明滅する電灯
宵闇を吹き抜ける風が心地良い、日吉が外に出て感じたのはそんな感想だった。先程まで室内練習場で打ち合っていたのだ暑さも感じている。そう、額を伝う汗を拭うと後ろからあとの二人も出てくる。
「結構暗くなったな」
「ですね、日野さん」
空を仰ぐ先輩と扉の施錠をしながら答える同級生に、日吉も小さく頷く。準レギュラーの近林と日吉、そして元準レギュラーの日野が共に行動しているのは全体練習後の自主練に付き合ってほしいと日野が言い出したからである。実力主義の氷帝で準レギュラーから落ちた者のために時間を掛ける程、日吉も近林も人情がある訳では無い。しかし日野が実力があるにも関わらずに態と落ちた事に二人は気付いていた。そしてこの自主練も二人の後輩のためであるという事も。
「今日は有難うございました、日野さん」
「何の事だ?俺が付き合ってもらったんだ。一対二での試合なんてのもたまにはいいな」
「イレギュラー過ぎますけどね」
苦笑する近林に日吉もそうだなと肩を落とす。しかしそのイレギュラーさ故に自身の弱点も長所も見つける事が出来たように思う。落ち込み気味だった近林が晴れやかな面持ちであるのが良い証拠である。本当によく人を見ている、心理戦で敵に回したくないとレギュラーの誰かが言っていた事を思い出し日吉は目を伏せる。
「鍵は明日部長に渡す事になってるんですけど、部室寄ってもいいですか?」
「すみません、俺も制服を置いてきたので」
「元々戻るつもりだったから問題無い、早く行くぞ」
無表情ではあるが飄々と先を行く日野の後を追う。
藍色が濃くなる空を見つめながら、日野がぽつりと可愛いマネージャーがいたら等と己の願望を語るのに近林が笑って答える。その様子を興味無さげに見つめていたが、不意に視界に見えた部室棟が妙なのに気付き目を凝らす。明滅する電灯に照らされて映る数名の人影が、廊下をずっと走っているように見えた。左から右へ、端まで行くとまた左から現れる。異様な光景に思わず日吉の口元が緩む。不謹慎かもしれないが、怪奇現象を目の当たりにしたその事実に喜んでいる自身がいた。そんな日吉の様子に気付いた近林が怪訝そうに見ていたが、彼の視線の先を見て目を見開く。青ざめていく近林が隣の日野のジャージを掴んで立ち止まった。
「日野、さん」
「……日吉、部室棟に七不思議なんてあったか?」
「いえ、ありません。イタズラにしては人影が変わらないのが気になります」
「同じ奴だな走ってるのは」
「なっ、ななな何で二人ともそんな落ち着いてるんですか……」
「「見てるだけだから」」
つまり巻き込まれている訳では無いから怖くないと。表情を変えずに同時に返す二人に、すっと近林も冷静になり、少しあってからそうですね、と返す。
直近で怪奇現象に巻き込まれた事がある、とはいえ今の事態が怖くない訳では無かったが同じく以前巻き込まれていたはずの二人が冷静なのが近林には有難かった。そもそも以前の怪奇現象、何故か己以外が皆忘れてしまっているのだ。レギュラー達にまで確認したというのに知らぬ存ぜぬで皆が自身を怖がらせるためにすっとぼけているのではと疑心暗鬼になったほどだ。唯一マネージャーの渡瀬だけが、しーだよ、と口元に指を当てて笑っていたので夢では無いのだと実感出来たのである。閑話休題。
落ち着いた近林の様子に再び日野は歩みを進める。
「え、行くん、ですか?」
「理名が気になる」
「理名さんが?」
「アイツ、まだ部室に居るはずだからな」
ポケットから取り出した携帯を開いて僅かに眉を寄せる。日吉と近林が覗き込むと、映るのはメール画面で宛先は渡瀬、内容はそろそろレギュラーも帰るから自主練切り上げたらどうだ、といった内容だった。渡瀬にまで気付かれていた事にも驚いたが、それが何故彼女の身を案じることになるのだろうか。
「巻き込まれてないといいが」
小さなため息混じりの言葉に気遣いが見えて、二人も頷いた。部室棟が間近に迫った所で三人は立ち止まる。そして背を汗が伝うのを感じた。
【部室棟の入口が何処にも無かった】のだ。
其処にあるはずの扉が、何処にも無いのだ。あるのは壁。壁。壁。見上げれば窓に写るのは走り続ける影のみ。ちかちかと、ナニカが走り続ける廊下の電灯が不規則に明滅するのが不気味だった。