黎明に告ぐ・上
アークナイツ世界における、パイロープとラズワルドの話。
——救いなんか期待していなかった世界で、太陽に出会った。
◇◇◇
華奢な身体で片手剣を扱い、紅い燐光のアーツをばらまく少女を見たとき、戦乙女という言葉を思い出した。
戦塵の煙る前線で、ヴィーヴルの少女は軽やかにステップでも踏むかのように剣を振るう姿は、うつくしかった。
外套とその意匠から察するに少女はロドス——「鉱石病」の感染者の治療を目的とした研究を行っている会社で武装組織を抱えている——の戦闘オペレーターなのだろう。
「あーあ、ついにロドスまで来ちゃったかー。これは、私たちの負けかなー」
「そんなこと言ったって、もう僕らに逃げ場なんてないんだから、戦うしかないでしょ。善人気取りのロドスなんかに投降したくないしさ。っと、ラズワルド、敵の状況視える?」
「視認できる範囲で、こっちに来てるのは分隊規模が一つ。ただ、近接系のオペレーターがメインの隊に見えるから、どこか後方に支援部隊を置いてる可能性が高い」
「あーじゃぁ、まともにやり合うなら、こっちも前衛隊の支援を出して交代しないと。さすがにこのメンツで、今ロドスに潰されたやつらの回収は厳しいしねぇ」
おれたちは偵察兵二人にその護衛が二人という情報収集のための少人数編成だ。まともな戦闘になれば、敗北は必至に違いない。そもそも偵察隊の役割は情報を持って帰ることがメインである以上、下手にここに留まって戦闘に巻き込まれるリスクを増やす方が愚かだろう。
ロドスの戦闘オペレーターにやられた仲間は、今のところ命にかかわる傷を負っているようには見えないから、自力で逃げかえってくるのを期待するしかない。
「とりあえずは、撤退か」
仲間たちは、静かにうなずいた。
◇◇◇
この
世界は、汚染されている。
地震や隕石といった≪天災≫が頻発し、移動都市上での生活を余儀なくされる中で、≪天災≫によってもたらされ、エネルギー源として利用できる
源石は、莫大なエネルギーを文明に提供する資材として扱われる。その一方で、源石は
鉱石病の感染源として人々に嫌悪されてきた。
今のところ、鉱石病は致死率百パーセント、治療法は未確立の不治の病だ。何らかの原因で源石を体内に取り込むことで、肉体は次第に源石と融合していく。そして、鉱石病の「感染者」が命を落としたとき、その身体は爆発し源石の粉塵を周囲にまき散らして新たな感染源となる。
その悪魔のような特性から、鉱石病の感染者は偏見にさらされ、差別されてきた。感染者隔離政策をとられたり強制労働に従事させられたりするだけならばまだマシで、追放や処刑といった制度をとっている地域も存在するくらいだ。
その程度には、感染者の扱いは、ひどい。汚染された存在であり、家畜以下の存在として扱われることは少なくない。
だから、非感染者を装い、息をひそめて生活する感染者が存在する一方で、差別に反逆し抵抗する感染者がいるのも当たり前のことだろう。居場所を失った感染者は、特に。
「どうせ、帰る場所なんてないんだから」
近い将来死ぬことが約束されているのだ。死んだように生きるより、弱者として搾取されて終わるより、自分たちの手で終わりをつくりたいと願うことくらい許されていいだろう。
おれが所属しているのは、そういった思考を持った感染者が集まった小さな暴動組織だ。拠り所のない感染者が流れ着くたまり場の一つ。専門の訓練を受けた軍隊や憲兵でも派遣されれば簡単に磨り潰されてしまう、そんなレジスタンスだ。
小さな組織だから、レジスタンスといったって、それほど派手なことはできない。
誰かを傷つけて、自分たちが負った傷を慰めているのには変わりはないけれども。
「ロドスが出てくるほどでかいことはしてないんだけどな……」
ロドス。正式名称ロドス・アイランド製薬は、表向きは製薬会社を名乗っているがその実態は、感染者の暴動への武力行使を用いた鎮圧などを含む「鉱石病に関するすべての問題」に介入するスタンスの組織だ。ここ数年で、ちらちらと名前を聞くようになったが、本当に感染者の味方になっているのかは疑わしかった。
……そのロドスは、今回多分、この地域の政府と手を取り合ったのだろう。自分たち感染者側につかなかった。
お互いに様子見ということで戦闘は落ち着いているが、すぐにまた交戦が始まるだろう。……ロドスの真意はわからないが、政府と組んだならば多分、政府に引き渡されて強制労働送りか処刑あたりが妥当だろうか。この地域は特に感染者への差別がひどい。
「ラズ、ラズワルド。次の作戦、決まったよ。この拠点を放棄して、逃げるって」
とりとめのない思考をぐるぐると頭の中で回しながら、ぼんやりと拠点になっている廃坑の暗い天井を見上げていた。
だから、年下の、けれども自分よりも病状の重い、医療班の少女が近づいて来ていたのに気が付けなかった。
「偵察組は、すぐに奥の作戦室に集合だって。」
「……了解」
「厳しい戦いになるだろうけど、お互い頑張ろうね」と手が振られて、その拍子に服の袖の隙間から鉱石がのぞいた。
自分が拾われたときから、肌に既に鉱石が露出するほど彼女の病状は進行していたと記憶している。けれど、ここまでひどくはなかったはずだ。
きっと、彼女の最期はすぐそこに来ているのだろう。
当たり前だ。たいした資金力もバックも持っていない感染者の弱小組織では、病気の進行を遅らせる治療すらろくに行うことはできない。
資金力や権力を持っていたところで、それすらもろくに力を持たないのが鉱石病という病気なのだから。
あがいてもどうにもならないことを考えても無駄だと、その思考を切り捨てた。
◇◇◇
作戦は、かいつまんで説明すれば、拠点を廃棄して別の拠点に移る隊と、その時間稼ぐ遅延作戦部隊——事実上、命を賭して血路を開く決死隊だ——に分けるというものだった。
地の利はこちらにあるから、地形を最大限に利用する。そして、向こうの視界が効きづらく動きづらいであろう夜更けに作戦を開始する。それだけを伝えられて、会議は解散となった。
「ラズワルド、お前はちょっと残れ」
仮眠なり休息なりをとろうとする仲間に続いて自分も部屋を出ようとする。
声をかけてきたのは、レジスタンスのリーダーだ。リーダーなんて柄じゃないと言いながらもずいぶんと慕われている青年で、今回の作戦では遅延作戦の方で指揮をとるのだと言っていた。
「お前の“眼”から視て、今の状況はどうだ?」
「……言わなくてもわかってるだろ」
「じゃぁ、率直に言って、無事に戦闘から離脱できる確率は?」
“だれが“とは彼は言わなかった。
「……後方の人員だけならそれなりに。時間稼ぎのための遅滞戦をやるやつらじゃ、多分まずもう戻ってこない」
あんたも、多分。それは言わなかった。でも、「あとで追いつく」とかそういうことを言うやつはたいてい戻ってこないのが、戦場の摂理だと、ある程度戦闘を経験していればそれなりに理解する。
ロドスは感染者の味方面をしておきながら、感染者の暴動の鎮圧において手段を選ばない。間違っても楽観視はできない。
それを伝えれば、「まぁ、そうだろうな」と笑った。さびしそうなに笑うだけだった。
「いつか来る終わりが、今来ただけと思えば上等か。ロドス相手なら、まだ楽に死ねるだろ」
ロドスは手段こそ問わないが、敵をむやみにいたぶって遊ぶような悪趣味な人間はそうそういない。
「なぁ、ラズ。お前は抜けていいんだぞ」
話は終わったと判断して、部屋を後にしようと踵を返した背に再び声がかけられた。
予想外の言葉だった。
「お前は、ここの出身じゃぁ、ない。……俺らの勝手な心中に、最期まで付き合わなくてもいいんだ。今抜けたところで、誰も責めえねぇよ」
「……なめてるのか?」
数年前、この地域で同時多発的な源石テロ事件があったらしい。彼の言う通り、おれはここの出身ではないからその事件については伝聞でしか聞いたことがないが、自暴自棄になった感染者の最後の抵抗だったのだという。
テロを起こした感染者たちは発作で死んで、だから犯人は捕まることも罰せられる、あとには居合わせた「新たな感染源」だけが残されたと。
そして、政府が事件での感染者に対してとった政策は、卑怯と言い表すしかないものだった。
まず、感染者の隔離。これだけだったならば、まだ許容範囲だと言えただろう。
けれど、政府当局はそれだけで終わらせることがなかった。隔離政策による、不満の爆発を恐れたのか、それともなんか別の理由があったのかは定かではないが、成人済みの感染者を徴収した。年少者の「人道的な」生活の保障と引き換えだったらしい。
徴収された人は鉱山労働などに従事させられて、結局ただの一人も返ってくることはなかったのだという。
年少者たちに人道的な生活が与えられることがなかったのは、今彼らがレジスタンスを結成して暴動を起こしていることを見れば簡単に推測できる話だ。
そういう経緯でできたからだろう。この組織は、大人の数がひどく少ない。数少ない成人者は、おれみたいによそからやってきた者がほとんどだった。そして、非戦闘員の半数近くを十を数えるかどうかの年齢の年少者が占めるアンバランスな人口構成になっている。
「ここが、おれにとっての居場所だから、今更放り出しはしないけど」
「なら、うちのちびどもの護衛を頼まれてくれるか」
「……自衛がギリでろくな戦闘力もない偵察兵に頼んだところで、守ってやれるかは約束できない」
「……お前の”眼”と頭があれば、何があってもある程度安全な撤退ルートは割り出せるだろ」
「わかってて、俺を指揮に立てようとはしないんだな」
「まぁ、お前に指揮権を渡したら、一度は勝てるだろうな。でも、二度目は無理だろう。重大な脅威だと認識されちまえば、それこそどうしようもない物量で嬲られて終わりだ」
いくらお前でも、持ってる駒で対応できない物量で殴られたら無理だろ?と。それに関しては、その通りだ。
暴動だ、抵抗だと言いながらも本気でどこかの町を焼きにかかることはなかったのは、優先的脅威として目を付けられなかったからだろう。
「ま、チビどものことは頼むよ。気が向いたら救ってやってくれ」
2023/10/14up
本編や設定で仄めかすだけで出していない、ラズワルドの特殊技能の話にもちょっとだけ触りました。
← 1/1 →
Main Chapter
Top