに、こっちが本性かよ!」


本性って。始めから裏表無く話せる人の方が少ないと思うんだけど。呆れたように肩を竦めれば、耶人が勢い良く立ち上がった。


「ホントにムカつく奴だよなお前!」
「…耶人さぁ、私の事なんだと思ってんの?」
「女顔のムカつく奴!!」


あぁやっぱり、男だと思われてるのか。そうだよな、普通女の子に「女顔」って言わないよな。
覚えとけよ、と捨て台詞を吐いて去っていく耶人達を見送りながら、女顔とは思われているのに男だと疑われない自分の体型や、仮面の与える刷り込みって凄いなぁなんてしみじみ思いながら、自分の胸元を指で引っ張って覗き込んだ。
(童虎さん以外、みんな男だと思ってるのかな)
大きな溜め息を吐いて空を仰ぐ。これ、童虎さんに話したら、だから仮面をしろと言っただろ、とまた散々言われるだろうなぁ。殴られた左頬をさすりながら手当をしようと帰路について、もう少し胸があればいいのに、なんて柄にもない事を考えていた。