03

「えぇ!またいたの?あの軟派男」

 ミランダの声はいつも通り、石造りのこの建物内でよく響く。
 じろり。背後から、こちらを睨みつける館長の視線が痛い。が、それで押し黙る彼女ではない。館長の足音が遠のいていくと、ひっそりと、彼女は声を潜めながらまたもや口を開く。

「また?同じあのカフェで?」
「そう」
「まったく……いるのよねぇ、旅行者でそういった男が」
「そうなの」
「えぇ!地元民に目をつけて、声をかけてくるのよ」

 それは初耳だった。生まれてこのかた、ずっとこの街に住んでいるが、そういった機会には会ったことがなかったからだ。「それはフィオナが気付いていないだけよ」呆れ顔のミランダだが、チケットを買いにきたお客には素早く営業スマイルを見せた。
 お二人様ですね。こちら館内パンフレットになります。一連の流れを彼女も、そして遅れて私もこなしていく。

「とにかく、そういう奴は無視したほうがいいわよ」お客を見送ってから、素早く彼女は言う。

「無視……」
「えぇ、ナンパしてくる男に碌な奴はいないわ」
「そういうものなの」
「私の経験上ではね」

 彼女の経験上。それは確かに、参考になりそうだ。ミランダはこうやって一緒に働く同僚ではあるが、彼女はこの街の出身者ではないのだ。前にいたところを訊くと、私でも聞いたことのある大きな都市だった。
「まぁ、かっこいい人は例外だけれどね」現金な彼女らしい後付けの言葉を聞きながら、別のところで先ほどの言葉をひとり反芻する。
 ナンパしてくる男に、碌な奴はいない。



○○○





「へぇ、きみって美術館に勤めてるんだ」

 今日も相変わらずの晴天日和。周りはそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。このレストラン自慢のオムレツに舌鼓をうつ旅行者もいれば、本を片手にゆっくりと日光浴を楽しむ常連客もいる。
 様々な人びとが混ざりあって、喧騒を成し、そして同じ空間を形作る。この雰囲気が、私は昔から好きだった。

「うん、確かにそんな感じかも」
「そうなの」
「受付やってそう」
「すごい。当たりだわ」
「やった」

 そして、今この場も、その空間を形作るひとつとなっているのだろう。
 晴天が相変わらずなら、目の前でボンゴレパスタを頬張る彼の様子も相変わらずだ。木漏れ日を受けながら愛想のいい笑みを浮かべる彼と昼食を共にするのは、これで三回目である。

「この街、美術館なんてあったんだ」
「小さいけれどね」
「古いの?」
「それは、えぇ、結構な歴史だと思うわ」

 会話を交わしながら、各々昼食を楽しむ。傍から見れば、なんら普通の会話に見えるだろう。私も、そう思う。それほどまでに、彼との相席であるこの場は、自然だった。

「あの、」
「うん?」
「あなたって」
「うん」
「碌な奴じゃないの」

 ぴたりと、パスタを巻こうとしていた彼の手が止まる。

「え、なにそれ」
「そうじゃないの」
「いや…まって、何でそんなことになってんの」
「職場の同僚にあなたのことを話したのだけれど」
「うん」
「ナンパする男に碌な奴はいないって」
「だから、俺?」
「そう」

 真面目に訊いたつもりだったが、どうやら彼には伝わらなかったらしい。隠しもせず、我慢もせずに笑われてしまった。人を前に失礼だと思うが、あまりにも明け透けなその反応に不思議と嫌な気分にはならない。よく笑うひとだ、と未だ笑い続ける彼を前にオムレツを頬張る。

「あー、おかしい」
「どこがおかしいの」
「全部」
「……」
「わからない?」
「そう、ね」
「そうだね、そんな顔だ」

 真顔だけど。そう言って、彼はまた小さく笑いながらコーヒーカップを傾ける。確かにこの真顔は往来のもので、知り合うひと全員に指摘されてきたことだ。何を考えてるかわからない、とよく言われたものだったが、けれど、どうやら彼は観察眼に長けているらしい。

「で、君はどう思う?」
「どうって?」
「俺がどう見えるかってこと」
 
 逆に問われ、今一度目の前の青年を見据えてみる。ゆったりとした麻のシャツを着こなし、訛りのない流暢なアクセント、バケーションを謳歌する青年。行動も話し方も身軽で、身軽すぎてどことなくタイミングが掴めない。それを助長させるような、愛想のいい、完璧な微笑み。

「あなたは、かっこいいと思うわ」

 だから、例外だと思う。同僚の言葉を借りて言ったつもりだったが、しかしまたもや彼には伝わらなかったようだ。
 ほんとマイペースだよねきみって。軽快な笑い声が、この喧騒のなかでもひと際響いていく。