美しい人


「────って、言ってたよ」


そう、目の前のクラスメートに告げると表情は変わらないように見えたが、眉が僅かに上がったように思えてどもる。こんな損な役回り引き受けなければ良かったと後悔していれば、目の前の彼が口を開く。


「『別れたい』……か。了解した、と伝えておいてくれ」
「あ、う、うん……」


反射的に頷けば、やはり表情は変わらずに済まないと言われて戸惑う。
彼────柳蓮二は名前の友達の彼氏“ だった”。友達が彼に惹かれて告白したのが1ヶ月程前で、付き合い始めてとても嬉しそうだった彼女が柳と別れたいと話したのが昨日の事。理由は『思っていたよりつまらなかった』。誠実そうな柳相手につまらないなんて言う友達は酷いと思ったが、直接別れ話を切り出す勇気が無いからと云う彼女の押しに負けてこのような酷い事を告げる自身も酷いものだと思う。自分ならば第三者から別れ話など切り出されたならば先ず怒るだろう。本人のもとへと直ぐ向かうか、何なら怒りでその場で泣くかもしれない。しかし目の前の彼の、なんと淡白なことかと目を丸くする。友達の方から告白していたから、あまり好意を抱いて無かったのだろうか。それとも彼は彼女が別れたいと思っていた事に気付いていたのだろうか。


「名字?未だ何かあるのか?」
「えっ?あ、ううんもう大丈夫!」
「ならば日誌を届けてもらってもいいだろうか」
「あ、ごめん全部任せて」


差し出された日誌を受け取って頭を下げる。そもそも今日、柳と日直になるなら二人きりになる機会があるだろうからとこんな最低な頼みを引き受ける事になったのだ。大した仕事もせずにいつ話を切り出すかと悩む名前に、何か言いたい事でもあるのか、と柳から問い掛けてくれたのだ。優しい人に何て事をしてるのだろうかと、改めて自己嫌悪しながら渡された日誌を持って一言伝えてから教室を後にした。
パラパラと日誌を捲りながら今日のページを眺める。彼らしい綺麗な字を見ながら先程の柳の様子を思い返す。はたから見ている二人は熱愛ではないにしろ恋人の居ない名前には羨ましい関係だった。
静かに二人の時を過ごすような、穏やかな関係。
ふと、日誌に抜けがあるのに気付き立ち止まる。柳にしては珍しいミスに、僅かな疑問を抱きながら踵を返す。教室の前まで来て、中に目的の人物を見つけて口を開くが、それが音になる事は無かった。声を掛ける事が、出来なかった。
────彼は、泣いていた。静かに只、泣いていた。
自身の彼女であった友達の席を、そっと指先で撫でるその姿が夕日に照らされるその姿を「美しい」と思ってしまった。彼は彼なりに、彼女を好きだったのだと知ってしまった。そして、その彼の想いを名前は好きだと思ってしまった。

(ああ、何て報われない)

気が付けば彼女は教室に背を向けて走り出していた。日誌を抱えて、全身の血液が顔に集中していくような熱を感じながら、全速力で廊下を駆け抜ける。

(ああ、なんて不毛な恋に落ちてしまったんだろう)

涙が溢れるのを必死に堪えて、これからどんな顔をして友達と柳に会えばいいのだろうかと、そればかりが頭の中を駆け巡っていた。