時間はためらってくれない
ショートショート



 ある時、彼の細く白い首にうっすらとした凹凸のあるのを見つけた。彼――ビリーとは物心ついた頃からの仲であり、やがて男女が二人仲良くつるんでいるだけで「あの二人は付き合っているのじゃないか」と噂されるような年頃になっても、私たちは変わらず親しんでいた。これにはおそらく、彼の見目の幼いのが理由の一つだったのだと今なら言える。
 ビリーの顔立ちは幼く、周りの男子たちが「少年」から「青年」になる為の道を競うようにして幼顔から精悍な顔つきになっても一向にその気配を見せなかった。十三、四の少年の顔のまま、その背丈も同年代に比べるとずっと低く、私より少し高いか同じくらいである。骨っぽく大きくなるはずの手も、骨が薄く浮いているかどうかというくらいで私とはさして変わらない。
 だから何となく、男がどう女がどうということを意識しないままたまの休日に連れ立って出かけたり、学校の帰りに二人でカラオケに行ってみたりしていたのだけれど。

 彼の首に浮かぶ、かすかな凹凸は、あれは喉仏ではないか。彼の声は依然として高く少し掠れたものだったが、……あの首を見るに、彼は知らない間に「少年」でなくなろうとしていたのか。
「……ねえ、声ちょっと低くなった?」
 ためしにそう問うてみると、ビリーは少し目を瞠って「あぁ、うん、」と浅く頷いた。
「ちょっとだけだけど、多少はね。でも気付かれるくらいだとは思わなかったよ」
 よく聴いてるんだねと言われて、そりゃあ長い付き合いだから、などと返しながら、彼がそっと自分の喉元を撫でるのを眺めていた。
 彼はなんとなく嬉しそうだった、ように思う。周りより遅れてやってきた性徴に、少し心を弾ませていたような。これから彼の背はぐんと伸びて、私よりずっと背の高い「男」になるのだろうか。そう考えるとビリーが一人さっさと大人に近づいていってしまうのが妙に寂しく思われた。
 つ、と自分の首に指を這わせてみる。
 私の喉はさらりとして、凹凸の影も形も――大人になる気配のひとつも見せていなかった。




title:ユリ柩
Twitterより再掲
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