薬指のコメット
 久しぶりに顔を合わせた少女――改めその女性の指にはきらりと輝く赤い宝石の姿があった。鮮やかな赤の石。ルビーだろうか。彼女にもいわゆる、人生の伴侶というやつが見つかったのだな、と何故だか私まで嬉しいような気分になってふっと頬を緩めてしまう。嬉しい?……いや、『嬉しい』ものだ。これは人生の門出、彼ら彼女らにとってはとても喜ばしい出来事なのだから。
 私はハッピーエンドの物語がすきだ。
 ならばヒロインに想わしい相手ができて、その相手も彼女を大切に想っていて、そればかりか結ばれる――というのは私の大好きなハッピーエンドの定番であろう。
 彼女は思考を回す私に気づく由もなく「変わらないね」と笑った。
「今も昔も君は綺麗なまんまだ」
「そういうことは、私の方から言いたかったのだけれど、……うん、ありがとう、マイロード」
 君は随分美しくなったんだね、とこちらも笑い返すと「マーリンみたいな美人に言われると何となく恥ずかしい」と柔らかそうな頬がにわかに色づいた。
 以前であれば「誰にでも言ってるんじゃないの」とつっけんどんな言葉が返ってきていたものだが、会わない間に彼女は内面をも変化させていたようである。いや、それもとても良いことなのだけれど。
 ちょっと会わない間にがらりと様変わりしているとか、やっぱりそんなに変わっていないような気がするだとか、そういうのも彼女たちに与えられた特権だろうから。かつてのマスターの変質は半ば強引なものであったけれど――それが為に一時は無理を強いたりやつれたりということもあったけれど――、こうしてにこやかに笑う彼女をみるに、私と分かれてからの変化は、きっとゆるやかでとても素敵なものだったのだろうと思う。
 思う、というのは、つまり分かれてからの彼女を視ていなかったが故の言葉だ。
 ついちょっかいを出したくなってしまうような気がして。この少女は、いずれ立派に可憐な花を咲かせるのだという予感があって。あるいは、その花を摘んでしまって手元に置いておきたくなるやもしれないから。
 それが自分でも不思議と、恐ろしかったから、決して、決して視ないようにと意識して視界から外していたのである。

「マーリン?」と鈴の音のような呼び声がかかる。咄嗟に意識を浮上させて「あぁ、うん、……」ごめん、と謝罪を口にすると、これから話すところだったからとすぐさま返答があって。
「一度しか言わないんだけど――……」
 様々の物語で幾度も紡がれた常套句の後に続いた言葉は、おおよそ私の予想通りであった。予想通りではあったが、けれどやはりとても喜ばしい祝福すべき話に「おめでとう」と返す。腹の奥底で、何かあらぬものが軋むような音を立てたのには、気づかないふりをした。おそらく彼女にも気づかれてはいないはずである。
「ありがとう」と朗らかに答えた彼女の薬指では、小さな宝玉がきらきらとささやかに煌めいていた。



title:プラム
Twitterより再掲
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